消費増税延期に対する海外メディアの評価は? “機能していないアベノミクスの現状では…” ニュースフィア 2016年6月3日
安倍首相は1日、来年4月に予定していた消費税率10%への引き上げを、2019年10月まで再度延期すると正式に発表した。この措置は、日本経済と、その再生を図るアベノミクスが現在直面している困難をあらためて浮き彫りにした。主要海外メディアの視点はどこにあっただろうか。
◆財政再建よりも足元の景気を優先することに理解を示す
首相は1日、首相官邸で記者会見を行い、消費税率引き上げの再延期を発表した(なお当記事で言及する海外メディア記事は、一部を除き、この会見前に発表された版である)。
俯瞰的に見ると、安倍首相がG7サミットで、世界経済がリスクを抱えた状況にあることを積極的に訴えていたため、延期決定についての驚きは主要欧米メディアには見られない。記事の多くでは、現在の日本の経済状況からして延期の判断は妥当、という見方が基調にあるようである。前回の2014年4月の8%への引き上げで、日本経済が景気後退に陥ったという説明が、ほとんどの記事にある。今回の延期の決断は、今以上に国内消費が低迷することを避けるためだ、という認識も広く共有されている。
一方、日本経済が現在、再度の消費税率引き上げに耐えられない状況になっていることについて、アベノミクスの効果が及ばなかったとの指摘が、複数のメディアで見られる。また一部の記事は、延期によって財政再建に向けた取り組みが先送りになるとし、この問題への懸念が高まるという点を中心に据えている。
◆アベノミクスは税率引き上げに耐えられるほど経済を改善しなかった
これらの点について、各メディアの記事を具体的に見てみよう。まずは、日本経済の現状とアベノミクスの進展についてだ。
ロイターは、首相は2012年12月、自身の経済再生の処方箋・アベノミクスでデフレを打破し、停滞する経済を再起動することを誓って就任したが、内需、外需がかたくなに低調な状況の中、ほとんど前進していない、と語り、アベノミクスの成果に辛口な評価だ。BBCも辛口で、首相は日本経済の回復に自らの信望を懸けているが、そのために何十億ドル相当もの財政刺激策と慣習にとらわれない金融政策を用いているにもかかわらず、何も機能していないように見える、としている。
ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)は、首相は3年半前の就任時、継続的かつ力強い成長を約束したが、それを達成しようとする中で首相が直面している困難を、この(延期の)措置は明確に示す、としている。
インターナショナル・ニューヨーク・タイムズ紙(INYT)は、(アベノミクスが追い求めてきた)物価上昇、消費の奨励といった目標は、達成が困難だと明らかになってきている、と述べた。物価上昇率はいまだに0%近くで、日本経済は、安倍首相が2012年末に就任して以来、13四半期中、5四半期でマイナス成長だった、と伝えている。
安倍首相の論法とは異なり、これらの記事では、原油安など世界経済の影響、外的要因はほとんど考慮に入れられていない。
◆将来的な財政不安のリスクと景気後退のリスクの天秤
延期という首相の判断について、各メディアはどのような評価を与えているだろうか。また、どのような効果があるとみているのだろうか。
BBCは、首相に他にできることがあったのかというと考えるのは難しい、と語り、状況からしてやむを得ない措置だとの認識をうかがわせる。フィナンシャル・タイムズ紙(FT)は、延期は今でも不活発な消費を落ち込ませるのを避けるためだとし、延期によって、ガタピシいっている経済への強い経済的圧迫は避けられる、としている。また今回の延期は、小売業者や物価引き上げを懸命に試みている日銀を含めた日本の大半の産業部門にとって良い刺激となるだろう、と語り、経済への好影響の期待を示している。
ただしそういった好影響も、財政健全化の先送りと引き換えだとの見方がされている。FTは、延期は、成長計画・アベノミクスと、日本の税基盤を多様化する努力にとって最新のつまずきだとみなした。ブルームバーグは、延期の措置は、世界最大の債務を制御する政府の取り組みを難しくする一方、個人消費を力づけるのに役立つかもしれない、と語っている。ロイターは、日本経済に(消費の不振という)一層大きな弱点がある状況の中、首相の財政改革計画は棚上げとなる、と語る。
またロイターは、延期により、日本が抱える巨額の公的負債の抑制と、急速に高齢化が進み急増する社会保障費の財源作りについての首相の計画への疑念がかき立てられている、としている。
他に、INYTは、延期の決定によって、来る7月の参院選で自民党が有利になる可能性を取り上げている。
◆延期は痛みを先送りするだけ。構造改革が必要
延期はあくまで対症療法的なもので、日本経済が現在抱えている問題の本質的解決につながるものではない。ブルームバーグ論説委員室はブルームバーグ・ビューで、延期は、確実に広く受け入れられるもので、完全に擁護できるものだ、とし、また日本が抱える負債についても、その水準は目がくらむほど高いが、今のところは、並外れて低い金利を考えれば、きっと管理できるだろうとしている。それでも、延期はいくらか痛みを先送りするだけであり、日本の低成長、低物価上昇の未来を変えるのに大して役立たないだろう、と指摘している。
ブルームバーグ論説委員室は、構造改革こそ、アベノミクス、日本経済の本質的課題だという見方だ。もし自民党が予想されているように7月の参院選で良い結果を収めたなら、首相は民営化と、労働市場、製品市場の規制緩和での深刻な努力を復活させるべきだ、と述べる。また、首相はひどく必要とされる移民を増やすことと、企業に賃金上昇のさらなる圧力をかける方法を再び検討するべきだ、と主張している。そして、消費税率引き上げとちがって、(構造改革の)さらなる延期は賢明ではない、と結んでいる。
ロイターによると、米格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)のソブリン格付け担当シニアディレクター(アジア太平洋担当)キム・エン・タン氏も、同様の見方をしているようだ。同氏は、もし消費税率引き上げを予定どおり実施すれば、低成長が続き、税収が落ち込む可能性を考慮して、「延期には一定の合理性がある」とロイターに語っている。しかしその一方、財政・金融政策の拡大には限界があり、大胆な構造改革を通じて経済成長と消費者物価を押し上げる必要がある、との見方を示している。