授業にシミュレーションはいらない―札幌大通高校“地域人”先生の「開かれた学校」づくり (2016/9/16 70seeds)
北海道にある高校の数は、全部で302校。そのうち8校を占める「札幌市立」高校の中で唯一の「三部制(午前・午後・夜間)・単位制」高校が市立札幌大通高校(札幌市中央区)です。
その大通高校で、学校のコンセプトである「社会に近い、開かれた高校」を実践すべく、さまざまな授業・プロジェクトに取り組んでいるのが西野功泰(にしの・よしやす)教諭。名刺には、担当科目の「商業・情報科」のほか「進路指導副部長」「渉外調整会議代表」の文字が。この「渉外調整会議代表」こそ、西野さんに与えられた大きな役割です。
聞きなれないこの肩書、いったいどんな役割なのか。そして西野さんがこの役割を担うことになった背景とは。「教員の仕事」が持つ新たな魅力と出会いました。
教員を一度断念しようと思ったときに出会ったフレーズ
――西野さんはいつから教員として働いているんですか?
大学を卒業後、期限付き教諭として札幌星園高校に2年間勤務して、その後正式に北海道立高校の教員として採用されて釧路の高校に3年間赴任、そして今の大通高校に8年います。
――もともと教員を目指していたんですか?
実は、教員一本で、というわけではないんですよ。就職のタイミングで、教員になろうという思いはあったんですが、教員に採用されるかどうかはギリギリまでわからないので、ほかの会社も探っておこうと思ったんです。それで見つけたのが札幌市教育委員会の求人で。そしたら、求人は出ているのに『募集していませんよ』って(笑)。
――そんなことが(笑)
それで『空きがあったら連絡しますから』ということだったんですが、その2時間後に星園高校に空きがあるとの連絡が入ったので、期限付きでしたが教員への道を踏み出しました。
――それはラッキーでしたね。
ただ、正式採用を目指して北海道立高校の教員採用試験を受けて合格し、赴任したのが釧路だったんです。地元・札幌が第一希望でしたが、とにかく採用されることが最優先だったので行くことにしたのですが、その高校も3年後に閉校することが決まっていまして…。
――そんなことがあるんですね…。
閉校業務はとても大事ではあるのですが、次は学校を作っていく仕事をしたくて、開校2年目だった大通高校に来るために札幌市立高校の教員採用試験を受けて、運良く今の高校に来ることができました。
――そこまで大通高校に魅力を感じたのはなぜだったんですか?
実は、釧路の高校の3年間が終わった後に教員をやめようと思っていた時期があって。
――それはなぜ?
私が釧路の高校の3年目に進路指導部長をすることになって『進路決定100%』という命題が下されたんです。一般的にはこのキャリアでその担当にはならないのですが、とにかく大学・短大・専門学校・企業回りをしました。その中で、多くの企業が『そういう事情(閉校が決まっている)であれば、協力しますよ』と声をかけてくれたのがすごく嬉しくて。
――それは嬉しい体験ですね!学校側も喜んでくれたのでは?
ところが、私の伝え方が良くなかったんでしょうね。学校側からは『特定の企業と関係を持つのは難しい』とのことで、得られそうな協力も全部だめになってしまったんです。
――それは…。
そのときに感じた閉塞感といいましょうか、札幌に帰省したときには学生時代の仲間に『民間の方が向いていたのに』と言われて全否定されたような気持ちにもなり、教員を辞めようかなと。そんなときに、札幌市立高校の教員採用試験があることを知り、その中で大通高校のコンセプトである『社会に近い、開かれた高校』というフレーズに「これだ!」と思ってどうしてもこの学校に来たかったんです。
教員になって初めての授業で概念がすべて変わった
――大通高校は三部制・単位制ということですが、全日制の高校で教鞭をとるのとでは違いはありますか?
全日制と比較すると、本当に多様な学生が集まっていると思います。大通高校は1,100人の生徒を抱える東日本最大の公立高校ですから、特にそう言えるかもしれません。ただ、私が学生の多様性に向き合う必要を感じたのは、大通高校に来る5年前……教員になって初めての授業だったんです。
――どんな授業だったんですか?
私は自分の学生時代の恩師を参考にして、がっちり教材研究をし、どのタイミングでジョークをはさむかまで完全なシミュレーションを立てて授業に臨みました。新任の先生の初めての授業ですから、学生たちも興味を持ってくれるかと思いきやドンヨリとした空気で(笑)。その中で、一番前に座っていた生徒がずっと寝ていたんです。
――それはショックですね。
何度か注意したのですがずっと寝ていたので、気になってしまって授業がボロボロになってしまいました。授業が終わったあと、別の生徒から「先生落ち込んでるんでしょ、でも落ち込む必要ないよ」と声をかけられたんです。
――おお、気になりますね。
「なぜ?」と聞くと、「あの子のこと気になってたんでしょ?あの子は新聞奨学生、新聞配達をしながら通っているから。今日は久しぶりの学校で、卒業するために出席しているから気にしないであげて」と言うんです。
――ああ…そんな事情があったんですね。
もう、私の常識が完全に覆されましたよね。授業のシミュレーションなんかしている場合じゃない、それよりも学生一人ひとりの背景と向き合うことが大事なんだと痛感しました。この授業があったおかげで、大通高校でもさまざまな授業・プロジェクトができるのだと思っています。
――現在の大通高校では渉外調整会議代表という役割を担っていますが、これはどのようなものですか?
校外との調整を担当するのが仕事なのですが、もともと有志で行っていた外部の方々とのプロジェクトが、キャリア探求という授業で単位認定されるようになったものなんです。これは、学生が頑張ってくれたのもありますし、無償で協力してくれた外部の方々のおかげでもあります。
――具体的にはどんなことをやっているんですか?
今はプレゼンテーションイベント『TEDxSapporo』や札幌の歴史を探求するイベント『鴨々川ノスタルジア』などさまざまな活動を行っています。自分の担当教科(商業)で取り組んでいる『ミツバチプロジェクト』は5年目に突入し、インプットしたことをアウトプットするという、活動のモチベーションを維持するうえでも欠かせないものになっています。
――どれもネーミングがユニークですね(笑)。
はい(笑)。これは、学校でミツバチを育て採蜜するだけではなく、商品化するのに必要なこと…原価やコストの計算、パッケージのデザイン、価格決定、プロモーションなどを学生主体で行う授業です。より実践的なマーケティングの学習になりますし、ストーリーを伝えることを通してブランディングの学習にもなります。
――実践的で生徒さんにとっても貴重な機会になりそうです!
学んだことをアウトプットできるというのは本当に大きいことで、大通高校では毎年3月に校内向けにもプレゼンテーション大会を開催し、自分の学びを他社に伝えることに注力しています。
いろいろな人との出会いが可能性を広げる
――最後に、今、西野さんが目指しているのはどのようなことですか?
いろいろな人との出会いが自分の可能性が広がっていくと思うので、在学中にできる限り多くの人と会うために、学校と地域を行ったり来たりしてほしいですね。そして、この学校を卒業してからも“地域人”として関わり合える関係を築いていきたいです。そのためにも、大通高校をもっともっと『人が集まる学校』にしていかなければ、と思っています。
◇ ◇
【取材を終えて】
「この方は、なるべくして今の役割を担うようになったんだな」……これが、私が西野さんにインタビューをさせていただいているときに感じていたことです。教諭になってからの経験のすべてのベクトルが、今の「社会に近い、開かれた高校」の実践のためにあったように思います。高校時代、私がこのような教諭に出会っていたら人生が変わっていたかも?と思ってしまうほど、魅力的な活動をしていらっしゃいます。その西野さんが目標としている『人が集まる学校』ですが、西野さんのバイタリティがあればその目標はすぐに達成され、また新たなフェーズに入っていく予感がします。
【ライター・橋場了吾】
同志社大学法学部政治学科卒業後、札幌テレビ放送株式会社へ入社。STVラジオのディレクターを経て株式会社アールアンドアールを創立、SAPPORO MUSIC NAKED(現 REAL MUSIC NAKED)を開設。現在までに500組以上のミュージシャンにインタビューを実施。北海道観光マスター資格保持者、ニュース・観光サイトやコンテンツマーケティングのライティングも行う。
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