自治体間の消耗戦でツケが膨らむ『住みたいまちランキングの罠』とは?  |  政治・選挙プラットフォーム【政治山】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
トップ    >   記事    >   自治体間の消耗戦でツケが膨らむ『住みたいまちランキングの罠』とは?

-PR-

自治体間の消耗戦でツケが膨らむ『住みたいまちランキングの罠』とは? (2018/7/31)

 毎年春には「住みたい街ランキング」が大手不動産情報会社から発表されて世間を賑わせますが、その直後の今年3月、光文社新書から『住みたいまちランキングの罠』という衝撃的なタイトルの本を出版した大原瞠(みはる)さんに、本の内容などについてお話を伺いました。

大原瞠氏と著書『住みたいまちランキングの罠』

大原瞠氏と著書『住みたいまちランキングの罠』

ランキングを気にしているのは物件探し中の人よりも自治体関係者

――まずはじめに、この本を執筆した動機を教えてください。

 少子高齢化・人口減少社会に突入した近年、どの自治体でも、住みたい街として人々から選ばれるため、「○○になるなら○○市」「○○しやすいまちNo.1」といったキャッチフレーズを掲げ、さまざまな分野で取組を強化していることは皆さんもご存知のとおりです。

 私は行政評論家として、関係者の声を時々ヒアリングしているのですが、最近、こうした激しい競争を続けてきた自治体の職員たちから、過剰な住民サービスはそろそろ限界だが、止められなくて困っているという話をよく聞くようになりました。その背景には、不動産業界などが発表する、各種の“○○な街ランキング”が影を落としているのではないか、と考えるようになったのが執筆のきっかけです。

――大原さんがこの本で一番訴えたいテーマは何でしょうか。

 タイトルからすると、家を買う・借りる際、ランキングに騙されない街選びをしよう、という内容の本だと思われるかもしれません。実際そういうことも書いてあるのですが、真のテーマは別にあります。

 民主主義の負の側面として、ポピュリズムがついて回ることは、近年の国際政治をみて多くの方が感じているでしょうが、同じことは国内にもいえます。自治体が住民サービスを競えば、確かに住民は喜ぶでしょう。しかしそれは政治的にはポピュリズムであり、財政的には最早、安売りを続けたかつての牛丼店のように「出血」大サービスの域に達しています。各種のランキングや指標を気にして不毛な競争を繰り広げていると、ツケは大きくなるばかり。地方政治家や自治体職員たちには、そうした風潮をそろそろ打ち止めにする勇気を持ってほしいということです。

――いまおっしゃったツケとは何でしょうか。

 住民を増やす、あるいは逃げられないためのアピールとして、「隣の市に○○があるからうちも負けるな」といって施設や制度を作り続けると、初期投資よりランニングコストが重荷になるのです。

 たとえば、文化施設もスポーツ施設も恩恵を受けるのは住民の一部です。最低限のものは必要でしょうが、張り合って身の丈に合わないものを作る必要はあるでしょうか。定住自立圏や連携中枢都市圏といった考え方も出てきていますから、広域で補完し合うなどの方法もあると思います。ところが、これまでのランキングというのは駅ごと、自治体ごとで出していくため、そういう補完・連携といった視点とは親和性が低く、どちらかというと競争を煽りがちな概念でしたよね。

子育て環境改善という聖域への巨額支出が財政を歪めかねない

――転入者獲得に向けた住民サービス充実のアピール合戦といえば、まず思いつくのが子育て分野ですよね。

 そうです。少子化対策・女性活躍推進の観点から、待機児童問題の解決が喫緊の課題であることは間違いないのですが、政治家や自治体職員たちは、勢い認可保育所を増やせばいい、という短絡的な発想になりがちなことが残念です。認可保育所にはたっぷり税金を投入して無料または格安にするけど、認可外はそうでなくていい、という議論もありますしね。実は認可外保育施設のほうが、親にとっては認可保育所よりも使い勝手がよい面があるのですが、そういう情報は言論封殺されています。

苦肉の策で高架下に建てられた保育園

苦肉の策で高架下に建てられた保育園

――認可外保育施設のメリットというのは意外ですね。

 たとえば、認可保育所は子どもを通わせる園を自分で選べません。認可保育所併設を謳う新築マンション広告をたまに見ますけど、住人の子が通えるとは限らないのです。しかし、認可外保育施設なら自分で選べます。その意味で、認可保育所だけでなく、認可外保育施設も増やしたほうが選択肢は広がって親のメリットも大きいし、税金は節約できます。税金というリソースは有限である以上、そういうバランス感覚ある議論をすべきなのに、そうなっていないことが大変残念です。

――認可外保育施設のクオリティを気にする声は根強いと思いますが。

 認可保育所でなくても、地方自治体が関与する認可外保育施設(拙著では、「準認可保育園」と呼称)であれば、認可保育所に準じたクオリティがあります。東京都、横浜市、川崎市などが、認可保育所だけで保育需要を満たせない中で、現実的な折り合いをつけるために導入してきた、現場の知恵なのですけどね。

 実は、今年4月に川崎市の準認可保育園(川崎認定保育園)へ入園した者の75%は、第一希望群(認可保育所)が全滅しての「併願校入学」ではなく、最初から準認可への「専願」なんだそうです。通園先を選べる利点が大きいのでしょうが、認可外はすべて認可に転換すべきだ、という意見を唱える方々には、こうした現実にきちんと目を向けてほしいですね。

――子育て支援と言えば、小児医療費助成もありますよね。

 あれは周辺都市が牽制し合ってブレーキが踏めなくなっている、典型的なチキンレースです。高齢者医療は過剰診療が問題になるのに、小児のほうは少子化対策と無理やり関連づけられて拡大歓迎の流れになっています。頻回受診によって地方自治体から医療機関に流れるお金には、別の有効な使い途があるはずなんです。

グラフ

不毛な消耗戦を止めて、そのお金をどこに振り向けるべきか

――行政はお金を使い事業を行ってナンボのところがあると思うのですが、子育て支援に振り向けていたお金を何に使うべきとお考えですか。

 まずは、すでにある老朽化したインフラの補修が最優先課題だと思いますよ。最近、複数の現場の声を聴いていくと、保育所新設など、首長がアピールしたい新規の子育て事業など派手目のものにばかり予算がついて、潜在的危険性のある既存インフラの改修にはなかなか予算がつかない、という嘆き節が聞こえてきます。

――それはまた切実な話ですね。

 公共施設の多くは今や指定管理者の運営ですが、老朽化対策を放置し、施設の瑕疵に起因して事故が発生すれば、自治体の責任は免れません。私の知っている某市の担当者は、ホールの舞台設備が老朽化して吊物が落ちないか心配なので、自分の任期中に大地震が起きないでくれ、最悪、起きたとしても舞台を使っていないときに起きてくれと祈っていますよ。先日、関西地方の大地震により痛ましい事故が起きて、ブロック塀の危険性が改めて世間に認知されましたが、似たような危険はあちこちに潜んでいることをぜひ理解していただきたいです。

ランキング上位の街は本当に魅力的な街なのか

――「住みたい街ランキング」といえば、首都圏版の今年の1位は横浜ということが話題となりましたね。

 横浜については本書でも取り上げています。今年のランキングが発表されたのは脱稿後なのですが、ああやっぱり、という思いを強めました。横浜は吉祥寺や恵比寿と違って、いわゆる横浜駅周辺だけでなく、みなとみらい地区や関内などにわたる広域のイメージで集票しているので、ランキング順位は高めに出やすいのです。額面通り受け取らないほうがいいと思いますね。

世間が横浜としてイメージするエリア (出処)大原瞠『住みたいまちランキングの罠』

世間が横浜としてイメージするエリア (出処)大原瞠『住みたいまちランキングの罠』

――横浜が住みたい街No.1であることに異論があるということですか?

 ひとくちに横浜といっても、狭くは中心部から半径数km程度、広くは行政区域としての横浜市全体をも指します。いわば同床異夢といってもいいでしょうが、長年ランキング上位を保ってきたブランド力を不動産業界が上手に活用する一方、住民もシビックプライドを保ってきたことは確かでしょう。ただ、横浜市も郊外では既に人口減・高齢化に直面しているエリアがあります。いや、住民基本台帳ベースの統計では、市全体でもこの1年で外国人は増えましたが日本人は2800人以上も減少しているんです。

――横浜が実質的に人口減少期に入っていたとは意外です。

 横浜市と隣り合っている川崎市は、同じ時期に日本人が1万人以上増えたようですので、東京都心へのアクセスがポイントではないでしょうか。

――横浜と川崎とでは、イメージが対照的ですよね。

 川崎市といえば、物騒なニュースがたびたび報道されたりして世間ではあまりよいイメージを持たれていません。横浜市の一部では、郵便の消印が川崎の郵便局になる地域があるのですが、それに文句を言う横浜市民がいるくらいですから。でも川崎市は、住みたい街トップ常連の吉祥寺よりもずっと犯罪発生率が低かったりして、数字の上では、れっきとした「安全な街」です。実際、武蔵小杉などでは人口が急増していますよね。

――武蔵小杉はひどい通勤ラッシュなどの課題も報じられています。

 あそこは新駅設置で交通利便性が劇的に向上したことがきっかけで、住みたい街ランキング上位に滑り込んできたので、逆に交通がアキレス腱になっているのは皮肉ですね。一般論としては、新駅設置は地元が便利になるからいいことだ、として費用対効果さえ見合えばイケイケドンドンで行きがちで、武蔵小杉の場合住民投票を経ずに実現しましたが、行政が費用を負担する請願駅は、新駅周辺の一部の住民にしか便益が及ばないという点にもしっかり目を向けるべきでしょう。実際、埼玉県北本市ではそこが争点となり住民投票で否決された例もあります。

武蔵小杉のタワーマンション群

武蔵小杉のタワーマンション群

 一般的には、新駅設置や新改札口設置について鉄道会社が費用を負担することはまれで、ほとんどの場合は地元自治体、つまりは地元住民全体が負担します。武蔵小杉では、あまりの混雑に耐えかねた川崎市が20~30億円程度かけて新改札口まで作るそうですが、全市民が等しく負担すべきものなのでしょうか。拙著では、駅近辺の住民や通勤客などの駅利用者に対して応分の負担を求めるという、新たな受益者負担論を問題提起しているので、自治体関係者のみならず、鉄道事業者の方にもご覧いただきたいですね。

――まちづくりの関係者が、住みたい街ランキングとの距離感を見直すことで、本当に住みやすいまちづくりが実現していくといいですね。本日はありがとうございました。

大原瞠著『住みたいまちランキングの罠』(光文社新書)
本体価格820円(税別)

大原瞠著『住みたいまちランキングの罠』(光文社新書)

関連記事
未来自治体全国大会2018―「30年後、最も住みたい街」をネット投票で決定!
和歌山でポートランド流のまちづくり?住民が旗振り役の地方創生プロジェクト『有田川という未来 ARIDAGAWA2040』
盛り上がる大阪~なぜ大阪市は快調な人口流入が続くのか
[千葉・君津市]暮らしやすさのランキング 君津市が県内1位になりました
子ども中心のまちづくりで人口増と税収増―泉房穂 明石市長に聞く(前編)