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金融システムは「安定している」か~日銀・金融システムレポートが多くを語らぬこと (2018/11/1 オフィス金融経済イニシアティブ

関連ワード : 金融経済 

銀行の苦境が止まらない。全国銀行の総資金利ざや(注1)は、昨年度(2017年度)、ついに0.1%を割り込んだ。05年度のわずか5分の1の水準だ。銀行は経費を圧縮して対抗するが、追いつかない。

(注1)総資金利ざや=貸出・有価証券等の資金運用利回りー資金調達原価(経費を含む)

新規の貸出金利は下げ止まりつつあるが、貸出残高全体(ストック)の平均金利は低下が続く(18年8月 新規0.742%、ストック0.917%、参考1参照)。ストックはいずれ新規に追いつく理屈なので、今後さらに0.1%程度は低下する可能性が高い。利ざやは一段と縮小し、コア業務純益はゼロに近づく計算となる。

(参考1)全国銀行の貸出約定平均金利(総合)と資金調達原価の推移

(参考1)全国銀行の貸出約定平均金利(総合)と資金調達原価の推移

(出所)日本銀行「貸出約定平均金利」、全国銀行協会「年度別:全国銀行財務諸表分析」を基に筆者が作成。

銀行経営をめぐる日銀の厳しい見方

日本銀行は、年2回、「金融システムレポート」を公表している。同レポート2018年4月号と10月号の見解は、おおむね以下のようなものだ。

(1)銀行の基礎的な収益力は、預貸利ざやの縮小を背景に低下している。地域金融機関のなかには、有価証券の益出し(売却益)で当期純利益の維持を図る先がある。

(2)金融システムは、全体として、安定性を維持している。リーマンショック並みのストレス状況を想定しても、資本と流動性の両面で相応の耐性が維持されている。ただし、ストレス耐性には銀行間のばらつきがある。

(3)企業に対する信用リスク評価が緩む傾向にある。低採算先向けの貸出比率が上昇しており、貸出金利がリスクに見合わない事例もみられる。リスクに応じた「適正」な金利の設定が必要である。

実態はさらに厳しいか

上記のうち(3)の論点(銀行貸出をめぐる信用リスク評価)には、注意が必要だ。預貸利ざやがゼロに近づくということは、低採算先だけでなく、貸出全般に信用リスク評価が緩んでいることのあらわれである。優良先であっても、一定の確率で貸し倒れは起きる。平時に戻れば、貸出全体で多額の信用コストが生じる可能性がある。

(2)の論点(ストレス耐性)にも注意が必要だ。参考2は、金融システムレポート10月号に示された、テールイベント時のストレステストの結果である。試算では、国際基準行、国内基準行ともに規制水準(注2)を上回るとの結果が示されている。これが「金融システムは、全体として、安定性を維持している」と日銀が評価する根拠の一つとなっている。

(注2)自己資本比率の規制水準:国際基準行はCET1<普通株式等Tier1>比率8%、国内基準行はコア資本比率4%。

(参考2)CET1比率とコア資本比率の要因分解(2020年度)

(参考2)CET1比率とコア資本比率の要因分解(2020年度)

(筆者注)テール・イベントは、リーマンショック並みのストレス状況を想定した場合の試算値。
(出所)日本銀行「金融システムレポート」2018年10月号

だが、ここにも留意すべき点がある。第1に、国内基準行の規制水準4%はもともと低めの設定だ。安定性の「目安」を8%とみれば(同レポート4月号)、国内基準行(銀行)の試算結果は「目安」を下回る水準だ。国際基準行も「目安」ぎりぎりとなる。

第2に、「有価証券含み損(評価損)」の取り扱いがある。国際基準行の比率低下の最大の要因は、有価証券の含み損である。一方、国内基準行は、定義上、含み損は算入されない。参考2の国内基準行欄に含み損が示されていないのは、それが理由である。仮に国内基準にも含み損を適用すれば、自己資本比率はどれほど低下するだろうか。

第3に、ストレスシナリオの問題がある。リーマンショック並みのシナリオとは、景気の悪化、株価の下落、債券価格の上昇(債券金利の低下)、円高・ドル安を想定するものだ。すなわち、株価下落に伴う損失と債券価格上昇に伴う利益が一部相殺している。

しかし、株価の下落と債券価格の下落が同時に発生するシナリオも、十分に考えられる。たとえば、中東情勢の悪化により、原油価格が急騰し、物価が大幅に上昇するシナリオだ。景気の悪化、株価の下落、債券価格の下落、円安・ドル高を想定することになり、自己資本比率は一段と低下する可能性が高い。

ストレステストは、シナリオの置き方や強度で結果が変わるので過大視する必要はないが、それでも、日銀が結論するように「金融システムは、全体として、安定性を維持している」と言い切れるか、懸念が残る。

銀行経営の苦境は異次元緩和の波及効果

金融システムレポートの分析は、年々、充実度を増している。問題は、分析を受けて、金融政策がどう対応するかだ。忘れてならないのは、貸出金利の低下、預貸利ざやの縮小は異次元緩和が期待する波及効果にほかならないことだ。いわゆる「ポートフォリオ・リバランス」の経路である。

日銀は、長期にわたり巨額の国債をゼロ%近傍で買い入れてきた。日銀流にいえば、フェアバリューでない(「適正」でない)価格での買い入れである。物価目標の2%が早期に実現すれば、長期金利は早めに上昇し、保有国債に損失(含み損)が生じる。損失前提での買い入れはフェアバリューとはいえない。

日銀はこれを承知のうえで実行してきた。損失覚悟の買い入れで、国債市場のリスクプレミアムは押しつぶされる。金融機関の仲介機能を通じて、リスクプレミアムの圧縮が他の市場に波及する。貸出金利や社債金利の低下を通じて、企業や家計の投資、消費活動が惹起される。これが異次元緩和の波及経路の一つである。

実際、貸出金利や社債金利は大幅に低下し、異次元緩和の効果は金融市場に浸透してきた。まさしくこれが、銀行を苦境に追い込んできた理由である。

日銀に求められるもの

銀行が、リスクに見合う「適正」な貸出金利を追求しなければならないのは当然のことだ。銀行経営者は、いかなる環境であれ、自己責任で経営の健全性を維持する義務がある。

同時に、日銀は、金融システムの安定を損なうようなことがあってはならない。日銀法の定めにあるように、日銀の目的は物価の安定と金融システムの安定の両者である。

金融システムレポートは、その性格上、金融政策との関連について多くを語らない。他方、金融政策サイドの説明では、金融システムへの考慮はこれまで「全体として、安定性を維持している」のほぼ一言で片付けられてきた。

だが、金融システムの実態はそれほど楽観的にはみえない。日銀は、少なくとも、副作用としての金融システムへの影響を丁寧に語る必要があるだろう。銀行経営者に厳しさを求めるだけでは、バランスがとれない。

提供:オフィス金融経済イニシアティブ

著者プロフィール
山本謙三

山本 謙三
オフィス金融経済イニシアティブ代表

1976年東京大学教養学部教養学科(国際関係論)卒業。同年日本銀行入行。金融市場局長、米州統括役、決済機構局長、金融機構局長などを経て、2008年5月理事。2012~2018年(株)NTTデータ経営研究所 取締役会長。2018年6月より現職。
専門分野は、金融機関・金融システム、金融政策、決済、業務継続。

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