LINEで妊婦に席を譲る!&HAND実証実験で見えた「日常にしたい風景」 (2018/2/1 70seeds)
私、70Seeds編集部ウィルソンが初めてマタニティーマークを受け取ったのは、妊娠がわかった直後。区役所でたくさんの資料と一緒にそれを渡されたとき、妊婦になったという実感が湧いてきた。「これをつけていたら、電車で席を譲られるかも……」と鞄につけてみてわかったのは、自分が思っていたほど人々はこのマークを見ていないということだった。
私は先日、妊婦として「&HAND / アンドハンド」の実証実験に参加した。&HANDは、LINEなどを活用して電車内の「座りたい妊婦」と「席を譲りたい人」のマッチングを行う。具合が悪かったり、疲れやすかったりする妊娠中の身体。辛くて「座りたい」思いを抱えながらも、混み合った電車で席を譲ってもらうことを諦めてしまう。そんな妊婦の人たちに向けたサービスだ。
12月11日から15日まで、東京メトロ銀座線で行われた実証実験。私はドキドキしながら、スマホを片手に乗り込んだ。果たして席は譲ってもらえるだろうか。
「妊婦向けサービス実証実験」ムービーはこちら!
LINEに届く席ゆずりのお知らせ
今回の実証実験では、あらかじめ妊婦は集まってもらったが、サポーターは一般の銀座線利用者も参加できる。およそ一カ月間の事前募集で集まった11,415人のサポーターが、この車両に実際に乗っているかが、実験の鍵となる。
LINEで&HANDのアカウントを友だち登録し、上野から電車に乗るとすぐにLINEに&HANDから連絡がきた。 『今の体調はいかがですか?席に座りたいですか?』
体調が良かったり、すぐ次で降りる場合には「いいえ」を選択すれば良いので、サポーター は本当に席を必要としている妊婦さんに席を譲ることができる。「はい」を押して、待ってみる。
同じ車両に乗っているサポーターには、近くに妊婦がいることを知らせるLINEが届く。席を譲れる場合は、自分の座席をLINEで選択するだけだ。妊婦にサポーターの居場所が届き、譲る側は「ゆずります画面」を見せ、席を譲る仕組みになっている。
今回はタイミング的に乗っていたサポーターが少なかったらしく、私はマッチングすることができなかった。残念。ただ他の妊婦さんたちは席を譲ってもらえたようで、安心した顔で席に座っていた。
「実験に参加いただいた妊婦さんはお腹が大きく、見るからに妊婦さんでしたが、それでも席を譲ってもらうことはなかったそうです。&HANDで席を譲ってもらえたことに感動して、『自分が出産する前に実現してほしい!』ってお願いされました」
発案者のタキザワさんは、そう笑った。
妻の妊娠で知ったマタニティーマークの意味
&HAND発案のきっかけになったのはタキザワさん自身が当事者になったことだった。
「妻が妊娠して初めて、妊婦はお腹が目立たない初期の方がつらいとか、電車で席はほとんど譲ってもらえないということを知りました。でも、自分もそれまでマタニティマークについてよく知らなかったですし、妊婦さんに席を譲ったこともほとんどなかったことに気づき、ショックを受けました」
タキザワさんが初めてマタニティーマークを認識したのは8年前。奥さんに切迫流産の危険があるとわかり、絶対安静となった。大きな病院での検査が長引いたことで帰宅ラッシュの時間と被ってしまったときのことをタキザワさんは思い出す。
「妻を座らせたいから必死で席を探して、空いてなければ譲ってくれそうな人の前に立ち、マタニティマークを見えやすくしたりしました。それでもなかなか譲ってもらえないんですよね。でも、見た目はあまり譲ってくれなさそうな方がとてもスマートに席を譲ってくれて、すごくありがたかったですしカッコイイと思いました」
この体験以降は、マタニティーマークを見つけたら率先して席を譲るようになったというタキザワさん。ところがその後、インターネット上で「マタニティーマークをつけると嫌がらせを受ける」という記事を目にするようになった。
マタニティーマーク=「危険」?
「マタニティマークで検索してみたら、最初に出てきたのが『危険』という言葉。初めて妊娠した妊婦さんが、マタニティーマークを検索したときの最初の情報が危険ってのは悲しいなと思いました。そういうネガティブな情報を見たら、怖くてつけられないじゃないですか。それでは妊婦やお腹の赤ちゃんの安全を守れなくなってしまいます」
それからタキザワさんはマタニティーマークや妊婦について調べ始めた。およそ2カ月間、電車内の状況や妊婦の行動について徹底的に観察したり、妊婦へのインタビューを実施した。
「わかったのは、やっぱり全然譲ってもらっていないこと。妊婦さんも諦めているんですね。譲ってもらえるとも思っていないし、マークを隠している人もいる。譲る側もスマホをいじっていて視線が下がり、マタニティーマークに気付いていなかった」
オンライン上で1300人にアンケートも取った結果、8割以上の人が「妊婦には席を譲るべき」と答える一方、「スマホを見ていてマタニティーマークに気付かなかった」や「妊婦なのか判断できず声が掛けられなかった」といった意見が多かった。
「そこで『やさしさの見える化』をコンセプトにし、みんなのやさしい気持ちを妊婦さんに届けること、マタニティーマークの検索結果を正しくポジティブな内容に変えることを、プロジェクトの目標にしました」
やさしさから やさしさがうまれる社会へ
タキザワさんが&HANDを通して見据えるのは、10年、20年後の未来にある「やさしい社会」だ。
「これまでは『今、何ができるか』を考えていました。でも子どもが生まれてからは『10年20年先の未来のために自分は何をすべきか』を考えるようになった。自分の子どもが大人になったとき、 『マタニティーマークは危険だから付けられない』なんていう日本のままだと恥ずかしい。もっとあたり前にみんなが思いやれる社会になっていて欲しいと思ったのがきっかけでした」
実際に&HANDを発案してから、いろいろな反響があった。「早く実際に使えるようになってほしい」という妊婦さんたちの声や、「これがあれば譲りやすい」という意見を聞くうちに、タキザワさんの小さな想いは人生で成し遂げるべきミッションに変わっていったという。
「視覚障害の知人が&HANDを知って『これなら自分も妊婦さんに席を譲れる』って言ってくれたんですよ。今までは助けてもらうことが多かったけど、&HANDがあれば自分が助ける側になれるって。この発想にはびっくりしたのと同時に、すごく勇気をもらいましたね」
今は妊婦さんと席を譲る意思のある方のマッチングで注目される&HANDだが、今後は障がい者や外国人観光客などにも手を差し伸べるツールにしていきたいという。「困っている人」と 「手助けしたい人」をつなぐ&HANDは、大きな可能性を秘めている。
「今はオリンピック・パラリンピックまでに、日本中にサポーターを増やしたい。そして、2020年に日本を訪れた外国の方に、&HANDを通じておもてなし体験を提供したいと思っています」
外国語が話せなくても、切符の買い方や道がわからない人たちの「手助けをしたい」という人たちは日本中にいる。テクノロジーでその想いをつなげていくことで、やさしさは連鎖して広がっていく。
「今回、妊婦としてやさしくされた人たちは、次は障がい者や外国人観光客を手助けする側になってくれる。それは『やさしさから やさしさが生まれる社会』という&HANDのビジョンの実現につながっていくと思っています」
やさしさが生まれる車内を日常に
実証実験中、表参道からの復路でのこと。なかなかLINE上でサポーターが見つからない。 しかも、譲られることを試すために席が空いても座らずにいた私は、少しお腹が張って辛くなってきた。
「サポーターがもっといてくれたらマッチングできるのにな」
そう思っていたら、目の前のおじいさんに「あんた、赤ちゃんがいるんか」と急に声をかけられた。スマホを見ていなかったのでノーマークだったおじいさんが、嬉しそうに席を立つ。 私はお礼を言って席を譲ってもらった。お腹のあたりが、ふっと緩むのを感じる。
「その鞄についているマークでわかったよ。でも小さくて見えないし、全然気づかんかったから」
タキザワさんが言う「やさしくしたいという気持ちが届く」とは、こういうことなのかもしれない。このおじいさんのように、妊婦だとわかったなら席を譲ってくれる人はたくさんいるのだろう。でも気付けなかったり、ジロジロと見ることもできない。そういう人たちのために、少しだけ背中を押してあげるのが&HANDなのだ。
「今回の実証実験では、画面がわかりにくくて妊婦さんが違う席に行ってしまうことがありました。でもお互いに相手を見つけようとしているから『こっちですよ!』って自発的な行動がなされていました。結局、相手にやさしくしたいという気持ちが大切で、テクノロジーができることは、お互いをつなげることだけなんですよね」
お互いに「どうぞ」「ありがとう」とやりとりする笑顔を見て、ただただ感動したというタキザワさん。危険と言われていたはずのマタニティーマークが、電車内で温かい光景を生む。それを「日常の風景」にしたいから、タキザワさんは情熱を持って取り組みを続ける。
◇ ◇
【編集後記】
タキザワさんと同じく私自身も、妊婦として電車に乗ってはじめて「今まであまり席を譲れていなかったかも」と思いました。当事者として実証実験に参加して、私も未来の「やさしい社会」のためにできることをしていきたいと感じた取材でした。「やさしい気持ちを少し後押ししてくれる&HAND」ぜひ実現に向けて突き進んでほしいです!
- WRITER
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ウィルソン麻菜
1990年東京都生まれ。製造業や野菜販売の仕事を経て「もっと使う人・食べる人に、作る人のことを知ってほしい」という思いから、主に作り手や物の向こうにいる人に取材・発信している。刺繍と着物、食べること、そしてインドが好き。
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