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法律家に聞く―民泊事業者の届出はなぜ進まないのか? (2018/4/24 九州大学大学院法学研究院教授 寺本振透)

関連ワード : 条例 民泊 法律 

 2018年6月15日の民泊新法施行に先立ち、3月15日から住宅宿泊事業者の届出がスタートしましたが、各自治体での届出は数件に留まっていると報じられています(例えば、群馬県5件、石川県0件、富山県0件、沖縄県9件=4月17日付の上毛新聞、4月14日付の北國新聞、4月14日付の沖縄タイムス)。法律や国が定めるガイドラインの解釈が自治体間で異なるなど、届出の手続きが複雑化しており、管理会社に業務を委託する基準も分かりづらいなどの理由から、法律の専門家などへの相談も増加しています。届出制度と管理委託の手続きについて、九州大学大学院法学研究院 寺本振透(しんとう)教授に寄稿していただきました。

民泊ガイドラインは任意で強制力はない?

 「私は、自宅を3時間不在にするのですが、民泊新法では専門の管理業者に委託が必要だと、市役所(区役所)の窓口に言われました。」という声が聞こえてきます。お役所では珍しくないことなのですが、届出窓口の担当者には、法律上求められていることと、強制力がないガイドラインによって示されていることとの区別がついていないようです。本稿では、住宅宿泊事業法、いわゆる民泊新法における、届出制度と、管理の委託がどのような場合に必要なのかを解説します。

「届出制度」の法律的な意味を解説

 役所の窓口で、住宅宿泊事業の「届出書」の提出以外に、近隣への説明や、建築士による現地調査など、いろいろな指導を受けることもあるようです。このようなときに、どう対応すればよいのでしょうか。実は、届出の後に行えばよい作業もあり、すべての準備を届出前に用意しなければならないわけではありません。その理由を解説します。

 住宅宿泊事業法(民泊新法)は、住宅をお持ちの方が、できるだけ簡便に事業を始められるように、さまざまな行政手続の中ではいちばん簡単なレベルの「届出制度」を採用しています。

 「届出制度」とは、ある人が行政(県庁、市役所、区役所など)に情報を提供する制度です。個人や企業が役所に書類を提出し、その書類に不備がなければ、届出が完了したことになります(行政手続法第37条)。

 民泊の届出に関しては、役所の窓口で、近隣への説明や、建築士による現地調査などをしなさいと指導されることもあるようですが、それは、民泊新法の「届出制度」とは別の、役所が任意に行う指導にすぎません。役所は、任意に行う指導に従わない市民や企業に対して、不利益な取扱いをしてはいけないのです(行政手続法第32条)。つまり、「届出」とは別の指導に、市民や企業がどの程度応ずるかによって、「届出手続」が滞るということは、あってはならないことなのです。

 民泊の届出に関して、役所の窓口でいろいろ指導を受けることもあるかと思います。そういったときは、役所の指導は真摯に対応しつつも、「届出」手続そのものはきちんと進めてもらうように、丁寧に求めることが大切でしょう。

 例えば、「建築士による確認は後日やって、終わったら報告します」「近隣の方にも説明をするつもりなので、後日報告します」といった説明をして、役所の心配には真摯に対応する姿勢を示しつつ、「届出」手続は滞りなく進めていただくように、念押ししておきましょう。

専門業者への委託が必要なのはどんなとき?

 住宅宿泊事業者は、どの程度自宅にいないと、管理を委託しなければいけないのでしょうか。実は、何時間までならOKとか、何時間を超えるとダメとか、法律で決まっているわけありません。よく言われる1時間とか2時間とかという基準は、一つの目安でしかありません。その理由を解説します。

 民泊新法は、一般市民が想い描く「住宅」で「お客様を自宅に泊める」ことを「住宅宿泊事業」として想定しています。ただし、適切に業務(*1)を実施することができない場合に備えて、専門業者(住宅宿泊管理業者)に委託が必要な場合が定められています(細かい内容を確認されたい方は、最後の表を見てください)。では、専門業者への委託が要らないのはどのようなときでしょうか。

 例えば、自宅で旅行者を受け入れる場合、自分で管理ができます。民泊新法では、生活の本拠(自宅)と宿泊させる住宅が同じ建物・敷地内で、5部屋以下の場合などであれば、委託の例外になる、つまり、委託が必要ないとされています。(*2)

 民泊ポータルサイトでも、管理の委託義務の例外として「住宅宿泊事業者が自己の生活の本拠として使用する届出住宅が同一の建築物もしくは敷地内にあるとき又は隣接しているとき」かつ「届出住宅の居室であって、それに係る住宅宿泊管理業務を住宅宿泊事業者が自ら行うものの数の合計が5以下であるとき」と説明されています。

民泊制度ポータルサイト

 さらに、管理業務のうち、非常用照明器具の設置・避難経路の表示は、部屋の構造を知らない人が滞在することを想定しているため、住宅宿泊事業者が「不在とならないとき」は対応が不要です。

 滞在・不在の考え方ですが、「日常生活を営む上で通常行われる行為に要する時間」であれば「不在」ではないとされています(省令第9条第3項)。

 「日常生活を営む上で通常行われる行為に要する時間」について、ガイドラインは、一概に定めることは適当でないとしつつ、原則1時間という目安を示しています。しかし、ガイドラインは、法律的な拘束力を持つルールではありませんし、どこからみても違法と疑われないような確実に安全な範囲を示すものですから、厳密にガイドライン通りでなければ違法というわけではありません。

 ガイドライン自身が明確に述べているように、1時間以上の外出がすべて「日常生活を営む上で通常行われる行為」の範囲を超えるわけではありません。例えば、1時間を10分、20分過ぎたからすぐに問題になるわけではありませんし、何時間はOKで何時間はダメか決まっているわけではないのです。

 実際に、役所の窓口に民泊の届出をする際には、「あなたは一日何時間外出しますか?」と聞かれても、「自宅に住んでいて、旅行者の受け入れをします。用事がなければ、基本的に自宅にいます」と丁寧に説明すればよいのです。役所に対して無理な約束をする必要はありません。

■玄関などに貼らなければならない標識の種類

Aの場合の標識(玄関などに貼るもの、以下同様)
標識A

Bの場合の標識
標識B

C、Dの場合の標識
標識CD

*1 「住宅宿泊管理業務」として、清掃、非常用照明器具の設置、宿泊者名簿の備付け、苦情対応などが定められています(法第5条~第10条)。

*2 民泊新法における管理の実施については、条文以外でも立法趣旨を伺える方針が示されています。例えば、「「民泊サービス」のあり方に関する検討会最終報告書」においては、「「家主居住型(ホームステイ)」とは、住宅提供者が、住宅内に居住しながら(原則として住民票があること)、当該住宅の一部を利用者に利用させるものをいう(この場合、住宅内に居住する住宅提供者による管理が可能)」(平成28年6月20日)とされています。

寺本振透(てらもと しんとう)九州大学大学院法学研究院教授

【著者プロフィール】
寺本振透(てらもと しんとう)九州大学大学院法学研究院教授
東京大学法学部法学士卒業/第一東京弁護士会登録(1987.4~2014.3)/西村眞田法律事務所(1987)にはじまり、寺本合同法律事務所(1996)などを経て、西村あさひ法律事務所(2000~2014.3)/東京大学法学部・大学院法学政治学研究科法科大学院教授(2007)/九州大学大学院法学研究院教授(2010.4~現在に至る)

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