【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】
第42回 公共施設のあり方を市民との「対話」で考える~牧之原市の公共施設マネジメント (2016/3/17 早大マニフェスト研究所)
早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第42回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。今回は、「公共施設のあり方を市民との『対話』で考える~牧之原市の公共施設マネジメント」をお届けします。
公共施設マネジメントの重要性
地方自治体では、高度経済成長期に建設された公共施設がこれから大量に更新時期を迎える一方で、財政は厳しい状況にあります。人口減少などにより、今後の公共施設の利用需要が大きく変化する可能性もあります。また、市町村合併後の地域での施設全体の最適化を図る必要もあります。公共施設などの全体を把握し、長期的な視点を持って、更新、統廃合、長寿命化などを計画的に行うことにより、財政負担を軽減、平準化するとともに、公共施設などの最適な配置を実現する。これからは、公共施設マネジメントの考え方が不可欠になります。総務省も2014年、「公共施設等の総合的かつ計画的な管理の推進について」の通知を出し、「公共施設等総合管理計画」の策定に取り組むことを求めています。
今回は、こうした公共施設マネジメントに関して、静岡県牧之原市で行われている「公共施設マネジメント基本計画策定の対話の場(以下対話の場)」の取り組み(牧之原市公共施設マネジメントHP)を事例に考えていきたいと思います。牧之原市では、このコラム(第38回 対話が創る地方創生)で何度も紹介しているように、西原茂樹市長のリーダーシップにより、「対話」による協働のまちづくりを積極的に推進してきました。今回の公共施設マネジメント基本計画策定の対話の場は、その牧之原市の実践の集大成のような取り組みになります。
牧之原市の公共施設マネジメント基本計画策定の対話の場
牧之原市の公共施設マネジメントの検討プロセスは2015年7月、市長からこの問題について諮問された学識者や市民で構成された自治基本条例推進会議(自治基本条例の実効性を担保するために条例に基づき設置された機関)、市役所内部の検討組織(推進本部=三役と部長で構成:19人、検討委員会=各施設を担当する課の課長で構成:14人、専門部会=各施設を担当する課の職員とその他の若手職員で構成:38人)の双方で連携しながら、対話をキャッチボールで積み上げる形で進められました。また、自治基本条例推進会議の下には、市民の意見を幅広く集約するための対話の場が設置されました。その対話の場の運営には、牧之原市のまちづくりには欠かせない市民ファシリテーターが積極的に参加してくれました。
まず先行して動き出したのは、市役所内部の検討組織です。
7月、推進本部、検討委員会、専門部会の職員が参加して、公共施設マネジメント合同研修会を実施しました。公共施設の問題は、縦割り、担当だけで考える課題ではないといった思いからです。
前半は講演、三菱UFJリサーチ&コンサルテイングの西尾真治主任研究員から、公共施設マネジメントの基本的な考え方、牧之原市の進め方、対話による進め方の意義が話されました。後半はワークショップ、会議ファシリテーション普及協会の小野寺郷子副代表のファシリテーションで、「親しみを感じる、思い出深い公共施設を書き出そう」「対話の場を効果的に進め、計画策定をスムーズに進めるためのアイデアは?」の問いで、市が抱える課題を自分事に捉えてもらえるようなプログラムにしました。
研修会後、専門部会では、対話の場にどんな市民が参加するべきか検討され、施設に関連する団体やNPOなどの38人の市民が選ばれました。
対話の場のプログラム・プロセスデザイン
対話の場は、9月~12月までの間に全5回と現地視察、というスケジュールで開催されました。スタート時での議論のプロセスデザインは、第1回は全体で大切にしたい視点を共有すること、第2回は個別の分野ごとに大切にしたい視点、ありたい姿を考えること、第3回は全市に視点を広げて大切にしたい視点、ありたい姿を検討すること、第4回は分野別の方向性を確認すること、最後の第5回で最初の4年間にまず取り組む先導的な事例を考えること、といった流れとしました。また、市民の参加者は対話の場の中で、「行政・文化施設」「学校・体育・子育て施設」「コミュニテイー・公園施設」「保健福祉・保健産業施設」の4つの分野に分かれて話し合いを行います。
第1回は、公共施設マネジメントの総論に対する理解と共感をゴールに開催されました。有識者から全国の流れ、市役所担当者から牧之原市の状況の情報提供を織り交ぜながら、「公共施設に対する楽しい思いの出し合い」「牧之原市、全国の現状や基本的な考え方を知り、感じたことを共有する」の2つのテーマでワークショップを行いました。出された意見をベースに、「未来志向で考えよう」「賢く使おう」「共感を大事にしよう」「自分たちでやろう」「まちづくりを考えよう」という5つの対話の場における大切な視点がまとめられることになりました。
対話の場での話し合いを円滑に進めることを目的に、第1回と第2回の間に、市内の公共施設の現地を確認し、状況を把握するための視察が行われました。行政機能を持つ施設(庁舎)、全体の4割を占める学校施設、民間の子育て施設を見学、市民は現地を確認して、知らなかったことに気付き、施設の雰囲気を肌感覚で感じる良い機会になりました。
第2回は、公共施設マネジメントの施設分類別の各論に対する共通理解、問題意識の共有をゴールとして開催されました。現地視察の振り返りの後、分野別のありたい姿を未来志向(バックキャステイング)で考えるワークショップを行いました。また、施設担当者からの現状説明を聞き、分野別の現状を確認し合うグループワークを行いました。
第3回は、公共施設マネジメントの総論をまとめるとともに、各論の方向性に係る意見を深めることをゴールに開催されました。「これまで話した大切にしたい視点のまとめ」のワークショップで、これまで市に出された提言、対話の場での議論などをまとめた案に対して、感想、付け加えたい点を考えてもらいました。また、前回出た分野別のありたい姿の意見を深め集約するワークショップを行い、ドット投票で重要度の傾向を確認しました。「庁舎は一つ」「子育ての充実」「施設の複合化」などが票を集めました。
第4回は、公共施設マネジメントの施設分類ごとの方向性をまとめることをゴールに開催されました。市の施設担当者からの方向性、現状に関する情報提供を受け、「施設分類ごとの方向性を深めましょう」の問いでワークショップが行われました。次に、それぞれの施設の方向性が見えてくると、複合化の議論がしやすくなるので、これまでの分野の対話から、分野を越えて全員で「複合的施設の楽しい利活用のアイデアを出そう」をテーマに前向きな対話を行いました。
第5回は、対話の場のまとめ、参加した感想や気付きの共有をゴールに開催されました。これまでの意見を整理した内容を事務局が説明した後、全体のまとめと振り返りとして、「対話の場のまとめ案についての意見交換」「対話の場に参加して感じたこと・気付いたこと」の2つのテーマでワークショップを行いました。
庁内意見交換会による職員間の対話と合意形成
市民による対話の場と並行して、推進本部、検討委員会、専門部会の職員などにより10月に開催されたのが、庁内意見交換会です。庁内意見交換会は、行政、学校、子育て、体育、文化、コミュニティー、公園、保健福祉、観光産業の9施設分類ごとに、おのおの1時間の対話が行われました。ファシリテーターは西原市長が自ら行い、施設担当部から施設分類ごとの方向性と解決したい課題の説明を受けてから、参加した他部の職員がその説明に対して質問を行います。その質問などに答えているうちに担当者が自ら考えを整理し再度発表します。その発表を受けて、参加者が次はアドバイスを行い、担当者が最終的に考えをまとめていきます。静岡大学大学院の舘岡康雄教授が唱える「SHIEN学」(人材マネジメント部会 第4回「仲良し組織」から「SHIEN型組織」へ)のフレームを活用した手法です。担当以外の職員が混じって対話を行うことで、幅広い視点からの意見がもらえることだけではなく、縦割りを超えた職員の当事者意識を生み出す効果がありました。
市民による対話、職員による対話を踏まえて、対話の場における大切にする視点(基本理念)を5つにまとめ、対話の場における施設分類別の方向性が整理され、対話の場における先導的なプロジェクトとして、庁舎施設の活用プロジェクト、学校施設の活用プロジェクトの2つを位置付けることとしました。
2016年3月現在、牧之原市では、これまでの対話の場を踏まえて、自治基本条例推進会議で、基本計画の答申内容について協議を進めています。
グラフィックファシリテーションを活用して対話を可視化
今回、牧之原市では、サステナビリティダイアローグの牧原ゆりえさんに協力いただき、対話の場の運営に「グラフィックファシリテーション」を活用しました。グラフィックファシリテーションとは、対話の内容を文字だけではなく絵を含めて記録し、対話から生まれた成果を振り返り共有して、次へのアクションにつなげていこうとするファシリテーションの手法の一つです。
グラフィックファシリテーションは、大きく3つに分類されます。ファシリテーターがグラフィックを行いながらファシリテーションを行う、一般的な「グラフィックファシリテーション」。グラフィックを書く専従のグラフィッカーによって会議で話されていることを記録し、絵や色もある議事録を残す「グラフィックレコーデイング」。それから、コミュニケーションを効果的に行うことを目的として、グラフィックを活用し、絵やデザインを含む配布資料などを作成する「グラフィックコミュニケーション」の3種類です。今回は、市民ファシリテーターもグラフィッカーとなり、グラフィックレコーデイングとグラフィックコミュニケーションを行いました。市民からは、分かりやすい、振り返りやすいなど、高い評価を得ました。
公共施設のあり方を市民との「対話」で考える意義
地域の公共施設のあり方を考えることは、全市的なまちづくりを考えることにつながります。もちろん、多くの市民の生活にも影響があります。また、公共施設の問題は、該当施設の関係者の思いや、地域のエゴが出やすい難しいテーマでもあります。こうした問題であればこそ、市民参加で対話を行いながらじっくり考えていく必要があります。牧之原市は、まだ公共施設マネジメント基本計画の策定段階です。これから、庁舎施設の活用、学校施設の活用など、難易度の高い個別具体なテーマに取り組んでいくことになります。
この段階まで、牧之原市の取り組みが比較的うまくいっているのには、いくつかの理由があると思います。丁寧に対話を積み重ねていこうとしている姿勢、対話の場のプログラム、プロセスデザインの周到さ、対話の運営を担う市民ファシリテーター(グラフィッカーを含む)の存在、そして様々な有識者の知見の活用です。これも、長らく対話による協働のまちづくりに取り組んできた牧之原市の持つ力です。他市がすぐに真似をすることは難しいと思いますが、ベンチマークするべき一つのベストプラクテイス(最高の実践方法)だと思います。
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青森中央学院大学 経営法学部 准教授
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学 経営法学部 准教授(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。
- ■早大マニフェスト研究所とは
- 早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。北川正恭(元三重県知事)が顧問を務める。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。
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