たばこ増税検討の背景とは?他の増税もありうる? (2017/11/18 JIJICO)
たばこ税の増税の流れ
10月24日、政府・与党が2018年度税制改正で、たばこ税を増税する方向で検討に入ったことが分かりました。増税の目的は、2019年10月に実施予定の消費税率10%への引き上げ時に導入する軽減税率で生じる1兆円規模の税収減の穴埋めに充てることです。引き上げ幅は未定ですが、2010年の前回増税時と同様に1本当たり3.5円引き上げれば、数千億円の増収が見込まれます。
たばこは、これまでも値上げを繰り返しています。過去20年間のハイライトの値段の推移は以下のとおりです。
- 1998年(平成10年) 250円 たばこ特別税施行
- 2003年(平成15年) 270円 たばこ税の増税
- 2006年(平成18年) 290円 たばこ税の増税
- 2010年(平成22年) 410円 たばこ税の増税
- 2014年(平成26年) 420円 消費税の増税
- 2016年(平成28年) 420円 たばこ税の増税 ※ハイライトの値上げは見送り
今回話題になっているたばこ税の引き上げがなくても、2019年に消費税が8→10%に引き上げられるのに合わせて、たばこ一箱当たり10円程度の値上げが行われるのは間違いありません。
過去20年の値上げ実績を見ると、5年以上値段が据え置かれていた期間はないので、デフレ状況の中で、たばこは頻繁に値上げが行われている商品と言えます。そのため、たばこ税の引き上げに伴い値上げが行われる度に、「とりやすいところから税金をとる」という批判が、喫煙者を中心に出ます。
たばこ税の性格と増税の理由
国が、たばこに税金を課し、しかも頻繁に増税を繰り返す理由の一つに、「日本のたばこ税は、諸外国に比べて低いから」というものがあります。たしかに、紙巻きたばこ一箱20本の価格が2000円近くするオーストラリアやニュージーランドから比べると、日本の500円以下という価格は、まだまだ安いと言えます。
最近では、たばこ税を上げる別の理由が加わっています。増税によりたばこの価格が高くなれば、喫煙者数が減少し、その結果喫煙を原因とした疾病が減少することで国民の健康増進に資する、という理路が主張されることが多くなりました。たばこ税は、単なる物質課税から「健康目的の懲罰税」としての色合いを深めているのです。
たばこ税の引き上げは税収アップにつながっているのか?
たばこ税の性格がわかったとして、つぎに気になるのは、たばこ税の税率の引き上げが、たばこ税全体で税収アップにつながるかどうかです。それを知るために、過去にたばこ税を引き上げたとき、どのような結果になったか、財務省のデータを見てみましょう。(たばこ税は、地方公共団体の税収になる分もありますが、以下の数字からは省いてあります。)
- 年 国の税収
- 1998年(平成10年) 1.14兆円 たばこ特別税施行(12/1)
- 1999年(平成11年) 1.18兆円
- 2003年(平成15年) 1.14兆円 たばこ税の増税(7/1)
- 2004年(平成16年) 1.15兆円
- 2006年(平成18年) 1.14兆円 たばこ税の増税(7/1)
- 2007年(平成19年) 1.14兆円
- 2010年(平成22年) 1.07兆円 たばこ税の増税(10/1)
- 2011年(平成23年) 1.19兆円
- 2014年(平成26年) 1.06兆円 消費税の増税(4/1)
- 2015年(平成27年) 1.10兆円
この結果を見ると明らかですが、たばこ税を引き上げても、大幅に税収が増えたという過去の実績はありません。2010年は、一箱300円だった価格を一気に410円まで引き上げる大幅な増税を行ったにも関わらず、翌年のたばこ税の税収増は1200億円しかありませんでした。しかもその後、たばこ税の税収は減り続け、消費税が8%に引き上げられた2014年のたばこによる税収は、2010年並みまで減っています。
たばこの販売数量は減少の一途を辿っている
この理由は実に簡単で、たばこの販売数量が減少の一途だからです。日本たばこ協会が発表している過去10年間のたばこの販売本数と販売金額は以下のとおりです。
- 年 販売本数 販売金額
- 2006年(平成18年) 2700億本 3兆9820億円
- 2007年(平成19年) 2585億本 3兆9131億円
- 2008年(平成20年) 2458億本 3兆7270億円
- 2009年(平成21年) 2339億本 3兆5460億円
- 2010年(平成22年) 2102億本 3兆6163億円
- 2011年(平成23年) 1975億本 4兆1080億円
- 2012年(平成24年) 1951億本 4兆0465億円
- 2013年(平成25年) 1969億本 4兆0774億円
- 2014年(平成26年) 1793億本 3兆8418億円
- 2015年(平成27年) 1833億本 3兆9277億円
- 2016年(平成28年) 1680億本 3兆6377億円
販売数量減少の背景には、喫煙率の低下があります。JTの調査によると、2007年(平成19年)に男性平均40.2%女性平均12.7%だった喫煙率は、2017年(平成29年)には、男性28.2%女性9.0%まで下がっています。喫煙率が下がっていると同時に、日本の人口減少が進んでいるので、今後販売本数は減少する一方であることが見込まれます。
したがって、今回たばこ税が大幅に引き上げられれば、むしろ喫煙者の減少に拍車をかけることになり、過去の実績から見ても、政府・与党が皮算用している数千億円の増収の実現は、きわめて難しいと考えるべきです。
しかし、このような過去の実績やたばこを取り巻く社会の風潮は、誰でも知り得る情報であり、政府・与党はたばこ税の引き上げが税収増に繋がらないことは、当然わかっているはずです。では、なぜたばこ税の増税を考えるのでしょうか。
たばこ税と消費税アップをめぐるシナリオとは
東京五輪を3年後に控えて、禁煙や分煙の推進が話題になることが多いのですが、政府・与党には「自民党たばこ議員連盟」という衆参両院合わせて約300人もの議員が所属する大組織があります。設立趣旨に、「過度な喫煙規制に反対し喫煙者と非喫煙者が共存できる分煙社会の構築」と書かれていることからわかるように、この組織は、禁煙や分煙の促進には基本的に反対の立場をとっています。したがって、現在厚生労働省が進めようとしている受動喫煙防止策を罰則付きに強化する法改正案に対しても抵抗をしています。
一方、自民党たばこ議連の設立趣旨には、「厚生労働省の主導によるたばこ増税を消費税率改定の時期に合わせて実施しないこと」ということも書かれています。実際2014年の消費税率改定の時期に、たばこ税の増税がされていません。ところが、今回2019年の消費税率改定に当たって、軽減税率の適用による税収減の穴埋めにたばこ税を増税しようという話が、政府・与党から出てくることに違和感があります。自民党たばこ議連が黙っているはずがありません。
そこで、勝手な憶測をしてみます。禁煙・分煙強化の社会的風潮の強さを感じている自民党たばこ議連が肉を切らせて骨を断つ戦法に出てきた可能性があります。消費税の税率アップは全国民に影響があるから、食品には軽減税率を適用するが、その減収による穴埋めは喫煙者がたばこ税によって行うのだから、喫煙者がもっと自由にたばこを吸える環境を維持することで、ギブアンドテイクが成り立つというシナリオです。
これは、完全に穿った見方なので、当たっているかどうかはわかりません。確実に言えることは、たばこ税を引き上げても、せいぜい減り続けるたばこ税の減収スピードを一時的に鈍らせる程度の効果しかなく、消費税の軽減税率適用による減収分の穴埋めに、たばこ税の増税をもって充てることは不可能だということです。そうなると、消費税増税分を使った教育無償化の推進までも、政府・与党が本気で行う気でいるならば、政治家や官僚は、何らかの代替財源を確保する必要があるという考えに必ず立ちます。
今回の消費税引き上げでもまだ税収は足りない?
そもそも、なぜ税収増を図るために消費税に依存するのかというと、「景気に左右されない安定した税収」を求めているからです。しかし、消費税率の引き上げ自体が、国民の消費意欲を減退させ、景気の悪化を引き起こすという主張があります。データを引用した詳しい説明は、紙面の関係で省きますが、過去の経験則として、「消費税をアップすると、景気は悪化することがあっても、消費税による税収は安定して確保されるが、中長期的には税収全体は増加しない」という相関関係が認められます。
消費税の税率を上げれば、直前の駆け込み需要は期待できるものの、それ以降は経済活動が縮小萎縮し、市場での金周りが悪くなるのは過去にも経験済みです。そして、法人や個人の所得税を主とした利益に対して発生する税収が減るのは当然の結果です。それでも、国民の日常活動から広く浅く徴収する消費税は安定的に確保できるのです。
そうなると、代替財源と言っても、景気に左右されるような税収は当てにならないので、最近「出国税」が浮上してきているのだと思います。ただし、1兆円もの税収を代替財源で確保するのは、相当難しいことなので、今回消費税を引き上げても、財政再建や将来投資もままならない結果となる可能性があります。そのとき、酒税やたばこ税などの特定の物品に依存した税収では絶対的なボリュームが確保できないので、近い将来再び消費税アップの議論が出てくることを覚悟しておく必要があります。
- 著者プロフィール
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清水 泰志/経営コンサルタント
黒字企業の高みへ!極みと未来シナリオで競争しない企業に導く
競争優位を目指す経営から、独占優位を確立する経営への転換をサポート。業種を問わず、さらに経営が安定するとともに、次の経営戦略を自ら生み出す力もつく。会社経営の経験があるため経営者の気持ちに寄り添える。
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