海を渡ったオタクの情熱ーアメリカ生まれのミスター・カブ (2017/10/4 70seeds)
何かが好き過ぎる、何かにハマる。人はみんな何かしらかの“オタク”なんではないでしょうか。70seedsでインタビューする人たちもよく考えてみると、何かのオタク。自分が大好きなことで名が知られて、仕事が舞い込んできたら幸せですよね。
今回、ご紹介するのはなんとアメリカからやってきた「カブ・オタク」!
『YOUは何しに日本へ?』の番組出演をきっかけに日本では「ミスター・カブ」という名前で親しまれ、一躍有名人に。日本で大好きなスーパーカブを乗り回し、タレントとしても活動する反面、本国のアメリカではアニメのディレクターNathan Connellyとしての仕事も順調にこなす青年です。2ヵ国を跨って、さらに2足のわらじを履く…そんなことって本当に可能なの!?テレビでは語られない、彼の素顔に迫りました。
英語での会話は久しぶりで緊張しましたが、Nathanさんのフレンドリーな雰囲気に包まれ、あたたかな取材となりました。
8年越しで実現した一大プロジェクト
――Nathanさんが一番はじめに「YOUは何しに日本へ?」に出演したとき、私、リアルタイムで観ていたんですよ。あの企画すごいですよね…やらせじゃないみたいで。
その質問はよく受けますが、あの番組はリアルです。僕にとってもこれまでの人生のなかで起きた一番不思議な出来事だったかもしれません。
――でもよくその場で取材許可を出しましたね。
正直、この番組が日本で人気だったことも知りませんでしたし、はじめマイクをつきつけられたときは、夕方のニュース番組か何かだと思いました。まさかあんな遠くまでついてこられるなんて想像もしてませんでしたよ(笑)。
――しかも、初めての日本で。どれくらいの滞在だったんですか?
そのときは42日間でしたね。
――人生初の日本にしては、長い滞在ですね。なぜ、日本だったんですか?
やはりカブの存在が大きいです。僕はもともと小排気量バイクのファンで、リトル・ホンダとか大好きですね。実際に今もアメリカの自宅に1台あるし、これまでも通算で3台所有していました。そもそものきっかけは、10年も前の話になりますが、大学の教授に日本へ行くように背中を押されたことなんです。
――大学の教授に言われたことがきっかけに?
はい。当時、1964 CT200という古い型のカブを持っていたんですが、学校のワークショップでそのバイクのエンジンを改造することになったんです。そのとき教授に「アメリカでは、カブとその派生モデルが1980年には販売終了しているけど、日本ではまだ生産していて買えるし、人気がある」と教わりました。もとは一体誰のアイディアだったのかは定かではないですが、その教授から「日本へ渡ってホンダの工場に行き、そこで手に入れたカブで日本を横断したら」と提案されたんです。
――またずいぶんと壮大な提案を受けたんですね。
僕も当初はお金もないし、絶対そんなことしないだろうと思ってました。でも、そこから7、8年後、仕事で十分なボーナスをもらえるようになって、長年頭の片隅に思い続けてきたことをやってみようと決意したんです。
――そもそもなぜそこまでカブにこだわるのですか?
決して速くはないし長距離には向いてないのですが、とても効率的で丈夫で信頼できる、長年乗りなれたバイクだからです。あと、190センチ近くある僕がこんな小ぶりなバイクに乗ってたら面白いストーリーになるかなと(笑)。この間の運転で尾骨をまだ痛めてますが…。とにかく他の人とは違うことがしたかったんです。
――確か番組ではレンタルしてましたよね。
はい、スーパーカブ110をレンタルしました。日本でバイクを入手できるかもろくに調べず、チケットを買ったものだから、そこからは行き当たりばったり。日本での住民登録がないと外国人は車やバイクを買えないことがあとでわかって…。
――おはなしを聞いていると勇気ある行動ですよね。
無鉄砲なんですよ。でも、確かに僕は居心地のいい場所から抜け出すことに対して恐れないタイプです。だから、テレビの取材でも知らない人がゾロゾロついてきても平気だったのかもしれませんね(笑)。
「行くなら今しかないと思った」
――仕事の面でも思い切った決断だったと思います。42日間ってことは辞めて行ったんですか?お仕事は何をしていたんですか?
そのときは、アメリカでとある番組のアニメーターをやっていて、現在も同じ番組でディレクターを務めています。正規雇用ではなく、プロジェクトベースで起用されているので、例えば6ヶ月間みっちり制作に入って、その後1、2ヶ月オフを取得することも可能だし、次のプロジェクトを詰め込むこともできます。わりと融通が利く仕事なんです。
――メリハリがあって羨ましい働き方です。
初めて日本に来る前は、旅行の時期と重なってしまったためにいくつか仕事のオファーを辞退しないといけなかったんです。でも、行くなら今しかないと思って。
――融通が利く職業だからこそ、ちょうどキャリアとしても成功していた時期に仕事を離れることに不安はなかったんですか?
あまりなかったです。来日するときは、毎回いつかある時点で仕事に戻れるんだって分かってました。そのとき携わっていた番組のシーズン2があることも知っていたし、今回の来日に関してもプロデューサーからの保証がありました。
――そのプロデューサーはNathanさんが日本で「ミスター・カブ」として活動しているのは知ったうえで?
はい、みんな知ってますよ。
――反応はどうですか?
不思議がってます(笑)。番組を一緒に作る、僕の上司にあたるクリエイターがいるんですけど、戦友みたいな関係でもあるんです。僕たちが作っていた番組が放送局に買われて、そのオンエア記念に盛大なパーティが開かれたとき、本来であれば彼のビッグナイトでもあったのにかかわらず、たくさんの人が「ミスター・カブ」について僕に話しかけてくるものだから嫉妬してたみたい。
――私も自分の同僚が、旅行中に海外で有名になって帰ってきたらびっくりしますよ。
そうですね。あの旅行で有名人になって、また日本にお仕事で戻って来れるとは思ってもいませんでした。
旅で創造力を充電する
――単なる日本横断の旅で終わらせなかったのがすごいですよね。
僕が日本では基本的に観光客であることは間違いないし、そこを否定するつもりはありません。ただ、一般的に旅行って、観光スポットを巡ったり、ビーチでリラックスしたり、普段の生活ではできないことを楽しむものだと思いますが、僕の場合、自分のクリエイティビティを再充電するという目的があります。
――なるほど。
外の世界に飛び出て、新しいものや場所を見れている方が、自分のキャリアやプロジェクトに良いインスピレーションを与えることができるんです。これは、カブと同じくらいハマっているカメラを通してやっていて、自分のなかで眠っているかもしれない芸術的野心が刺激されるんです。日本は一番好きな撮影場所ですね。
――カメラも好きなんですね。どんな写真を撮るんですか?
ストリートフォトグラフィを主とした写真を撮影します。「僕は観光客です」と言っておきながらなんですが、写真撮影にはドキュメンタリーのような役割を持たせています。光はコントロールしないし、人にポーズを取ってもらおうとしないし、自然な状態を捉えるようにしています。
――カメラは旅行の必須アイテムですが、Nathanさんの場合はやはり視点が違いますね。でも、テレビで見る「ミスター・カブ」は人に囲まれていて、もっとコミカルな印象ですが…
そうですね。バイクに乗ってるときの自分と芸術家としての自分のペルソナはまるで違います。撮影するときやアニメをつくるときは、自分の世界に入りたいし、存在感を消して無視していて欲しい。でも、ミスター・カブのときはフレンドリーで、いろんな人と会ってブラブラするのが好き。こんなステッカーも作ったよ。
――かわいい…もはやアニメのキャラクターですね!テレビでは見れなかったNathanさんの新たな一面が見れました。
みんな誰しも、さまざまな理由でいろんな顔を持ってると思います。僕の場合、「ミスター・カブ」をとおしてエンターテイナーとしての自分を偶然見出した感じではありますが。
楽しいと思えることに全力投球
――その偶然が連鎖して、今のNathanさんがあるんだと思いますが、何を軸に道を選択してきているんでしょうか?
言ってしまえば、僕はただオタクなんですよ(笑)。でも、それは自分が好き、楽しいと思えることに全エネルギーを注ぐということ。描くのが好きだからそれを仕事にしたし、カメラが好きだから撮影を目的にメキシコに行ったり、日本に来たのもバイクが好きだから。さらに、当時は独身だったから行動も衝動的でしたね。
――今はどうですか?
今はアメリカに彼女がいるので、彼女の相談なしにこれまでのようなクレイジーな旅行や行動はひかえたいですね(笑)。
――仕事もプライベートも順風満帆ですね。今後、挑戦したいことはありますか?
今、既に取り組んでいますが、ミスター・カブのツーリングガイドの漫画本を出すこと。これまでの旅で得た知識やストーリーを交えながら、ツーリングの計画、荷造り、準備の仕方を漫画形式で紹介していきたいと思います。
――漫画形式というのがアニメーターでもあるNathanさんならではですね。楽しみにしています!
◇ ◇
【編集後記】
Nathanさんはパッと見、いわゆる海外のタレントのような華やかさはないかもしれませんが、とても物腰がやわらかく好青年。そんなひかえめな彼が、自分の好きなことを最大限楽しむため、時として大胆に行動した偶然から、タレント「ミスター・カブ」は生まれました。アメリカと日本では文化も働き方も違いますが、日本で愛されるのはそんな彼の飾らない姿と内に秘める野心にあるような気がしました。今後の日本での活動も楽しみです!
- WRITER
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藤田郁
京都出身。IT企業、戦略PR会社を経て、2016年より70seeds編集部に所属。主なテーマは、地域、食、女性の生き方、ものづくり。”今”を生きる人たちのワクワクする取り組みを追っています。
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