【一歩前に踏み出す自治体職員~ありたい姿の実現を目指して~】
第28回 まちづくりは挑戦から始まる~紫波町オガールプロジェクトに触れて~ (2017/2/7 花巻市建設部都市再生室主査 伊藤ケイ子)
「人材を変え、組織を変え、地域を変える」ことを目的に自治体職員のリーダーを育成する実践的な研究会「早稲田大学マニフェスト研究所 人材マネジメント部会」受講生による連載コラム。研修で学び得たもの、意識改革や組織変化の実例などを綴っていただきます。
民間への長期派遣
2016年4月から1年間、民間派遣の身となった。派遣先はCRA合同会社。岩手県紫波町「オガールプロジェクト」で有名な岡崎正信氏がPPPエージェントとして活動する会社である。社員はいない。岡崎氏が、PPP(Public -Private Partnership:公民連携)によるまちづくりの手法を自治体職員に「暖簾分け」しようと、当市に募集案内があったのだ。
今からちょうど1年前の出来事。2015年度に人材マネジメント部会で見つけたテーマ「物心両方の引き継ぎ」を実践したいと思っていた矢先だった。「庁内で継続して取り組みたい」という思いと、岩手国体や沿岸被災地への派遣で人出不足の状況下に、あえて職員派遣に踏み切った人事判断に気持ちが揺れた。当時、障がい児支援施設の整備事業を受け持っていたことも気になった。さりとて何が正解かはわからない。葛藤しつつ「私でお役に立つのなら」と承諾した。
ほかに「暖簾分け」に参加したのは大東市の再開発プロジェクトメンバーである女性1人。彼女と2人でオガールプロジェクトの片鱗に直に触れることができた。
業務の中身は、オガールプロジェクト最後の民間事業棟「オガールセンター」の整備を主軸とし、テナントとの各種手続きとエリア価値向上に資する相互連携の場作り、資金調達、民間会社の設立など、オガールを舞台にする活動のほか、他自治体のまちづくりやリノベーションスタディなど岡崎氏のPPPエージェント業務にも一部携わった。
岡崎氏は、オガールで「志(パブリックマインド)と算盤(そろばん)の両立」を事業化しているプロフェッショナルだ。「普遍的集客装置(消費目的でない人たちが集う場、公共的施設)」を据え、周囲に誰もまねできない尖ったサービスをあつらえ、消費活動で得た利益の一部を公共に充当する。この手法により、オガールは今「稼ぐインフラ」と呼ばれている。
2009年度に策定された「紫波町公民連携基本計画」の前文には、紫波中央駅前のある一日として、ここで過ごす町民の暮らしが描写されている。そこには、カフェで飲み物を買うビジネスマン、図書館で本を借りカフェでくつろぐ住民、スタジオからかすかに響くジャズの音色、広場のベンチでパンをほお張る親子の姿が描かれている。イメージ図とともに添えられたかつての夢が、何もない原野からわずか8年で実現している事実に鳥肌が立つ。
オガールプロジェクトとPPP手法を知れば知るほど、「マチは生きている」と思うようになった。どのマチにも、人の手で培われた生々しい鼓動がある。私たちは今までも、これからも、生きたマチで暮らすのだ。
このプロジェクト、人材マネジメントとして注目すべきは、この開発に至るまでの紫波町長、役場職員の道のりである。町長は3期目。安定基盤となったのは、町民にも部下にも自分の言葉で説明し、人選も政策もぶれることなく務めたところ。任せると決めて最後まで任せた。先見の明も高く、部下の信頼も厚い。プロジェクトメンバーには町長の思いを共有できる人材を集めて公民連携室を設置し、図書館事業には教育部局から町長部局へ職員もろとも異動させた。職員は国内初となるPPPの取り組みを法解釈で乗り越え、時には海外事例を引用して国・町議会を説得し、町民説明やワークショップの会議設計も行った。並々ならぬ目配りと気配り。ちなみに公民連携室の職員は10年間異動していない。
投げ手と受け手のバランスが成り立って、初めてコトが進む。どんなに優秀なアイデアでも、受け手がいなければ実現しない。オガールプロジェクトは、危機感の共有から対話を経て、ありたい姿にたどり着いた、人材マネジメントの成功事例でもある。
ハコモノが人に与える変化
オガールに降り立つと、北欧のようなデザインコントロール、都会的なカフェ、生鮮3品が揃う産直マルシェに心奪われる。フットボールセンター誘致の感動秘話もしかり。集客で売り上げが上がるほど、公共にフィードバックされる仕組みにうなづく。もちろんそれも大事だが、よくよく見ると一連の循環の秘密となる影の力に気づく。
ひとつはエリアデザイン。個性をもった広場や建物が人の動線に馴染み、視線が遊んでいることに気付くだろう。ランドスケープデザインと呼ばれる分野。特に広場での人との距離や、自らの目線による思いもかけない遊びは、体験しなければ分からない。往来のなかで身構えなくコミュニケーションが生まれ、そして程よく孤独になれる。相反する要素を共存させているこの不思議な空間は、季節ごとに空や植物によって美しく彩られ、周囲の建物の魅力を増し、かつ人と人の不思議な依存関係を見事に成り立たせている。
そして、紫波町図書館の職員。本の貸し借りだけの係員ではない。キャビンアテンダントのような振る舞い、笑顔、企画力。彼ら自身が紛れもなくオガールのブランドである。ここには面白い人、新しい出会いがひしめいている。ヒトそのものが魅力となっている。
ヒトと空間。居心地の良さと出会いの喜びを知った町民やファンがオガールに集い、新たな世界観をシェアし、自主的な活動が広がっていく。オガールは、物心両方をつなぐ力を持っている。
自治体職員の可能性
オガールプロジェクトは、二宮尊徳のいう「経済を忘れた道徳は寝言、道徳を忘れた経済は罪悪」を実体化し、「便利な生活」と「魅力的な生活」は同義ではないこと、まちづくりにおいてヒトは後者を望んでいること、そして、その実現には算盤が欠かせないことを示している。
このことから、これからのまちづくりは、公民かかわらず誰もが(私が)地域経営者の1人としての自覚をもち、経済とヒト、地域の強みに敏感な人材となり、「魅力的なあり方、働き方」を自ら表現していくことがキーになると感じている。
かつて人口増加時代にあわせて作られた制度組織では、現状にマッチするはずはなく、しかも、現代の人口減少局面は世界中の誰もが初めての経験なのだから、確たる何者も存在しない。
見方を変えると、この時代は限りなく自由、自らの裁量で切り開ける世界だ。
そう気付いて、私はこの時代にこの職業に就くことができてラッキーだと思った。自分をモデルとする実験ができる。思い込みから脱却し、自分を材料に、マチ(ヒト)づくりに触れてみよう。もしかしたら、その結果が誰かの役に立つかも知れない。そんな趣旨で今年度、庁内で新たに取り組みとして「人材=人財!やんべにミーティング(市職員の勉強・懇親会)」を3回開催した。気づきと応援をいただき、今後も継続予定である。
自治体経営に不可欠な「経済と人の循環」のヒトの部分は「物心両方の引き継ぎ」につながる。人材育成は10年単位。私の在職期間は15年あまりだが、それを思えば残り時間は多くはない。せっかくだから、これに経済を追加してやってみようと思う。私の苦手科目をリカバーするチャンスにもなる。今から行けるところまで、応援してくれる人を巻き込んで。
これまでのたくさんの出会いといただいた勇気を振り返り、いろいろな人と結構な距離を歩いてきたことを思う。それを無駄にしないためにも、こうして背中を押される限り、私は自治体の仕事(志事)を通して自分自身のモデルチェンジを続け、この広く自由な世界に挑戦していこうと思う。
- 関連記事
- 熊本地震の経験を対話で振り返る~災害対応カードゲーム「クロスロード」体験記
- 思いを口にすることからすべては始まる~新潟市を「住んでよかった」といわれるまちに
- 年間80万人を呼ぶ、岩手県紫波町の「オガールプロジェクト」
- 1杯のバケツが、まちの未来を変える
- NPOが担う高校生と地域との連携・協働~岐阜県可児市NPO縁塾の「エンリッチ・プロジェクト」の実践
- ■早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメント部会とは
- 安倍内閣が目玉政策として進める「地方創生」をキーワードに、「地方」「自治体」のあり方に改めて注目が集まっている。市民との協働や官民連携が重要になっている中で、特に職員の働きが大きな鍵となっている。これまで自治体では民間の手法を用いた「スキルアップ」は数々試行されてきたが、本来的に必要なのは意識改革であり、人や組織を巻き込むことのできる人材が求められている。早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメント部会では「人材を変え、組織を変え、地域を変える」ことを目的に、立ち位置を変え、主体的に動き、思い込みを打破するリーダーを育成することを目指している。