三菱日立PSに初適用、「日本版司法取引」について (2018/7/17 企業法務ナビ)
はじめに
タイの発電所建設を受注した三菱日立パワーシステムズ(MHPS)の贈賄容疑をめぐり同社が東京地検特捜部と司法取引の合意をしていたことがわかりました。これにより法人としての立件は見送られる見通しとなります。今回は先月に施行され導入された日本版司法取引について見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、2013年に三菱重工が受注したタイの発電所建設事業で、タイの港に資材を荷揚げする際に現地公務員から現金を要求され、MHPSの従業員らが2015年に数千万円を支払ったとのことです。
不正競争防止法に違反する疑いがあるとして内部告発がなされ、同社は社内調査を行い特捜部に申告していました。同社と特捜部は協議を行い、今年6月に施行された司法取引の合意を行ったとされます。同社は贈賄を行った従業員の立件に向けて捜査協力を行い、特捜部は同社を法人としては立件しない方針です。
日本版司法取引とは
司法取引とは被疑者・被告人と検察が取引し、被告人が罪を認めたり、あるいは共犯者について供述するなどの捜査協力をする見返りに求刑を軽減したり一部起訴猶予を行うといったものを言います。これにより全容解明が困難な組織犯罪などの捜査がしやすくなり、また訴訟コストを軽減できます。
逆に冤罪や偽証の危険、司法の公正・公平性に反するなどの声もあり、これまで日本では導入されておりませんでした。しかし2016年5月に刑事訴訟法が改正され今年6月1日より日本版司法取引が施行されました。以下その概要を見ていきます。
司法取引の概要
1.特定犯罪
司法取引の対象となる犯罪、「特定犯罪」は詐欺罪、恐喝罪、横領罪、贈収賄罪、文書偽造罪、有価証券偽造罪、強制執行妨害罪などの死刑または無期、禁錮に当たる罪以外の一部の刑法犯と、組織的強制執行妨害罪、組織的詐欺罪などの組織犯罪処罰法犯、そして租税法や独禁法、金商法、特許法や破産法、不正競争防止法や会社法などの政令指定犯罪などが含まれます(刑事訴訟法350条の2第2項各号)。一般的に企業に対して罰則が適用される、脱税やインサイダー取引、カルテル、特許侵害などは基本的に含まれることになります。
2.取引内容
上記の特定犯罪について検察官と取引した場合、被告人側が行うべき行為は(1)捜査機関の取り調べに対し真実を供述すること、(2)証人尋問で真実を供述すること、(3)証拠提出など証拠収集に協力することが挙げられます(350条の2第1項1号イ~ハ)。それに対して検察側は(1)不起訴、(2)公訴取消、(3)特定の訴因罰条による起訴、(4)起訴内容の変更・撤回、(5)即決・略式命令の請求などを行います(同2号イ~ト)。
3.取引方法
司法取引を行うに際しては、被疑者・被告人と検察官の他に弁護人が協議に参加する必要があります(350条の4)。またその協議を行った上で司法取引の合意をするにも弁護人の同意が必要となります(350条の3)。合意書面にも被疑者・被告人と検察官、弁護士が連署することになります(同2項)。つまりかならず弁護人が関与しなくてはならないということです。
4.合意に違反した場合
合意に違反した場合には相手方は合意を破棄することができます(350条の10)。供述が虚偽であった場合は検察側が合意を破棄して起訴したりすることができます。また逆に検察側が合意に反して起訴した場合は裁判所は公訴棄却し、また司法取引により得た証拠は採用できなくなります(350条の13第1項、350条の14第1項)。
コメント
本件で三菱日立PSが行ったと疑われる行為は国外での公務員に対する贈賄行為です。日本人が国外で日本人以外の公務員に贈賄を行った場合は日本の刑法は適用されません(刑法3条参照)。しかし外国公務員に対する贈賄は不正競争防止法違反となります(18条)。これに対しては5年以下の懲役、500万円以下の罰金またはこれらの併科となり(21条2項7号)、法人に対しては3億円以下の罰金となります(22条3号)。今回の司法取引により贈賄行為を行った従業員の立件に向けての捜査協力をする見返りに法人としての立件を免れることとなります。
以上のように司法取引の対象犯罪は企業にとっても関わりの深いものが多く、今後司法取引の機会は増えてくるものと思われます。今回は法人が取引し従業員の立件に協力しましたが、逆に従業員が取引して法人の立件に協力することも十分あり得ます。今後コンプライアンスの一環として司法取引制度を周知し対策を講じることが重要と言えるでしょう。
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