出向命令の法律問題 (2016/8/26 企業法務ナビ)
はじめに
出向は、企業の人事の一環としてなされる上、企業の経営に深く関係することであるため、企業が従業員に対し自由に命じることが出来るように思われる。しかし、出向は従業員の生活に大きな不利益を及ぼし得るものであるため、無条件にできるものではない。今回は、適法な出向を命じるために乗り越えるべき法律の壁について説明する。
出向とは
出向(在籍出向)とは、今までの会社との雇用関係を維持したまま、別の会社の指揮命令下に労務を提供する人事異動をいう。これに対して、転籍とは、今までの会社との雇用関係を終了させ、新たに別の会社と雇用関係を結ぶことをいう。今いる会社の従業員であり続ける否かという点で、在籍出向と区別される。
出向命令の有効要件
以下の2つの要件を満たす場合には、出向命令をすることができる。
(1)労働契約上、出向を命令することができること
(2)出向命令権の行使が権利濫用に当たらないこと
以下、2つの要件について敷衍する。
要件1:労働契約上、出向を命令することができること
出向は、法的には、出向元企業が、出向先企業に対し、労働者に対する労務給付請求権(働くことを求める権利)を譲渡することを意味する。出向が労働者に与える影響は大きいため、労務給付請求権など使用者の権利を第三者に譲渡する場合は労働者の承諾(同意)が必要とされている(民法625条)。ただし、この同意は、必ずしも労働者の個別的な同意を求めるものではなく、包括的なものでも足りると解されている。
この点について、最高裁は、就業規則に出向命令権を根拠づける規定があり、出向労働者の利益に配慮した出向規程(出向期間や出向中の地位、出向先での労働条件に関し、出向者の利益に配慮したルール)が設けられている事案で、企業は従業員の個別的同意なしに出向を命じることができると判断した(最二小判平成15年4月18日 新日本製鐵事件)。
判例は、出向の根拠規定のみならず出向者の利益に配慮したルールも定められている場合は、従業員は出向に対し同意している(かつ、個別的な同意がなくても足りる)という立場をとっていると理解できる。
要件2:出向命令権の行使が権利濫用に当たらないこと
1.労働契約法14条
労働契約法14条は、「使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無効とする。」と規定している。そのため、出向命令に労働契約上の根拠がある場合でも、権利濫用に当たると認められる場合には、無効となる。権利濫用に当たるか否かは個別の事案毎に判断する必要がある。
2.権利濫用か否かの参考事例
(1)労働者本人及び家庭の事情を考慮したもの
<1>ダイワ精工事件(東京地裁昭和57年4月26日)
出向命令が合理性を備えている以上、生活関係を根底から覆す等の特段の事情がない限り拒否することはできない。
<2>JR東海事件(大阪地裁昭和62年11月30日)
夜勤中心職場への異職種出向命令は、仕事上・私生活上の不利益が著しく、人選の合理性がなく人事権の濫用に当たる。
<3>東海旅客鉄道事件(大阪地裁平成6年8月10日)
出向先の作業は腰痛等の持病を持つ者にとっては、退職も考えざるを得ないものであって、事実上出向者を退職に追い込む余地のあるものであったにもかかわらず、腰痛を持つ者に対して当該出向先への出向を命ずることは人事権の濫用として無効である。
(2)業務上の必要性・合理性と職務上の不利益を考慮したもの
<1>一畑電気鉄道事件(松江地裁昭和48年4月8日)
出向期間・出向元への復帰保証等を明らかにしないままの零細赤字工場への出向命令は人事権の正当な行使ではない。
<2>JR東海事件(大阪地裁昭和62年11月30日)
出向先での職務が従前の職務とは著しく異なり、そのような出向につき申請人らを人選したことの合理的理由も示されていない出向命令は、権利濫用として無効である。
▼その他の参考事例についてはこちら
社長のための労働相談マニュアル
http://www.mykomon.biz/trouble/shukko/shukko_ranyo.html
▼参考
「出向」に関する具体的な裁判例の骨子と基本的な方向性
http://www.check-roudou.mhlw.go.jp/hanrei/haichi/syukkou.html
おわりに
出向命令は重要な人事権の1つであるが、上述のとおり、無制限になし得るものではない。まずは、企業がなるべく自由に出向を命じることができるように、法務担当者が労働契約等を十分に整備しておくことが重要である。また、人事部との連携をとり、出向命令を出す前に法務部でその適法性を判断する体制を整備しておく必要があるだろう。そして、法務部での判断を迅速に行えるように、これまでの裁判例を踏まえたヒアリング項目を用意しておくことが望ましい。
- 関連記事
- 東和工業の訴訟に見る男女同一賃金原則
- 兼業禁止規定違反に対する懲戒処分
- テナント企業に賠償命令、従業員に自殺させない義務とは
- 社外取締役導入企業が増加、その概要と役割
- 公取委が指針発表、実質0円スマホの問題点について