手話言語法制定へ、田岡克介石狩市長インタビュー「手話は救済でも福祉でもない」 (2016/7/29 政治山)
手話は、2006年に国連総会で採択された障害者権利条約で正式に「言語」と規定され、日本では2011年、改正障害者基本法の中で「言語(手話を含む)」と記されることで法的に認知されました。
日本財団と全日本ろうあ連盟は2010年から手話言語法制定の推進活動を開始し、2013年の鳥取県と北海道石狩市を皮切りに、現在では52の自治体で手話の普及を推進する条例が制定されています(2016年6月末)。今回は基礎自治体として初めて条例化した、石狩市の田岡克介市長にお話を伺いました。
市民が主体的にかかわり「言語化」目指して条例化
- 政治山
- はじめに、全国に先駆けて手話基本条例を制定した背景をお聞かせください。
- 田岡市長
-
とくに一番乗りを狙ったわけではありません。石狩市ではろう者を含む聴覚障害者は日ごろからまちづくりに協力的で、手話サークルなどの活動も活発でした。
市の行事やイベントにも積極的に参加しており、その交流の中で「手話の言語としての認識」と「聴覚障害者の社会参加の環境づくり」をより一層市民の間に広めていくために、条例化を目指すこととなりました。
- 政治山
- 宣言や意見書ではなく条例化を目指されたのは何故でしょうか。
- 田岡市長
- 私たちが一方的に表明するものではなく、当事者が自発的にかかわり、市民の理解を得て進めていくべきと考えたからです。審議や検討会を重ねたことで、構想から条例化まで3年以上かかりましたが、その過程に市民が主体的にかかわることに意義がありました。
少数派も疎外感を覚えず、自分らしく生きる
- 政治山
- 来年の4月で条例の施行から3年経ちますが、どのような変化がみられたのでしょうか。
- 田岡市長
-
反響は大きく、手応えを感じています。例えば手話を使う方が庁舎を訪れた際、以前は“構えていた”職員も自然に接することができ、手話を使うことは決して特別なことではないんだという雰囲気になっている。これは大きな変化だと思います。
さらには、ろうの方が講師として市民に手話を教えたり、習ったお孫さんがおじいさんに手話を披露したり、暮らしの中に手話が根付きつつあることを感じています。これは救済とか福祉といった観点ではなく、少数派といわれる人たちが疎外感を覚えず自分らしく生きることができる、社会変革を促す動きと言っても良いと思います。
1億総活躍社会、障害者差別解消法も追い風に
- 政治山
- 政府は1億総活躍社会と銘打ってあらゆる人の社会参加を促していますが、聴覚障害者にとっても1つのきっかけとなるのでしょうか。
- 田岡市長
- 国内にはおよそ34万人の聴覚障害者がいます。先ほど申し上げた手話講師としての活躍だけでなく、コミュニケーションさえ取れれば社会に貢献できる人は大勢いるはず。その人たちの力は大きく社会を動かしていくと思います。
- 政治山
- 今年の4月には障害者差別解消法も施行されました。障害者が活躍する環境を整えることは行政にとっても重要なことになりますね。
- 田岡市長
- だからこそ、言語としての手話の普及が大切なのです。合理的配慮云々という以前の問題で、コミュニケーションを成立させること、感情を伝えることのできる環境を整えることがあらゆる差別を解消する前提となります。
東京五輪では誰に対しても“開かれた日本”を
- 政治山
- 2020年には東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。これは手話言語法制定にどのような影響を及ぼすとお考えですか。
- 田岡市長
- 法律制定までの道のりは長いと思いますが、2020年を1つの目標としたいと考えています。世界と触れ合う機会に、成熟した国家の首都として当たり前の姿を、東京では実現してほしいものです。
- 政治山
- 国際手話については世界的にも普及しておらず、日本でもあまり浸透していないようですが。
- 田岡市長
- それは次のステップで良いと考えています。世界には、手話を憲法で規定したり法律で認めている国があります。まずはそこに追い付かなくてはなりません。
単一言語のカベも、官庁のカベも越えて
- 政治山
- 仰る通り、オーストリアやハンガリーで憲法に、スウェーデンやベルギーで法律に定められていますね。地域的には偏っているようですが何故でしょうか。
- 田岡市長
- 周囲の国と陸続きだったり多言語国家の場合は、比較的浸透しやすいのではないでしょうか。日本は単一言語の国なので、そこに1つ追加することは非常にハードルが高いのですが、複数の公用語があってそこに1つの言語がプラスされることは、それほど抵抗がないようです。
- 政治山
- 言語として扱うとなると、どの官庁が管轄することになるのでしょうか。
- 田岡市長
- これまで申し上げた通り、救済や福祉といった視点から厚生労働省が主導するのは違うと思います。手話の言語としての教育に関していえば、文部科学省になると思いますが、省庁の枠を越えた視点や取り組みが必要だと思います。
条例化の進む自治体、国会では超党派議連の立ち上げが課題
- 政治山
- 最後に、法制化に向けた展望と課題をお聞かせください。
- 田岡市長
- 2020年までの法制化を目指して日本財団や全日本ろうあ連盟、知事や議会との連携が必要です。まずは6月26日に設立した「全国手話言語市区長会」に参加を表明している252名の首長が自らの自治体で条例化を進めることから着手していきます。
- 政治山
- すでに法制化を求める意見書は1788、すべての自治体で採択されていますが、やはり条例化も必要なのですね。
- 田岡市長
- はい。石狩市でもそうであったように、多くの方が自発的・主体的にかかわることで理解を深めていくことが何より大切です。それに加え、超党派による国会議員連盟の設立も実現には至っていません。言語として未成熟であるとか、字を持たない手話を言語とみなすべきなのかといった論点を整理し、法制化に向けて着実に前進していきたいと考えています。
- 政治山
-
手話が人と人をつなぐ言語として普及していくには、ただ単に法制化すればいいというわけではなくその過程も大事なんですね。今後はろうあの方のメッセージもお伝えしていきたいと思います。本日はありがとうございました。
<取材協力> 田岡 克介(たおか かつすけ) 石狩市長
1945年生まれ、1968年国学院大学文学部卒。旧石狩町にて企画調整部長、助役等を歴任し、1999年6月に市長に就任、現在5期目。主な公職は北海道市長会相談役、全国手話言語市区長会会長、北海道縄文のまち連絡会会長など。
<取材> 市ノ澤 充
株式会社パイプドビッツ 政治山カンパニー シニアマネジャー
政策シンクタンク、国会議員秘書、選挙コンサルを経て、2011年株式会社パイプドビッツ入社。政治と選挙のプラットフォーム「政治山」の運営に携わるとともにネット選挙やネット投票の研究を行う。
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