「シティプライドのある街にしたい」ソーシャルプロデューサー兼渋谷区長長谷部健氏の挑戦 (2016/5/9 Patriots)
博報堂を経て、区議会議員から渋谷区長へ。自身を政治家ではなく「ソーシャルプロデューサー」と位置づける長谷部健渋谷区長は、どのような思いで渋谷区の長を務めているのか。日本ではじめて「パートナーシップ制度」を導入し、文化の発信地としても名高い渋谷区のこれからもふまえて、今後に展望について伺いました。
予想していなかった区議への出馬
――まずは経歴を教えてください。
代々木公園の青空保育で育ち、神宮前小学校、原宿中学校、佼成学園を経て、専修大学に入りました。大学ではオーストラリアンフットボールに挑戦。卒業後は博報堂に入社しました。博報堂時代は多くのことを学びましたね。
同期にはSFC初期の人が多く、食事をともにしていると、「いつ辞める?」というような話をしていました。ポジティブな意味で「独立しよう」という空気があったのかと思います。事実、同期の3分の2はすでに辞めています。
ボクは独立して、クリエイティブエージェンシーのプロデューサーをやりたいと思っていました。20代の後半は、自分1人でやるか、誰かと一緒にやるかなどと考えていました。
ただ一方で、まったく予想していなかったことが起こりました。表参道の商店会の人たちに、「区議会議員にならないか?」と言われたのです。その時はすぐに断りました。
しかし、「区議会議員になれば、ソーシャルプロデューサーとして、表参道をプロデュースできる」と言われ、非常に面白いなと。それで思い切って、区議会議員の立候補をするとともに、会社を辞めました。ちょうど30歳のころです。
区議から区長へ
――その後、区長になられます。心境の変化などはありましたでしょうか?
決断したのは2015年の2月ごろです。年明けに、前の区長が退任を発表し、翌日から「後継者にするからやらないか」と誘われて。びっくりしました。それからまた、1ヶ月半ほど悩みました。
もともと区議は、もう1期やろうと思っていました。やり残した事もありましたし、まだやりたいなと思う気持ちもあったのです。具体的な施策については、ある程度、書き出してもいました。
区議のときは、区役所がクライアントで、ターゲットは渋谷区民。そのうえで、企画を作るというイメージだったのです。それが区長になれば、「自分がハンドルを握り、自分が中心となって実行できる!」と気づいたのです。
また、1ヶ月半のあいだに、周囲の仲間や他の区長さんが誘ってくれたり、応援してくれたりしていると強く感じたことも大きいと思います。それで「こういうチャンスは2度とない」「40歳も超えたし、思い切ってもう1回チャレンジしてみよう!」と決意しました。
シティプライドを持つ人を増やしたい
――現在、どのようなことに取り組まれているのでしょうか?
区長になってから、「良い区とはどういう区ですか? 良い街とはどういう街ですか?」とよく聞かれるようになりました。ひとことで表現するのは難しいですが、「“シティプライド”を持った人がたくさんいる街」が、ひとつの答えかと思います。
ボク自身、この街で産まれ、この街で育ち、この街で暮らしてきました。新しい友達ができるたびに「どこに住んでいるの?」と聞かれ、「原宿」と答えると、「いいな、いいな」と言われて成長してきたのです。
自分の街が「いいな」と言われるのは、とても嬉しいことです。それは、この街から発信される文化や環境について、高く評価されていることを意味しています。そう言われると、さらにこの街が好きになる。
また、この街がおもしろいのは、住んでいる人だけでなく、他の人も「この街はいいな」と思ってくれるところです。たとえばハロウィンやワールドカップ。この街に住んでいない人も、どこからともなく集まってくる。
つまり、この街のカルチャーを作っている人は、この街の住民だけではないのです。街が好きで来てくれている人、この街で働いている人、そういった「この街だから」というシティプライドを持った人たちを、もっともっと集めたいと思っています。
課題は投票率と政治への関心
――区議、区長を経験して、感じている課題はありますか?
投票率および政治への関心が、アウトプットとして低すぎる、ということが課題だと思います。
夫婦喧嘩と一緒で、お互いにどちらが悪いと言い合っているだけでは、溝が深まる一方です。しかし、政治家と国民の双方が「選挙に行かないのが悪い」「面白い政治をしないのが悪い」と言い合っている。それでは、いつまで経っても平行線をたどるだけです。
ポジティブな議論をしないと先へ進めません。まずはお互いが我慢して、一歩ずつ近づくところからはじめなければならないと思います。
また、政治の世界が2チャンネルのような世界になっているような気がします。悪口ばかり言い合い、悪口を言うことが正しいことのように思われている。しかし実際には、選挙のためでしかありません。
やはり、政治の側としては、おもしろい事をたくさんやっていくしかないと思います。まずは行政側から動く。それでみんなが振り向いてくれれば一歩前進です。まずは、そこからだと思います。
渋谷区のアイデンティティ
――今後の活動について教えてください。
成熟した国際都市を目指してまいります。成熟した国際都市の特徴は、ダイバーシティー(多様性)に寛容なことです。日本全体としても、そうした方向に向かっていくかと思います。
隣の国だけでなく、地球の裏側の情報まで、容易に入手できるようになりました。移動についても、飛行機をはじめ、リニアモーターカーなどの次世代機も発達しています。つまり距離が縮んでいるわけです。
そうなったとき、自分たちの民族のことだけ考えればいい、ということはあり得ません。世界が狭くなり、お互いが近くなることによって、多様性への対応は必須となっているのです。
そのときに、渋谷が先頭に立っていられるかどうか。ただ新しいものを好むというのではなく、新しいものを受け入れる速度が速いところに居続けることが肝要です。
それが渋谷区のアイデンティティだと思いますし、そういうラディカルなところが渋谷区の大きな魅力です。これからも、そういった渋谷区の長所を、伸ばしていきたいと考えています。
「やりたい人」よりも「やってほしい人」
――最後に、どんな人に政界を目指してほしいと思いますか?
「やりたい人」よりも、「やってほしい人」に目指してもらいたいと思います。
たとえば政党の人だと、国会議員がいちばん偉くて、次に県会議員、その次に地方議員というように、ヒエラルキーがありますよね。でも、政治家になりたいということが、イコール国会議員を目指すというのはどうなのでしょうか。
事実、国会議員と地方議員の役割は、ぜんぜん種類が違います。陸上競技で言うと、種目そのものが異なるのです。それこそ、「ハンマー投げ」と「100M走」というように。
だからこそ、国会議員には、世界の中の日本を考えられるような人になってほしいし、地方議員にはローカルな福祉や教育など、具体的な思いと行動力がある人になってほしい。
明確なゴールイメージは難しくとも、「世の中を良くしたい」「暮らしやすくしたい」など、理念は共有できるはずです。それを自分の言葉で説明し、人を巻き込み、ともに未来を実現していく。そういう人が政治に参加してもらいたいと思います。
自分自身、そうなれるよう、まだまだ汗をかいていくつもりです。
聞き手:山中勇樹
提供:Patriots
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