知財高裁が初の判断、「医薬品の特許侵害」について (2017/2/1 企業法務ナビ)
はじめに
スイスの製薬会社が日本で製造販売している抗がん剤について、東和薬品の製品が特許を侵害しているとして販売差し止めを求めていた訴訟の控訴審で先月20日、知財高裁は請求棄却していたことがわかりました。医薬品は他の製品と異なり独自の延長特許が認められております。今回は医薬品に関する特許侵害について見ていきます。
事件の概要
スイスの製薬会社デビオファームは日本で特許を取っている成分「オキサリプラチン」を使用した抗がん剤「エルプラット」を製造販売しておりました。出願日は1995年8月7日となっております。そして東和薬品は同じく「オキサリプラチン」を含有成分とする抗がん剤「トーワ」を製造販売しておりデビオファームは東和薬品に対して製造販売の差し止めを求め東京地裁に提訴しておりました。東和薬品の「トーワ」はデビオファームの「エルプラット」と同様の成分を含有しておりますが、違いとしては注射用の溶剤として水の他に「濃グリセリン」を使用している点が挙げられます。一審東京地裁は両者が「実質同一物」には該当しないとして請求棄却としていました。
特許とは
発明を行った者が特許庁に特許出願を行い、特許要件を満たしていると認められた場合は特許査定がなされます。これにより発明者はその発明につき自ら実施したり、第三者に許諾する排他的・独占的な権利を取得することになります。発明とは自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいうとされており(特許法2条1項)、産業の発展に寄与するものである必要があります。特許権は原則として出願の時から20年間存続することになります(67条)。その期間が切れた後は誰でもその発明を自由にすることができるようになります。
医薬品の特許について
医薬品の特許期間も原則として同様に出願時から20年となりますが、一般的に医薬品は特許出願を行ってから治験に入り、その後も厚労省による承認を得なければ実際に販売することはできません(薬事法14条1項)。その承認には通常数年を要する場合が多く、販売にこぎ付けた段階ではすでに出願から10年以上が経過しているということが一般的です。そこでこのように安全性の確保を目的として処分や許可を受けなければ発明を実施できない期間があるものについては5年間を限度として延長登録の出願を行えることとなっております(67条2項)。この延長登録出願は特許権の存続期間内に行う必要があります(67条の2第3項)。なお一般的に後発医薬品(ジェネリック)は薬の成分そのものである物質特許が切れた段階で製造します。添加物やコーティングといった製剤特許は切れていないことが一般です。
延長特許の問題点
以上のように特許権が延長された場合、その延長特許権の及ぶ範囲が問題となります。68条の2によりますと「特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は、その延長登録の理由となった・・・処分の対象となった物についての・・・特許発明の実施以外の行為には及ばない」とし、延長特許の効力を限定しているように規定しております。この範囲が明確ではなくこれまでも特許権者と後発医薬品メーカーとの間で多くの訴訟がなされてきました。本件でもデビオファームの延長された特許権の効力が東和薬品の製品に及んでいるのかが争点となっております。
判決要旨
知財高裁はこの点について、政令処分(厚労省の承認等)によって定められた成分、分量、用法、用量、効能、効果によって特定された「物」(医薬品そのもの)のみならず「実質同一なもの」にも及び、異なる部分があっても僅かな差異にすぎないときは実質同一なものとして効力が及ぶとしています。そして「実質同一なもの」に当たる類型として(1)有効成分ではない部分に関して、一部異なる成分の付加(2)公知の有効成分の安定性に関する特許発明につき異なる成分を付加しても作用効果が同一である場合(3)分量、用法に関して数量的に意味のない差異しかない場合(4)分量は異なっていても用法、用量も併せて見れば同一と言える場合が挙げられております。
コメント
本件で一審東京地裁は東和薬品の製品は溶剤として水の他に濃グリセリンを添加していることから実質同一なものには当たらないとしました。知財高裁も一審判断を支持しました。これは延長された特許の対象である発明がオキサリプラチンに水を添付した物であり他の添加剤含まないものとして限定的に認定されたことから、東和薬品のグリセリンを加えたものは作用効果が同一とは言えないと判断されたものと思われます。このように延長特許の効力は、発明された「物」それ自体のみならず「実質同一なもの」にも及ぶことになります。
今回は裁判所がかなり特許の対象を限定的に認定したことから侵害は否定されましたが、効果、効能とは関係のない部分で別の成分を付加したり、効能的に意味のない範囲で数量を増加させたとしても特許の効力が及び特許侵害となるものと言えます。薬品の特許は化学式そのものである物質特許とそれを用いた製剤特許等に分かれており、どの部分の特許が切れているのか、どの部分が延長されたのかを正確に把握し、実質的に同一と判断されないよう注意することが重要と言えるでしょう。
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