平昌パラリンピック視察―「106センチの視線から」バリアフリー社会をめざして (2018/3/16 日本財団)
「106センチの視線から」
パラリンピックだから、障害のある人たちの観戦も少なくないだろう。2020年東京大会に向けた取り組みが進んでいる。では、2018年平昌大会組織委員会は、どう準備し、運営に生かしているか気になるところだ。日本財団アドバイザリー会議委員で、バリアフリー、ユニバーサルデザイン普及の先頭に立つ株式会社ミライロの垣内俊哉社長が社員とともに平昌を訪れ、調査にあたった。
「ひとことで言えば、リオデジャネイロとそう大差はないということですね。トイレであるとか、段差であるとか、一応障害者のための配慮はなされています。ただ、細かい部分では問題もありますね」
垣内さんは「車いすの経営者」として知られ、2016年リオデジャネイロ大会では日本財団パラリンピックサポートセンター(パラサポ)のメンバーとともに視察、示唆に富んだ報告書をまとめた。
車いすから見ると、何が危険で、何が移動の障害になっているのか。垣内さんは生まれつき骨が折れやすく、車いすが手放せない。車いすに乗った視線は106センチ。その視点から競技会場や公共交通機関、オリンピック・パークなどの設備やボランティアの対応の様子を凝視してきた。
垣内さんたちが関連施設の駐車場、車いす専用スペースに駐車すると、すぐボランティアが駆け寄り、車いすを担ぎ上げてくれた。
「ボランティアのかたの意識は高いと思います。でも、施設は急造ですね」
施設の側にU字溝が切ってあり、蓋はあるが金属板の編み目が粗く、車輪が入り込んでしまう。この施設ではトイレは数が少なく、土盛りして高い場所にある。スロープは設けられているが、急なため後押しが必要だ。さすがに競技会場のトイレは十分、配慮されており、入口はフラットに造られている。スリップ防止のための段差は少し気になるところか。垣内さんによれば「わずかな段差で車いすが動かなくなることもある」という。
開会式会場、アイスホッケー競技場は、中二階部分をぐるり車いすの観戦席にあて、必ず介助者のための席が隣に用意された。
アイスホッケーを観戦した日本人男性に話を聞くと、「車いすからの視線は問題なく、よく配慮されていると思った」。ただ開閉会式会場の専用観戦席は、座るまでに少し急なスロープを一気に駆け上がらなければならない。慣れた様子の人が大半だったが、さて、高齢者の車いす利用者は辛かっただろう。車いすで観戦にきた高齢者の数は見る限り決して多くなく、韓国人よりも日本など国外からの車いす観戦者が多いのが平昌大会の特徴ではなかったか。
旌善のアルペンスキー競技場で砂利がまかれた観客席近くのスペースを、真っ赤になりながら車いすで移動する男性がいた。聞けばアメリカから来た16歳の少年で、スノーボードで2022年北京大会出場を目指しているという。砂利道はでこぼこ、車いすでは操作しづらい。しかし、飲食売店、スーベニアショップはここにある。無理をしてでも動いてこなければならなかった。
それにしても彼はこの場所まで、どうやってたどり着いたのか。まずは、競技会場専用バス停からスロープが長く続く。高齢者ならば息切れしてしまうようなだらだら坂を登ると、次は階段が待ち構える。段差が大きく、滑り止めが歩行を妨げる。そして4人乗りのリフト。相当な高低差を上がって、さらに段差を上り、雪の上を横断しなければ観戦席に行き着かない。
しかも、仮設の観戦席は長い階段を上らなければならない。階段の段差は高く、足もとが揺らいで高齢者でなくとも難儀する。まるで観戦を拒否しているかのような造りだ。実は、車いすの観戦者にはバス駐車場の近くから専用バスで専用の観戦席に運ばれたのだという。しかし、そのことは入場券のどこにも記載がない。
チケット売り場では車いす利用者のための低い位置の窓口が用意され、入場に際しては専用入口、優先ルートも設けられた。しかし利用者の少なさが手伝ったか、専用窓口は普通に使われ、利用するための案内も徹底されていない。ここは見過ごしてはいけない。垣内さんはいう。「総じて、韓国の方たちの冬の競技への意識は高くないと思います。屋内施設はともかく、屋外の競技会場での観戦者への配慮があまり感じられません」
では、移動手段であるシャトルバスはどうだろう。車いす対応のバスは出入り口のステップが下がり、フラットな状態で乗ることができる。こうした仕様は世界共通で、東京は随分と普及している。
フラットバスには車いす専用スペースが2台分あるものの、車輪を固定する装置は1台分しかない。車いすで乗り込むと車輪が固定され、続いて身体をベルトで固定される仕組みだ。
垣内さんはこの固定について「専用スペースはあっても固定は1台分で、あとは横並びに2台押込む感じ。まるで車いすでの使用を制限しているようです」と指摘した。
韓国ご自慢の高速鉄道(KTX)は1号車に車いすマークがついている。以前、1車両まるごと車いす使用になるとの報道があり、期待していたら1号車の最後列に2台分、無理すれば3台が乗車できるだけだった。1台分は固定できるが、2台は固定されない。
その固定されていないスペースで、腕に力を込めて手すりを握っていた日本人車いす男性が話してくれた。「日本でも新幹線は1台分しか車いす専用スペースが用意されていないからこんなもんでしょうね」。半ば、あきらめたかのような口ぶりだった。彼もまた、シャトルバスのようなベルトによる固定には否定的ではあった。
ちなみに男性はチケットを購入の際、普通席を渡され、困ってしまったのだという。KTXは新幹線と比べて車両の幅が狭く、横に2席ずつ通路を挟んで並ぶ。通路は人1人が通るだけでいっぱい、行き交うことはできない。車いすが通るほど通路は広くなく、連結部分は高く盛り上がっていて歩きづらい。高齢者や目の不自由な人はより大変である。
平昌、江陵のオリンピック・パークでは障害のある人や高齢者のため、移動用のカートが用意されていた。平昌のパークはいかにも急造で、アスファルトが敷かれた敷地内はすでに随所にひび割れがあり、波打っていた。恐らく、きちんと整地せずにアスファルトをかけたのだろう。歩行困難者にはつらい。
また、江陵のパーク内は高低差があり、一番奥のアイススケート場までは結構なのぼりである。ここは恒久施設が多いのだから、もう少し、配慮されてしかるべきだろう。垣内さんはまた、会場内や街中に点字ブロックがないことを指摘した。「リオデジャネイロはかろうじて急造しましたという感じでした。しかし、ここでは全く点字ブロックを見かけることはありませんでした」
目の不自由な人をあまり見かけなかったのは、こうした影響もあったのか。東京では点字ブロックは普及しており、心配はいらないが、垣内さんは新たな試みに期待をよせる。GPS機能を使い、スマートフォンで利用できる視覚障害者のための道案内である。「いま羽田空港などで実験的に導入されていますが、もっと普及してほしいと思います」
垣内さんはかねて、自動券売機や自動翻訳機など、IT、デジタルの活用を提案してきた。今回、東京都や組織委員会からも多くの担当者が視察に訪れており、改めて障害者のための方策が練られることだろう。
2020年は、障害のある人がもっと気軽に競技会場などを訪れることができる大会にしなければならない。ただ、施設や交通手段はバリアフリーとなっても、問題は残る。障害のある人に対する「意識」である。過剰なほどの関心か、無関心か。いま日本社会の対応は2極化しているといわれる。そんななかで、障害者へのいかに理解をふかめ、共生社会に近づけていくか、課題はまだ山積している。
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