【新しい働き方はどのように生まれた?・海外編】第13回:リーマンショック、ヘリコプターマネーが降りて来た! (2017/12/8 nomad journal)
2008年~2009年に世界を揺るがしたリーマンショック。もう10年近く前のことですが、あの時期の不安定な経済状態はまだ多くの人の記憶に新しいのではないかと思います。オーストラリアでも毎日マスコミで騒がれていましたが、データをみるとオーストラリアはあの不況を短期間で抜け出しているのです。
短期間でリーマンショックから脱出
下のグラフは、オーストラリア準備銀行が発表したGDPと就業率の比較ですが、この中では、リーマンショックが起きる1年前の2007年から2013年までの期間についてオーストラリア、アメリカ、イギリス、ユーロ地域を比べています。2007年のレベルを100としているので、それ以降どのように経済が変化していったかがわかるようになっています。
これを見ると2008年の終わりごろではどこの国でも経済が落ち込んでいますが、オーストラリアの落ち込み方は少しだけで、その後ほとんど右肩上がりで成長していることが分かります。オーストラリアの就業率に至ってはリーマンショックの際も横ばいで落ち込みがみられません。
どのようにして不況から脱出したのか
では、オーストラリアはどのようにして不況から脱出したのでしょうか。
その背景は一言では言い切れるものではないと思いますし、政治的および社会的な立場により意見が異なっています。例えば当時の政府は自分たちのやった政策がよかったからだと言い、野党側はその前から好条件がそろっていたと批判します。ですから、ここでは難しい話は避けたいと思いますが、一庶民として大変印象に残ったことがあります。それは当時の政府が「ヘリコプターマネー」を支給したことです。
ヘリコプターマネーとは近年良く使われるようになった言葉で、政府が国民に直接渡す手当のことですが、オーストラリアではリーマンショックの時に、前の年に税金を納めた国民一人一人にこのヘリコプターマネーが小切手で送られてきました。収入により受け取る額は異なり、収入が少ない人ほどたくさんもらいました。平均すれば一人に付き約700ドル(約60000円)が支給されました。当時、職場でも友人の間でもこのお金のことが話題になり、お互いどのように使ったのか話したことを覚えています。
ここで特記したいのが、リーマンショックという恐慌にもかかわらず、ほとんどの人がそのヘリコプターマネーを使って買い物をしたりサービスを受けるのに使ったことです。もしこれが日本だったらどうでしょう。ほとんどの人は消費しないで貯蓄に回してしまったのではないでしょうか。では、なぜオーストラリアではほとんどの人がヘリマネを消費に使ったのでしょうか。
ヘリコプターマネーによる活発な消費活動の背景
この疑問への答えは、一言で言えば恐慌であっても多くのオーストラリア人は将来に対してそれほど不安を持っていなかったということになります。なぜ不安を持たなかったかといえば、それは政府が自由党であれ労働党であれ、政府の政策では人間を第一に置くことが最も重視されているからです。
具体的には自分自身の経験を例にとって話したいと思います。オーストラリアに来たのは40年前になりますが、まず、移住して最初にしたことが英語学校に通うことでした。この学校で参加したコースは移民のための8週間のコースでしたが、授業料は無料でした。英語学校が終わると公立のカレッジに行ったのですがそこも授業料は無料。その上、学生の援助金までもらいました。そしてしばらくすると妊娠したのですが、病院での検診や出産もすべて無料でした。子供が生まれると今度は養育費の手当ももらいました。と、これは一移民である筆者がオーストラリアで受けた福利厚生ですが、特別待遇ではなくオーストラリアの永住権または市民権を持っていれば誰もが同様の援助金や手当を受けることができました。
そのころオーストラリアは福祉社会主義的な政策を取っていたのですが、こうした考え方は今でも政府の政策の中に根強く残っています。もちろん近年ではグローバル化に伴い経済競争が激しくなり、すべてが30年~40年前のようにはいきません。例えば大学の授業料は無料ではなく貸付奨学金制度に変わりましたが、すべての学生がこの制度を利用することができ、授業料は就職してから月ごとに返済すればよいことになっています。その他にも就業状況や子供の数、健康状態や移民としてのハンディキャップなどのレベルにより様々な手当てが支給されているので、オーストラリアでは「貧困」という言葉を聞くことがほとんどありません。そしてさらに重要なことが、周りがそうした手当を受け取る人を冷たい目で見ないことです。
秩序と手厚いサポートが景気を良くする
もちろん、何の規制もなければ、例えば失業金をもらっている場合だったら、そのお金に頼っていつまでも働かない人もでてくるでしょう。ですから、制度を悪用しないよう、厳しい監査や規制が敷かれています。実際、オーストラリアでは一般的な法律はもちろんのこと、他の国でゆるめになっている規制でも厳しくなっているものもあります。そのいくつかの例を挙げると、公共の場での禁煙、交通違反のきびしい取り締まり、各職場の安全衛生確保のための頻繁な監査、外国から不当なものを持ち込ませない空港の税関での厳しいチェックなどです。
このように秩序がありながら、国民を大切にする手厚い政策があるおかげで、子供が親に対して感じるような暖かさと安心感を政府に対して感じ取ることができるのです。そしてこうしたポジティブな気持ちがあるからこそ、将来にたいし不安を抱くことなくヘリコプターマネーを思う存分使い、その結果、一つの勝因として景気が回復し、オーストラリアはあのリーマンショックから短期間で抜け出せたのではないかと思います。
このように言うと、「そんな甘いことでは人間がだめになる」という反論があるかもしれません。でもまた親と子の話にもどりますが、厳しいだけで育てた子供と、秩序を保ちながら愛情を注ぎ育てた子供を比べた時、長い目で見て底力があるのは後者の方ではないかと思います。そして同時に思うことは、現在の日本に足りないもの、それがこの暖かさと安心感なのではないかという気がしてなりません。消費が委縮し不景気が続いているときこそ、国民が暖かさを感じ安心感を持てること、それが今の日本に求められていることなのではないでしょうか。
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