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なぜ地方創生は「目標」から遠ざかるばかりなのか (2018/2/1 NTTデータ経営研究所

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人口移動の「目標」は達成困難?

 政府が2014年に開始した「地方創生」には、いくつかの数値目標が設けられている。なかでも、東京一極集中の是正を強調する「地方創生」にとって、「東京圏への人口転出入を2020年時点で均衡させる」は目玉ともいえる目標だろう。

 政策実施前の東京圏への人口移動は、9.7万人の転入超だった(2013年)。これが2017年には、12.0万人の転入超となった。現実は、目標に向かうどころか、目標から遠ざかるばかりだ(参考参照)。

 何が問題だったのか。政府は昨年12月に中間評価(注1)を行ったが、「各種施策の効果が十分に発現するに至っていない」とするばかりで、詳しい分析は示されていない。「一層の取組強化により目標の達成を目指すべき」というのが、現在の立場だ。
(注1)まち・ひと・しごと創生総合戦略(2017改訂版)

 しかし、ここまで実績と目標がかい離すれば、常識的にみて目標の達成は困難だろう。本当は、何が問題だったのか。

(参考)東京圏(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県)への人口転入超推移
(参考)東京圏(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県)への人口転入超推移

(注)政府の定義にしたがい、日本人移動者のみの集計値。
(出典)総務省「住民基本台帳人口移動報告」を基に、NTTデータ経営研究所が作成

基本的な理解は適切だったか

 当コラムですでに何回か指摘したが、地方創生の論拠とされるファクトの適否について、整理しておきたい。

  1. 地方創生論議のきっかけとなった日本創成会議の見解――2040年までに、地方に多くの消滅可能性都市が出現する――は、ミスリーディングである(2016年10月「地方は消滅しない~~「消滅可能性都市」の行方と日本経済」参照)。

     日本の人口減少は、地方圏で先行し、大都市圏が追いかける。創成会議が試算の対象とした2040年は、地方圏が先行する中間段階にすぎない。その後には大都市圏でも消滅可能性都市が増える。

     人口の減少は、あくまで日本全体の問題だ。地方圏、大都市圏の二項対立でなく、日本全体としてどう成長力を維持していくかが、基本的な視点とされなければならない。

  2. 「東京一極集中」という表現も、ミスリーディングだ。いま起こっているのは、――東京一極集中というよりも、――より狭い圏域への凝縮である(2016年9月「なぜ「東京一極集中」論はミスリーディングなのか」参照)。

     具体的には、(1)東京都、神奈川県(東部)、埼玉県(南部)、千葉県(北西部)、愛知県、福岡県、大阪府の4域7都府県への凝縮であり、(2)都道府県内でみれば、中核・中堅都市の中心部への凝縮である。

  3. 狭い圏域への凝縮が目立つのは、働き手が所得の高い地域への移動を強めたことに加えて、高齢者が病院施設のある都市中心部に移動していることが背景にある。

  4. 働き手の移動を決める主因は、達観すれば、(1)一人当たりの所得格差と、(2)所得の高い地域における労働力の需給にある。

     大都市圏はもともと出生率が低いうえに、近年、団塊世代の引退も加わり、労働力の再生産がいよいよ難しくなった。この結果、大都市圏が他地域に人手を求める圧力がますます強まり、これに、人々が高い所得を求めて応じているのが今の構図である。

地方創生にとって最も大切なこと

 以上の理解を踏まえれば、地方創生にとって大切なことは次の2点に集約される。

 第1に、地方圏の一人当たり所得を大都市圏に匹敵するものとすることだ。そのためには、地域の産業競争力を大都市圏並みに引き上げる必要がある。

 政府も「地方創生」のなかで、地域の産業競争力強化を唱える。しかし、競争力をどの水準まで引き上げるべきかは、具体的に示していない。

 もし、地方圏の競争力が大都市圏に達しないまま、仮に「目標」どおり東京圏への人口流入がゼロとなれば、日本全体の成長力は損なわれる。単に「地方の平均所得の向上」(前出、総合戦略2017改訂版)というだけでは、十分でない。

 第2に、大都市圏における、出生率および高齢層の就労率を引き上げることだ。

 地方圏の人口流出をとめるには、大都市圏の人手不足を緩和し、人手を地方圏に求める圧力を和らげることが重要となる。そのためには、大都市圏に内在する出生率の低さと高齢者の早い引退の問題を解決する必要がある。

 「地方創生」のなかで、多くの地方自治体が子育て支援の充実を盛り込んでいるが、これは大都市圏にこそ必要な施策である。また、大都市圏における高齢者就労率の引き上げは、(人口減少傾向のもとでは一時的な改善策にすぎないが、それでも)当面の人手不足の緩和に一定の効果を期待できる。

政策のあり方を考える~証拠に基づく政策立案

 ただし、上記の産業競争力、出生率、就労率のいずれも、時間のかかる話だ。構造改革とは、もともとそのようなものだろう。とすれば、「東京圏への人口転出入を2020年時点で均衡させる」という目標は、一体どのような目算があってのことだったのか。

 政府が数値目標を掲げたことは高く評価できる。財政支出を伴う以上、事後的な政策評価を可能とする枠組みが不可欠だ。問題は、目標と施策の間でどのような定量的な効果が見積もられたかであるが、残念ながら、そうした検討の経緯を見つけることはできない。

 誰しもが地方の活力向上を願い、地方創生に期待する。そのために、ともすれば、「数値目標はどうであれ、地方創生が目指すものは適切」との見方に傾きがちだ。しかし、貴重な財政資金を使う以上、それでは足りない。「地方が元気になれば、日本が元気になる」は、無条件で正しいわけではない。

 政策効果に時間がかかるのはやむをえない。重要なのは、効果をできるかぎり定量的に把握したうえで政策の意思決定を行い、事後的にも検証可能な枠組みとすることだ。

 幸い政府は、公的部門の政策決定のあり方として、「証拠に基づく政策立案(EBPM(注2))」の検討を進めている。地方創生で何を得ようとし、何が得られようとしているのか。EBPMの視点を基に、あらためて点検してみるのがよいかもしれない。

(注2)EBPM : Evidence Based Policy Making

著者プロフィール
山本謙三

山本 謙三
株式会社NTTデータ経営研究所 取締役会長
1976年東京大学教養学部教養学科(国際関係論)卒業。同年日本銀行入行。金融市場局長、米州統括役、決済機構局長、金融機構局長などを経て、2008年5月理事。 2012年6月より現職。
専門分野は、金融機関・金融システム、金融政策、決済、業務継続。

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