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円安はなぜよいことばかりではないのか~多国籍化する中堅・中小企業 (2017/9/4 NTTデータ経営研究所

関連ワード : 金融経済 

グローバル・バリュー・チェーンの時代

 グローバル・バリュー・チェーンの時代だ。グローバル・サプライ・チェーンとも呼ばれる。

 情報通信技術の革新とともに、多くの財、サービスが複数の国や地域の手を経てつくられるようになった。OECDはその特徴を次のように述べる(参考1)。

(参考1)グローバル・バリュー・チェーン:OECDの指摘するポイント

  1. 近年、財・サービスの多くは、複数の国・企業の手を経て、つくられるようになっている(“Made in X国”から“Made in the World”へ)。すなわち、生産基盤の世界的な分散が進んでいる。
  2. その集合体は、グローバル・バリュー・チェーン(GVC)と呼ばれる。GVCの輪のなかで、それぞれの国・企業は特定の機能を担う。
  3. GVCの深化の背景には、情報通信技術の革新がある。情報通信技術の革新により、遠隔地にある企業間・企業内部の調整コストが劇的に低下し、世界的なネットワークのもとでの生産が可能となった。
  4. 企業活動の成否は、「輸入能力」(低コスト、高品質の中間財を最適な場所から仕入れる能力)に多くを依存するようになっている。最近では、多くの企業がアウトソーシングとオフショアリングにより、高品質の(中間)財・サービスを世界中から輸入することで、競争力の向上につなげている。
  5. GVCにおいても、ニッチの分野では中堅・中小企業が重要な役割を果たしている。グローバル市場へのアクセスが容易になったおかげで、中堅・中小企業の多国籍化が進んでいる。
  6. GVCは、「サービス」による付加価値創造を通じて一段と深化する。「サービス」とは、情報通信、研究開発、運輸・輸送、金融・保険、対事業所サービスなどを指す。先進国の企業は、生産基盤の世界的な分散とともに「サービス」による付加価値の向上を通じて、競争上の優位性確保を目指している。

(出典)OECD “Interconnected Economies : Benefiting From Global Value Chains ”の論点をNTTデータ経営研究所が要約。

中堅・中小企業の多国籍化

 ひとつの注目は、OECDの指摘する第5の論点「中堅・中小企業の多国籍化」だろう。

 世界各地で部品や中間品が生産されるにつれて、先進国、新興国を問わず、技術力のある中堅・中小企業は、良質かつ廉価に生産可能な国・地域に拠点を設けるようになった。

 実際、ASEAN諸国への直接投資は、日本企業だけでなく、シンガポール、中国、韓国、さらに欧米の企業も活発に行っている。これらのなかには、中堅・中小企業による現地法人の設立も多い。

変化する海外進出のかたち

 わが国の中堅・中小企業も、海外進出が拡大した。しかし、その形態は過去に比べ大きく異なる。

 貿易摩擦が大きな政治課題にあった1980年代は、大手企業と協力会社が一体で海外に進出した。大手自動車メーカーが海外に現地工場をつくる際には、系列の中堅・中小企業に声がかけられ、ともに海外進出することが強く要請された。

 しかし、近年では、大手メーカーが協力会社に海外進出を求めるケースは減っている。極論すれば、メーカーは現地で世界各地から調達先を探すようになった。

 これは協力会社にとって死活問題といえる。国内の生産量減少に伴い、受注減が避けられない。このため、協力会社(中堅・中小企業)は、独自の判断で現地に進出し、現地法人を設立するようになった。

 この場合、現地法人が系列の大手メーカーに納品できる保証はない。実際、海外でみられるのは、中堅・中小企業の現地法人同士が系列関係を超えて受注獲得にしのぎを削る姿だ。多国籍化した中堅・中小企業は、海外での厳しい競争のなかで生き残りを模索している。

加速する中堅・中小企業の現地法人設立

 参考2は、日本企業による現地法人数の推移を親会社の資本金別にみたものだ。この統計は、飲食店の海外事業展開などを含むため、バリュー・チェーンの進展ぶりだけを示すものではないが、一つの手掛かりを与えてくれる。

(参考2)現地法人数の推移(親企業の資本金別)

前年度比増加率、%

年度 総計  
大企業 中堅企業 中小企業
2005 5.7 3.4 15.8 15.7
2006 3.3 2.3 7.4 7.0
2007 2.2 0.3 8.6 9.9
2008 5.5 3.8 2.1 26.0
2009 3.1 -0.8 8.1 24.6
2010 2.2 2.2 0.9 3.8
2011 3.5 3.0 3.7 6.3
2012 21.3 8.5 24.6 88.0
2013 2.5 2.9 1.4 1.8
2014 0.4 0.9 -3.3 1.1
2015 5.1 2.5 9.3 10.5
現地法人数
(2015年度、社)
25,233 16,177 3,589 5,467
うち製造業 11,080 6,681 1,484 2,915
うち非製造業 14,153 9,496 2,105 2,552

(注)大企業は資本金10億円超、中堅企業は同1億円超10億円以下、中小企業は同1億円以下
(出典)経済産業省「海外事業活動基本調査」を基にNTTデータ経営研究所が作成

 統計にあるように、わが国企業の海外現地法人数は、――絶対数は依然大企業によるものが多いが、――増加率は大企業よりも中堅企業の方が高く、中堅企業よりも中小企業の方が高い。中堅・中小企業による現地法人数は、すでに全体の3分の1を占めるにいたっている。

海外進出は為替相場に影響される

 この統計のもう一つの特徴は、企業の海外進出が為替相場の動きに敏感なことだ。とくに、中堅・中小企業はその傾向が鮮明である。

 中堅・中小企業の現地法人数は、リーマンショック後の円高期である2008、09年に大幅に増加した。しかし、異次元緩和が導入され、円安の進展した2013、14年は急激にブレーキがかかった。2015年は、相場一服のもとで回復傾向にある。

 円高は、現地法人設立に必要なコストの円換算額を少なくするため、海外進出の促進要因となる。逆に、円安は、円換算額を膨らませ、海外進出の阻害要因となる。中堅・中小企業の場合、資本面での余裕が少ないため、円相場の動向に左右される傾向が強いとみられる。

経済の構造転換に不可欠な海外進出

 円高をきっかけとする海外進出の加速は、以前ならば「国内産業の空洞化」と呼ばれ、成長の阻害要因とみなされた。しかし、事情は大きく変わった。国内では、生産年齢人口の減少とともに、顕著な人手不足が進む。

 一方、国際的には、グローバルなバリュー・チェーンの形成が進み、中堅・中小企業も、生き残りをかけてバリュー・チェーンへの食い込みを図らなければならない。そのために、廉価かつ良質の生産が可能な国・地域への進出は不可欠なものとなっている。

 円安は、一時的に企業収益を拡大させるが、そのインパクトは、多くの場合一過性だ。為替相場の面から企業収益が増え続けるには恒常的な円安が必要となるが、実質実効為替相場がすでにかなりの円安圏内にあることを踏まえれば、恒常的な円安は望みがたいだろう(注)。

 むしろ今、日本経済に求められるのは、内外の環境変化に応じた構造改革である。人口の減少や経済の成熟化に直面する現在、わが国経済にとって重要なのは、「輸出依存型」から「海外からの配当収入依存型」への転換だ。

 海外への直接投資、ひいては中堅・中小企業の多国籍化がどうしても必要となる。円安は必ずしもよいことばかりではない。

(注)実質実効為替相場は相対的な通貨の実力を測るための指標で、対象通貨国との貿易ウェイトで為替相場を相対化し、さらに対象国との物価上昇率格差で実質化したもの。BISの試算では、2010年=100とした場合の同指数は2017年6月=78.8(小さいほど円安)と、歴史的にみてかなりの円安圏内にある。

提供:NTTデータ経営研究所

著者プロフィール
山本謙三

山本 謙三
株式会社NTTデータ経営研究所 取締役会長
1976年東京大学教養学部教養学科(国際関係論)卒業。同年日本銀行入行。金融市場局長、米州統括役、決済機構局長、金融機構局長などを経て、2008年5月理事。 2012年6月より現職。
専門分野は、金融機関・金融システム、金融政策、決済、業務継続。

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