「事業に対する健全な懐疑心」がNPOやソーシャルビジネスを加速させる―担当者インタビュー(2) (2016/9/2 政治山)
NPOやソーシャルビジネスの事業を評価する際に用いる「社会的インパクト評価」の普及のために設立された「社会的インパクト評価イニシアチブ」について、共同事務局の一員を務める日本財団の藤田滋さんにうかがいました。
非営利組織にこそ求められる説明責任と事業の改善、「社会的インパクト評価」とは―担当者インタビュー(1)
ナレッジの共有と情報の集約をwebサイトで
- 政治山
- 社会的インパクト評価イニシアチブ(以下、イニシアチブ)についてお聞かせください。
- 担当者
- イニシアチブは、NPOやソーシャルビジネスなどの事業者と財団や基金などの資金提供者、コミュニティ財団やファンドなどの資金仲介者、それにシンクタンクなど中間支援組織と学会などの評価者・研究者で構成された、社会的インパクト評価を推進するプラットフォームです。2016年8月時点で68団体がメンバーとなり、日本ファンドレイジング協会、SROIネットワークジャパン、内閣府、日本財団が共同事務局をつとめています。
- 政治山
- 具体的にはどのような取り組みを行っているのでしょうか。
- 担当者
- 6月14日に「Social Impact Day 2016」を開催し、同日イニシアチブも発足しましました。まずはロードマップの作成と推進、各種手引書などナレッジの共有、そして評価ツールや情報を集約するリソースセンター(webサイト)の運営を行います。
共通するアウトカムを「シェア」して評価に繋げる
- 政治山
- イニシアチブとして、普及に向けてどのような課題があると認識していますか。
- 担当者
- 評価を実施する上での課題について、これは評価の先進国の1つである英国で2012年に発表された調査結果なのですが、国内でも同じような傾向がうかがえるのでご紹介します。もっとも多かったのは「必要な資金がない」で78.7%、次いで「必要な専門性やスキルがない」が61.4%、さらには「どのように測定してよいかわからない」52.9%、「何を測定してよいのかわからない」50.0%と続きました。
- 政治山
- 上位2つは実施にあたっての具体的な課題ですが、それに続く2つはそれ以前の問題ですね。
- 担当者
- はい。まずはその2つを早急に解決する必要があります。実際に各事業者が目指し、生み出している変化及び効果(以下、アウトカム)は事業者ごとに異なりますが、その中には共通するアウトカムもあります。例えば、子どもの自己肯定感の向上は、多くの教育分野で活動している団体が目指しているアウトカムの1つだと思います。こういった共通するアウトカムを分野ごとに抽出し、指標やその測定方法をシェアすることで、事業者のみなさんのお役に立てるのではないかと考えています。
英国「Inspiring Impact」をモデルにロードマップを作成
- 担当者
- 「何を測るか」というロジック・モデル、「何で測るか」という指標、そして「どうデータを集めるか」という測定方法の3つからなる評価ツールセットを、教育、就労支援、地域・まちづくりの3分野で用意します。
- 政治山
- そのツールセットをwebサイトで公開し、共有するのが第一段階というわけですね。その後の展開もお聞かせください。
- 担当者
- まずは既存ツールをブラッシュアップして、継続的に更新していきます。その上で新規分野でのツール作成、さらにはツールの活用促進に取り組む予定です。英国では民間の推進プラットフォームである「Inspiring Impact」が中心的な役割を果たしており、2022年までに質の高い社会的インパクト評価をソーシャルセクターに普及させることを目標としています。イニシアチブでも5年、10年といったスパンで具体的なロードマップを作成したいと考えています。そのロードマップに基づき、イニシアチブ参加団体が幹事となり様々なプロジェクトを実施していく予定です。
客観的な評価は、厳しい現実を突き付けることも
- 政治山
- 現在は3つの分野についてweb上でツールを参照できるとのことですが、今後はweb上でデータの登録や・集計や分析もできるようになるのでしょうか。
- 担当者
- そうですね。将来的にはそのようなデータベース機能も検討したいと思います。
- 政治山
- 前年度との比較や、同じ指標で評価している事業者との比較などもできると、事業改善にもつながりやすそうです。
- 担当者
- Wikiのようにユーザーが自団体のアウトカムや指標、その測定方法なども登録し共有してゆくことで多様な実践が蓄積され、その中からベストプラクティスが徐々に生まれ収斂してゆく、そういったことも期待できます。
- 政治山
- この評価を推進していくと、望んだ成果が得られていないという現実に直面することもあり得るのでしょうか。
- 担当者
-
はい、もちろんです。あるNPOの言葉を借りれば、事業を進めていく上で忘れてはならないのは、「事業に対する健全な懐疑心」だと思います。
学校外教育バウチャー(学校外の塾などで使用できるクーポン)を通じて経済的に困難を抱える家庭の子どもへ学習支援を実施しているこのNPOは、外部評価で「バウチャーの配布が学力を向上させるという一貫した強い証拠は見られない」「バウチャーの配布は子どもが感じる自尊心や生活の質に負の影響を与えた可能性がある」という結果を突き付けられました。しかし彼らはその結果を肯定的に受け入れ、さらに原因を追究しました。
すると、バウチャーを提供することによる学力向上の効果は決して一律ではなく、利用者である子どもの年齢や意欲、その他様々な条件によって異なること、状況に応じた個別的な支援が必要であることがわかりました。これらの発見を受け、利用者の選考基準の見直しを行うとともに、利用者の状況に応じて支援をきめ細かく変えました。まさに、「健全な懐疑心」を持って評価を実施し、その結果を事業改善につなげたわけです。
お金には換えられない価値を評価する
- 政治山
- 実に様々な社会活動があると思うのですが、日本ではどれくらいのNPOが活動しているのでしょうか。
- 担当者
- 日本にはおよそ5万のNPOがありますが、実際に稼働しているのはその1割ほどと言われています。社会を良くしようという目的をもって設立したのに、具体的な活動に至っていない団体や休止してしまっている団体が多いのは、残念でなりません。
- 政治山
- 全ての企業・団体が先ほどのNPOと同じように取り組むことができたら、私たちの社会も大きく変わりそうです。
- 担当者
- 貨幣的尺度では測りきれない社会的事業が生み出す価値をどのように評価するのか、その評価方法が確立し、一定のベスト・プラクティスに収斂し定着してゆくには、当然コストも時間もかかります。それこそ、事業が生み出す経済的価値を測定する会計基準も500年以上かけて今のカタチになっていますが、今でも完璧なものではありませんし、時代とともに変化を続けています。事業が生み出す社会的価値を表現する新たな「事業の言語」として社会的インパクト評価を普及させ、イニシアチブの活動を通じて社会活動全体を活性化させたいと考えています。
- 政治山
-
その取り組みの端緒が、このほど開設されたサイトということですね。私たちの企業活動も、どれほど社会に役立っているのかという視点を忘れないようにしたいと思います。本日はありがとうございました。
<取材> 市ノ澤 充
株式会社パイプドビッツ 政治山カンパニー シニアマネジャー
政策シンクタンク、国会議員秘書、選挙コンサルを経て、2011年株式会社パイプドビッツ入社。政治と選挙のプラットフォーム「政治山」の運営に携わるとともにネット選挙やネット投票の研究を行う。
- 日本財団は、1962年の設立以来、福祉、教育、国際貢献、海洋・船舶等の分野で、人々のよりよい暮らしを支える活動を推進してきました。
- 市民、企業、NPO、政府、国際機関、世界中のあらゆるネットワークに働きかけ、社会を変えるソーシャルイノベーションの輪をひろげ、「みんなが、みんなを支える社会」をつくることを日本財団は目指し、活動しています。
- 関連記事
- 非営利組織にこそ求められる説明責任と事業の改善、「社会的インパクト評価」とは―担当者インタビュー(1)
- NPOやソーシャルビジネスの事業、社会的インパクト評価を日本でも
- 「水着を買えず授業を休む…子どもたちの貧困は遠い国のことではない」―担当者インタビュー(1)
- 子どもと高齢者の予算配分は1対7、貧困は「可哀想」ではなく「経済問題」―担当者インタビュー(2)
- ソーシャルイノベーション関連記事一覧