【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】
第107回 予算審査におけるワールドカフェの活用~宮城県柴田町議会の取り組み (2021/4/28 早大マニフェスト研究所)
早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第107回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。
「議員間討議」が「政策サイクル」の鍵
議会改革は今、「第2ステージ」に入っている。議会のありたい姿を定めた議会基本条例を制定した議会も900議会に迫り、「形式要件」は整ってきた。新しいステージでは、「実質要件」が求められている。つまり、地域課題を解決する議会、住民の役に立つ議会に変化しなければならない。そのためには「政策サイクル」を回すことが必要だ。
「政策サイクル」とは、住民との意見交換会等から政策のタネを拾い上げ、議員間討議を重ねて、政策型の議員提案条例や首長への政策提言等、住民福祉向上に寄与する政策に結び付けることである。そのサイクルを回す上で鍵になるのが、「議員間討議」である。
議会で議員間討議が行われる場面は、大きく以下の3つが考えられる。議案に対しての討論、採決の前提としての論点整理。政策提言を前提とした問題の洗い出し、意見の擦り合わせ。議会運営上の意見の擦り合わせ、である。
今回は、予算審査における議員間討議に関して、宮城県柴田町議会の事例をもとに考える。柴田町議会の議員間討議の特徴は、話し合い、ワークショップの手法の一つである「ワールドカフェ」を活用しているところである。「ワールドカフェ」とは、カフェにいるようなリラックスした雰囲気の中で、4~5人の少人数のグループに分かれ、参加者の組み合わせを変えながら、自由に話し合いを発展させていく対話の手法だ。
柴田町議会では、2016年に町内の県立柴田高校の生徒との意見交換会に初めてワールドカフェを活用。その効果に手応えを感じ、議員間討議においても、2018年の総合体育館建設に関わる調査、2019年には次期総合計画の策定に関して、ワールドカフェによる議員間討議を行っている。
「議員間討議」を前提とした審査スケジュールに
柴田町議会では、2018年度の決算審査から試行錯誤を重ねながら、2020年度予算審査、2019年度決算審査において議員間討議を実施し、そのやり方としてワールドカフェを活用してきた。議員間討議の結果は、付帯決議、提言、要望の形にまとめ、その後の予算等に一部反映されている。
その取り組みのプロセスで気付いたことの一つは、議会日程が議員間討議を前提とした審査スケジュールになっていないということである。議会は本来議員同士で議論するべきところであるが、これまでは執行部への質疑に終始し、議員間討議はほとんど行なわれていなかった。そのため、日程が議員間討議を前提としていない場合が多い。
予算審査に関しても、予算書が送付された後、十分に読み込む時間的余裕もなく予算委員会での質疑。質疑の結果を踏まえての議員間の議論もなく直ぐに採決。ひどい場合には、午前中まで質疑を行い、午後に採決と言った、議案への賛成を前提とした様な日程が組まれている議会もある。
柴田町議会では、2021年度予算審査に際して、執行部の協力も得ながら、議員間討議を可能とした予算審査スケジュールを組んだ。特徴的な事は、予算審査特別委員会での質疑の前後に、ワールドカフェによる議員間討議の日程を確保したことである。
- 2月9日
- 議案の送付
- 2月10日
- 予算審査に備えた所管事務調査
- 2月19日
- 予算案に対する総括質疑
- ワールドカフェによる議員間討議
- 2月22~25日(休日除く3日)
- 予算審査特別委員会質疑
- 2月26日
- ワールドカフェによる議員間討議
- 3月1日
- 分科会(各常任委員会単位)での議員間討議
- 3月2日
- 特別委員会での議員間討議
- 3月3日
- 特別委員会で提言に関する議員間討議
- 本会議での委員長報告、討論、採決
- 町長へ提言、要望書提出
- 全員協議会での予算審査の振り返り
ワールドカフェによる「議員間討議」
以下、柴田町議会での予算審査における議員間討議について詳しく紹介する。
■予算審査に備えた所管事務調査
2月10日、3常任委員会ごとに委員会の所管事務調査の位置付けで、2020年度予算執行に当たっての要望、2019年度決算審査時の提言、これまでの所管事務調査で報告したこと、町長の施政方針の内容、予算書等を確認しながら、議員間討議を実施。
執行部に対して事前確認すること(数字、データ等)、本会議で総括質疑すること(方針を問うもの)、予算審査特別委員会で質疑すること、について話し合う。また、質疑を個人プレーにしないように、委員長が質疑内容を委員に割り振る。
■特別委員会質疑前のワールドカフェ
2月19日、議員全員による予算審査特別委員会で、予算書の読み込みを前提に、議会事務局職員がファシリテーターになり、ワールドカフェによる議員間討議。予算書に関して、Q概ね満足していること、Q議論の余地があると思うこと、Q絶対に譲れないこと、について、付箋を活用しながら話し合いを行う。議員がざっくばらんに意見を共有することで、各議員の視野が広がる効果があった。出された意見は特別委員会の質疑の参考となるよう事務局が一覧表としてまとめ、議員全員に共有した。
■特別委員会質疑後のワールドカフェ
2月26日、予算審査特別委員会での質疑を踏まえて、議員全員による予算審査特別委員会の位置付けでワールドカフェによる議員間討議を実施。Q質疑を通しての感想、Q執行部に対して言いたいこと、Q予算執行にあたって執行部に注意してほしいこと、について話し合う。その後、個人作業で特に重要だと思うことを3つに絞り込み共有、議員の問題意識を集約。集約されたテーマについて、議会として何ができるか、議論を深める。
■提言、要望書に向けた特別委員会の議員間討議
予算審査特別委員会での質疑後のワールドカフェを踏まえて、3月1日、所管委員会による分科会で議員間討議。これまで出てきた意見を付箋に書き出し、シールで投票を行う、意見に優先順位をつけながら議論した。分科会で集約された意見に対して、3月1日、2日の2回、議員全員による予算審査特別委員会で議員間討議を実施。提言、要望書に向けた議論の最終調整を行った。
■町長へ提言、要望書提出
3月3日、本会議での採決後、予算審査の議員間討議の成果として、高橋たい子議長から滝口茂町長に、2021年度予算執行にあたっての提言と要望事項を提出した。内容は、提言として、総合体育館建設に係る実現可能性調査コンサル委託について。要望として、地域公共交通活性化事業(デマンド型乗り合いタクシー)について、であった。
「対話」を通して「チーム議会」に
議員間討議の前提は「対話」だ。「対話」とは、違いに耳を傾け、意見の多様性を知り、新しい知見を得る話し合いだ。もしかすると自分の意見は間違っているかもしれない、相手の意見がより良いものかもしれないといったスタンスで話し合いに臨む。
それに対して「討論」は、互いの立脚点を明らかにして、相手を論破する話し合いのやり方だ。前提にあるのは、自分の意見は絶対正しい、相手の意見は必ず間違っているという考え。相手を否定する「討論」からは何も生まれないが、お互いに認め合う「対話」を通してこそ、新しい気付きやアイデアが生まれ、気持ちが一つにまとまり議会は「チーム議会」になる。
「チーム議会」とは、議員単体の活動から議員総体の議会活動への意識転換であり、議員だけではなく、事務局職員が一体となった総力戦である。予算審査は個人プレーではいけない。議員の衆知を集める「対話」をしなければならない。
ワールドカフェによる「対話」を導入することで、柴田町議会は「チーム議会」に進化している。柴田町議会の事例は、ワールドカフェが議員間討議の方法論として可能性があることを示している。
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。青森中央学院大学 経営法学部 准教授(政治学・行政学・社会福祉論)を務め、現在は早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。
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- ■早大マニフェスト研究所とは
- 早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。北川正恭(元三重県知事)が顧問を務める。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。