教科書会社による教員への謝礼と独禁法違反 (2016/4/14 企業法務ナビ)
はじめに
教科書会社が教員らに現金や図書カードなどの謝礼を渡していた問題で、公正取引委員会は、今月12日、独占禁止法違反(不公正な取引方法)の疑いで、教科書を発行する全22社の担当幹部から事情聴取を始めました。
教科書選定に影響力のある教員や教育委員の職員への謝礼は、「不当な顧客誘引」に該当するおそれがあります。公正取引委員会では、22社中10社で教員らに金員を渡していた事実を既に確認済みのようですが、各社が会計上、どのような名目で謝礼を支出していたかなどについて調査を開始しました。独占禁止法違反が認定された場合、各社は、教科書選定を管轄する文科省から、義務教育の教科書発行に必要な発行者指定の取り消し処分を受ける可能性があります。
今回は、独占禁止法が禁止する「不当な顧客誘引」を解説し、さらに、過去の審判・判決から具体的にどのような行為が「不当な顧客誘引」に当たるのかを見ていきたいと思います。
1 不当な顧客誘引とは
独占禁止法2条9項は、「不当な顧客誘引」につき、正常な商慣習に照らして不当な利益をもって、競争者の顧客を自己と取引するように誘引することと定義しています。本件では、教科書会社が教員らに謝礼を渡した行為が、この「不当な顧客誘引」に該当するのではと言われています。公正取引委員会は各社に提出させた資料などを元に、教科書営業の実態解明を目指す方針です。
2 不当な顧客誘引に当たるための要素
法律上、不当な顧客誘引として認定されるためには、「不当な利益」と「公正競争阻害性」という2つの要件を満たす必要があります。各要件の概説は以下となります。
(1)不当な「利益」
不当な「利益」とは、金銭に限らず、物品その他の経済的利益一般を指すとされています。具体的には、景品の提供が問題とされることが多いようですが、この点については、独占禁止法の特別法に位置づけられる、景品表示法が細かく規定しています。また、証券取引に際して大口顧客に対してなされる証券会社のいわゆる「損失補填」が不当な利益にあたるとして問題とされた事例もあります(野村證券事件)。
(2)公正競争阻害性
不当な利益による顧客誘引が禁じられるのは、各社が商品の本筋から離れた不当な利益を消費者に提供することで、商品そのものの品質とは異なるところでの競争が過熱し、結果として消費者に質の高い商品が届かなくなることが懸念されるからです。そして、ここで言う、「不当」性は、独禁法上の正常な商慣習と照らし合わせて判断されることになります。
3 審決、判決等
(1)野村證券事件-公取委勧告審決 平成3年12月2日
証券会社が証券取引に関して一部の大口顧客に対して行ったいわゆる「損失補填」は、投資家が自己の判断と責任で投資をするという証券投資における自己責任原則に反し、証券取引の公正性を阻害するものであって、証券業における正常な商慣習に反するものと認められる、と判断しています。
(2)ゆうパック差止請求訴訟-東京地判 平成18年1月19日
日本郵政公社が行うゆうパック事業につき、「日本郵政公社がローソンに対し不当な顧客誘引」をしているとヤマト運輸が主張して独禁法第24条に基づく差止を求めた事案です。ヤマト運輸は、
- ローソン店舗約7700店内に「ローポスくん」の愛称で呼ばれる郵便差出箱が設置され、被告日本郵政公社はこの郵便差出箱について取集料を徴収していなかったこと
- 日本郵政公社はローソンに対し、郵便局舎の余ったスペースを、時価相場を下回る値段で賃貸していたこと
- 余剰スペースを有する局内へのローソンの出店を認めていたこと
などの事実を指摘して、この連携関係が「不当な顧客誘引」当たると主張しましたが、東京地裁は、これらは不当な利益に当たらないとの判決を下しました。
コメント
営業活動において顧客の勧誘は当然行なわれるもので、それ自体にはなんら違法性はありません。そのためか、ともすると、「売上を上げるために、経済的利益を顧客に与えて勧誘する手段をとっても問題ないのではないか」と考えられがちですが、極めて軽微な利益を供与する場合でない限り、これは立派な独占禁止法違反となります。言うまでもなく、独占禁止法違反を問われた場合、会社の対外的信頼の失墜は避けられず、長期的に見てそのダメージは決して小さくありません。
法務担当者としては、「不当な顧客誘引」と「正当な顧客誘引」との線引きがある程度明確になるような社内研修を営業社員向けに行う等して、独占禁止法に対する社内認知を広げる努力をする必要がありそうです。
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