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【特別対談-笹川陽平氏×岩本悠氏】

教育の魅力化で“人づくりによる地域づくり”を (2019/1/10 政治山)

 歴史あるこの島は、過疎化と少子化により島唯一の高校が廃校寸前の危機に陥り、町は101億円もの借金を抱え、無人島化の危機を迎えていました。それが今や、全国から注目を浴びる島へと変貌。一体何が起きたのか…。

 2018年10月27日、島根県隠岐諸島の「中ノ島」にある海士町で、島の教育「未来」会議が開催されました。一般社団法人海士町観光協会が主催するこの会議は今年で15回目を迎え、今や全国から多くの人がかかわっています。観光協会が「教育」というテーマを扱っているように、教育を切り口に島の未来を変えようと奔走した人たちがいました。

 そして、島の人を巻き込んで再生を加速させたのが、2016年日本財団が開催したソーシャルイノベーター制度で最優秀賞を獲得した岩本悠さんです。日本財団は、ソーシャルイノベーションの創出に取り組む革新的な人材・チームを日本中から募り、ソーシャルイノベーターとして選出するコンテストを実施し、第1回目の2016年最優秀賞者には1億円を3年間支援することを約束し取り組みを支援しています。

 そこで、最優秀賞を獲得した地域・教育魅力化プラットフォームの岩本悠さん、そしてその活躍を支えている日本財団の笹川陽平会長に、取り組み内容やプロジェクトへの期待について伺いしました。

岩本悠さんと笹川陽平 日本財団会長

(左から)岩本悠さんと笹川陽平 日本財団会長(島の教育「未来」会議の会場で)

海士町の取り組みは日本人改革

――笹川会長は、島の教育「未来」会議(以下、未来会議)の前日に海士町に入り、隠岐学習センターなど視察され、さらに未来会議にも出席して現状の取り組みをご覧になりましたが、どのようなご感想をお持ちですか。

【笹川】 海士町では、新たなソーシャルチェンジが起こっていると思います。今回、この歴史のある島、隠岐の島の海士町には初めて来ました。後醍醐天皇が楠正成とともに改革を起こそうとしていたゆらぎのように、今まさに島の人たちが、島の再出発のために新たな改革を起こそうとしているのを感じます。

 島の人たちが意識しているかは分からないのですが、積極的に「欠点を長所に変える」ということをしていること、「私たちにはこんな力があったのか」と海士町から発信していることに誇りを持ってもらいたい。この社会変革の波は教育という切り口から始まりましたが、まさに海士町の取り組みは日本人改革です。日本の社会を変えるきっかけづくりを海士町の方にやっていただいているのです。

 それには、岩本さんみたいな「変人」が必要なわけです。

 『文明論之概略』のなかで福沢諭吉が述べていましたが、常に世の中に大きな変化をもたらすものは少数意見で、大多数の人は現状を維持する楽な方を選択をする。岩本さんのように、「明日も今日の続きじゃだめだよ」と言うのが変人です。社会の変化の先頭に立っているのは変人です。変人は褒め言葉ですよ。

【岩本】 ありがとうございます。変人と書いて「イノベーター」と読むと僕も思っています。大多数から見ると突然変異体のようなものが、現状にゆらぎを引き起こし、未来の当たり前をつくっていく。生命も社会もそうやって進化を遂げてきています。日本でイノベーションが起こりにくいと言われるのは、こうした異質性を排除しようとする排他性が強いからだと思います。そういう意味でも、変人を応援しようとする日本財団は日本にとって非常に貴重な存在だと感じています。

社会が子どもを子ども扱いしている

――10月27日に海士町で開かれた未来会議で学生と話されていましたが、何か感じたことはありますか。

【笹川】 今回の未来会議で高校生や中学生の数名から質問を受けましたが、やっぱり自立心がありますね。なんとなく学校に行っているのではなく目的意識がある。他の学校にもそうした子はいると思いますが、多くの場合、時代に流されてしまう子が多い中で、目的を持っていると強く感じました。意識の高い子が多く、そういう子には選挙権を与えたいと思いますよ。

 日本財団では、今年の10月から18歳意識調査を始めました。1カ月に2回、18歳を対象に様々な内容で調査を実施します。第1回目の調査結果として、6割の子が自分を「子ども」だと考えているという結果が出た一方、成人年齢の引き下げに関して6割が賛成という結果が出ました。これはどういうことを意味するのか、我々社会の制度を作る大人がこのアンケート結果に真摯に向き合う必要があります(関連記事:6割が成人年齢引き下げに賛成―日本財団「18歳意識調査」)

【岩本】 それについてなのですが、社会が子どもを子ども扱いしているということがあると思います。高校卒業までの18歳は学校という文化の中、あれしてはダメ、これしてはダメと大人から指示され、敷かれたレールの中で競争させられます。学校のルールを自分たちで変えていこうとか、自分たちの地域の課題を自分たちで解決していこうという発想にはなれない環境にいると思います。

 何かを変えていく主体ではなく、保護・管理される対象として扱われ続けて18歳まで生きれば、選挙権を得た年になっても自分が「子ども」だと思うという意識になってしまうのは仕方がないことだと思います。

【笹川】 その通り、枠組みの中にはめてしまう。自分たちで物事を決めていく自主性を、高い立場から寛容な精神で見ていく必要があって、文科省が決めた缶詰型の教育の中にはめ込もうということが、既にそぐわない時代になっていることを知るべきです。

主権者としてどうあるべきかを考える必要がある

【岩本】 18歳に選挙権が与えられたから、主権者教育といって模擬投票をやるのもいいのですが、本当の民主主義を学ぶとか、民主主義の中の一人の主権者としてどうあるべきかを考え実践していく機会があることが本来は必要だと思います。

 実際、学校の生徒会においては、競争選挙がなかったり、教員が生徒会長を決めていたり、代表として選ばれたはずの生徒会がやっているのは、定例の学校行事の準備や手伝い、教員に使われているだけだったり。学校の主体として、校則や学習内容、部活動のあり方など自分たちで課題を設定して、小さな社会をより良くつくり直していくとかそういう過程が教育から欠如してしまっていると思います。その過程が欠如してしまうと民主主義の感覚が育たない。

 本当の意味での主権者教育をやるなら、例えば生徒会をもっと本来の民主主義的なやり方でやればいいと思っています。海士町でもそういう視点を教育に取り入れています。学校や地域の課題とかも自分たちで設定して、解決していくプロセスを学習に入れているわけです。

――課題解決型の学習とはどのようなものですか。

【岩本】 自分たちの身のまわりや地域の課題を発見し、その解決に向けて挑戦する中で、これからの社会づくりに必要な力を身につけていく学習です。当然高校生だけでは解決できないので、多様な人たちと協働していくことが求められます。当然、地域の住民や行政、そして政治とぶつかることもありますし、失敗することや怒られることも多くあります。

 そうした過程を通して、地域社会の一員としての自覚が芽生え、政策をつくり議論する視点や課題解決の仕方を学んでいきます。そして18歳になったときには、実社会で政治参加、社会参画していけるというのが本来の主権者教育だと思っています。その基盤となるのが課題解決型の学習です。

 これまで海士町では、人口減少や少子高齢化、財政難といった日本の重要課題の宝庫であり課題先進地であることを活かし、高校教育の一環として、地域を舞台とした課題解決型学習を進めてきました。その結果、全国から生徒が「ここで学びたい」と隠岐島前高校に入学してくるようになりました。

 今は日本財団の支援を通じて、地域・教育魅力化プラットフォームとしてこの取り組みを全国に広げていっています。

海士町は実験舞台、成功例をどんどん広げてほしい

――海士町を訪れて、海士町に期待することはどのようなことですか。

【笹川】 海士町は未来に向けた社会実験の舞台なのです。これを海士町から広げていってほしいというのが切なる願いです。海士町には、教育という視点から社会課題の解決を考え、そこに欠点を長所にするという考え方があります。こうした考え方は、海士町だけでなく、日本全国の社会課題の解決のために広めていくべきです。

 「日本の未来を変えていかなきゃいかん、明るい世界を次の世代に譲るためには、私たちが頑張らなきゃいかん」という大人のマインドセットのためにも、海士町の成功例をどんどん広げていくべきだし、それを期待しています。

――“日本財団という方法”を使い次の世代を育てる

【岩本】 海士町の未来会議での笹川会長のお話の中で非常に面白いなと思ったことは、「日本財団という方法」という言葉です。まさにこれだなと思います。僕らが目指しているところは、一人一人が「日本財団という方法」を体現していけるようになること。つまり、自ら社会課題を見つけ、多様なセクターを巻き込みながらソーシャルインパクトを創り出していくということ。そういった若者が次から次に育っていく社会というのが、みんながみんなで支える社会に繋がっていくと思います。

 僕らがやらせていただいていることは、「日本財団という方法」を体現していける次の世代を育てるために、僕らが率先垂範しながら、日本の地域と教育にシステムチェンジを起こしていく挑戦だと思っています。

岩本悠さんと笹川陽平 日本財団会長

未来は変えられるという実感が必要

――ソーシャルチャレンジに必要なことはどのようなことでしょか。

【岩本】 今の日本の課題は、高校生が自分たちで社会を変えられると思っている割合がものすごく低いことです。自分自身に対する誇りも低いし、できるかどうか分からないことに対する挑戦意欲も他国と比較して低いです。これは大きな社会課題だと思います。

 その原因の一つが先ほど言った「社会が子どもを子ども扱いしている」ことだと思っています。自分たちで決めて課題を解決していくというプロセスを経ず、暗記型の勉強に向かわせていることが、今のそうした子どもたちの意識を作っているのだと思います。それを変えていくために、今の地域・教育魅力化プラットフォームを行っているのです。

 大切なのは、チャレンジできる、解決できる、自分たちで変えていけるという実感を積み重ねられる環境をつくることです。

成熟した社会では大人のマインドセットが必要

【笹川】 成熟し多様化した社会では、戦後70年続いた仕組みが制度疲労を起こしています。この辺でソーシャルチェンジしなければならない。これは行政レベルだけでは解決できなくなっています。官も民も協働して変化するべきです。

 そのためには私たちのマインドセットが必要で、子どもたちを教える先生もそれが必要です。これからは子ども一人一人の特徴をつかんで伸ばすことが先生に求められていると思います。これまでの教育はできないことに視点を当てがちですが、これからは得意なことを伸ばしていくことが大切です。日本財団でも特徴のある子を支援する「異才発掘プロジェクト」は、そういった思いがあるからですね。子どもは子ども自身で自分の得意な部分を発見することは難しいんですよ(関連記事:「学校が嫌だ」と言えるのも挑戦―子どもの才能を潰さない教育を)

【岩本】 管理、監督、指導してやろうという考え方ではなく、セクターを超えて子どもたちの力を引き出していこうと考え方が大事です。

 そのためには先ほど会長がおっしゃった多様性がとても大切です。教育を親と教員だけに任せず、学校を開き子どもが親と先生以外の地域社会の様々な大人とかかわれるようになっていくと、「こんな自分でもいいんだ」「自分はこんなことができるんだ」「自分はこんな生き方をしていきたい」ということを発見しやすくなります。

 また、私たちの取り組んでいる地域みらい留学は、全国の都市部から地方に留学する仕組みですが、こうした越境により、同質性や同調圧力の強い地方の子ども集団に多様性が生まれていきます。

 都会の子の中には、親も祖父母も都会に住んでいるという、いわゆる「いなか」を持たない子たちが増えています。そうした子たちが地方へ留学することで、日本の深い文化や美しい自然、あたたかい人のつながり、そして解決すべき課題などにリアルに触れながら学ぶことがでます。

海士町長になりたい子をつくる

――将来、日本の政治を担う子も出てくると思います。そんな若者たちにメッセージをお願いします。

【笹川】 “政治家とはなんぞや”ということを考えなければならない時代になっています。スウェーデンの知人が2期政治家をやっていたのですが、その友人に「2期もやったんだから、次は大臣になれるんじゃない」と言ったところ、「私は国民として、社会のために奉仕したいと思って政治家をやっているので、2期もやれば国民として役割を果たしたと思っている。あとは自分のやりたい仕事をやる」と言っていました。これが政治の原点だと思います。

 権力のために政治をやるのではなく、人のために政治家をやるという考え方です。問題点と答えは現場にあるのだと言いたいですね。我々は政治家を使うものだと認識すべきだと思います。我々の認識が変われば政治家も変わると思います。

 若者にとって政治家が尊敬される仕事になるべきで、これからの日本は、首相を目指す子どもを生み出す必要がありますね。今回海士町を訪ねて、海士町の島前高校で学んだ学生の中に、将来、海士町長になりたいという子がいることを知りましたが、まさにそういうことですよ。

若者の支援に全力を注ぐ笹川会長のエネルギーの源泉は…

【岩本】 会長は、全世界、日本全国で精力的に活動していますが、そのエネルギーの源泉はどこからくるのでしょか。

【笹川】 それはね、私が若いころ友人が少なくて孤独に耐える必要があって、人生とは何なのか考えたとき「素晴らしい死に方をしたい」と考えるようになったんです。総理大臣になろうが、何千億円残そうが、関係ないんですね。シェイクスピアがいうように「終わりよければすべてよし」なんです。自分が納得いく人生を歩むことが大事。だから自転車操業で走り続けているんです。

 あれもやっておけばよかった、これもやっておけばよかったという悔いの残る人生にはしたくない。常に全速力。それは25歳のときそう思ったんだよね。人間は、愛する人をいつでもなくすことがあるから、自分が強靭である必要があるんだよね。

【岩本】 どうやってその強靭さを身につけられてきたのでしょうか。

【笹川】 強靭だって思えばいいんだよ。私は、脇も横も見ない未来志向。器用に軽業ができる人間じゃないから、自分の人生を歩むし、野垂れ死んでもいいと思っています。自分で自分の始末をつける。生きているうちに自分がよく思われようが、死んだら忘れられる。死んだ後に何十年か経って、あの人は立派な人だった言われればいいのです。

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