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“ルールメーカー”トランプ・アメリカとの共生の探求(前編) (2017/4/3 松下政経塾36期生 深作光輝ヘスス)

関連ワード : アメリカ 大統領選 

 トランプ政権が始動して早2カ月が経過した。当選から就任まで日本国内においてもトランプ氏が本当に大統領としてふさわしいのか、アメリカは今後どこに向かうのか、世界は(我々の理想とする)アメリカを失ったのか、といった不安の声が多く聞かれた。

 当初は「トランプ大統領」という名詞にさえ違和感を覚えていた我々であったが、二カ月経ち思っていたよりもトランプ氏が“クレイジー”でないことを学び、徐々に落ち着いた目でアメリカ合衆国と第45代大統領を見るようになってきたのではないか。

 米国史上初の公職に就いたことのないトランプ氏の過激な発言は、大統領選出馬表明前から世界に衝撃を与え、注目を浴び続けてきた。それらの発言の影響を受け、トランプ氏は常にニュースの、そして人々の頭の中に一定のスペースを占拠するようになり、大統領当選の瞬間から、我々は“トランプアメリカ”と共生する方法を探求することが一つの命題となった。

 選挙戦序盤から彼の発言は常に人々を驚かせ、メディアの注目を集めた。中でもツイッターを使った発言は世界中にダイレクトに彼の言葉を届けるものとして、良くも悪くもフィルターのかかっていない主張を示すツールとなり、大統領就任後の現在も有力なツールとして機能している。泡沫候補とまで揶揄されていたトランプ氏がホワイトハウスの住人となった理由は何か。

ホワイトハウス

「多くのイスラム教徒が9.11を祝福していた」

 その一つに彼が社会のルールに従って行動するのではなく、自らのルールを設定し、自らのフィールドに社会を引きずりこんだことが挙げられる。

 選挙戦がまだ下火にあった2015年11月、中東政策について問われたトランプ候補は「多くのイスラム教徒が9.11を祝福していた」と発言。この発言は国内外で注目され、トランプ氏の対イスラム観がどのようなものであるか示すものとなった。

 就任後に中東7カ国からの入国を禁じた大統領令を発するきっかけとなった発言はこの“9.11発言”の翌月、自身のウェブサイトの声明として発信された。声明では入国を禁止する国は特定していないものの、イスラム教徒全体を入国禁止対象として掲げ、世界中、特にイスラム教国からの強い反発を受けた。同様に就任直後大統領令を発し、大きな注目を集めているメキシコ国境の壁建設もこの時期の発言である。これら発言を取材したCNNの記者は「エンターテインメントとしては面白い発言」と報道している。

 世界を驚かせた多くの発言は今までのアメリカ(少なくとも大統領候補者の発言)では考えられないものばかりであった。もちろんトランプ氏もそのことは重々承知の上で発言したのであろう。仮にそれに気づいていなかったとしても、世論の反応を通じその影響を理解していたはずである。しかし彼はその発言を取り下げることはなく、むしろ声高にそれらを主張するようになった。その結果、我々は彼の一挙手一投足にこれまで以上に注目せざるを得なくなり、他の候補者の(ある意味で一般的かつ優等生的)主張は、陰に隠れて存在感が低下することとなった。

 様々な発言の真意が、注目を集めることで隠れていた支持層を活気づけるためのものだったのか、はたまた額面通り彼の思想そのものなのか、今の我々には判断することは難しい。しかしいずれにせよ、世界の目を自分に向け、「アメリカにとってどのような政策が重要か」という政策論争ではなく「トランプの目指す世界(政策)をどう評価するか」という全く別軸にオーディエンスを引きずり込み、我々は気づかぬうちにトランプ劇場の観客になっていた。

「“トランプを演じる”ことで人々を魅了している」

 27年前、若き日のトランプ氏はプレイボーイ誌のインタビューで自らの成功について質問され、「私はショーを演じているだけだ」と答えている。インタビュアーに「ショーとは何か」と問われると「“トランプ”を演じることさ」と答え、「“トランプを演じる”ことで人々を魅了していることを実感しているし、今後もこの演技を続けていきたい」と語っている。

 トランプタワーを金色にしているのは観客の注目を集める舞台装置として必要だからとまで語り、彼が意識して人々の注目を集める手段を選んできたことは明らかである。この手法を通しビジネスマンとして成功し続けてきたトランプ氏の成功体験は大統領選でも活かされることになった。過激な発言をすることは“トランプ役”を全うするための役作りなのである。トランプ氏は自身の過激な発言で人々を効果的に自らのフィールドに招き入れ、劇場の固定客にする方法として戦略的に使っているということを我々は常に意識しなければならない。

 就任から2カ月、過去の過激な発言は必ずしも真意ではない可能性があることがトランプ氏の対日発言の中にも見えてきた。

 大統領選期間には在日米軍の駐留経費負担増、自主防衛のための核武装など、日本のメディアでも大々的に報道され、もし彼が当選してしまったら駐留経費の100パーセント負担を求められるのではないか、日本の安全保障への米国の関与が薄くなるのではないかなど、不安の声が多く聞かれた。

 しかし、2月10日に開催された日米首脳会談では「米軍を駐留させてくれて感謝している」と言った発言まで飛び出し、核武装については一切触れられることは無くなった。選挙期間中には、トランプ氏が外交の素人であることを心配するような報道がなされることもあったが、世界的に核兵器を減らすべきであるという声が高まっていることを、トランプ氏が知らなかったはずはない。

 日本核武装論は本当に日本に向けられた発言だったのであろうか。むしろ、米軍が他国を守るために国外に軍隊を駐留させており、国内の問題よりも国外でのプレゼンスを大事にしていることに不満を感じるトランプ支持者に向けられた発言だったと考えられる。「アメリカファーストのため、他国はできる限り自主防衛に努めるように」という主張がトランプ劇場の「核武装せよ」という台詞に入れ替わったとのではないか。

すでに始まっている“2020年大統領選”キャンペーン

 また、大統領就任後に「中国・日本は為替操作をしてきた」と発言したことも、別の視点から見ると必ずしも日本・中国批判を目的としているものではない。ここで今一度当時の発言を振り返りたい。

“ You look at what China’s doing, you look at what Japan has done over the years. They play the money market, they play the devaluation market and we sit there like a bunch of dummies. ”

 発言の冒頭、中国・日本が通貨安を誘導し、マーケットを不正に操作していると発言している。多くの報道はこの部分のみを切り取って、「トランプ氏、日本の為替政策を批判」などと一斉に報じた。この発言に関しては安倍首相も国会で、日本が行ったのは金融緩和であり、為替操作ではないとトランプ氏に回答するかのように答弁している。またこの発言により、一時円高に振れるなどの影響が出た。

 しかし、本当に注目すべきはその中国・日本の為替操作発言の直後の“and we sit there like a bunch of dummies(その間、アメリカは馬鹿みたいに何もせずにただ座っていた)”にあるのではないか。トランプ氏は選挙戦からずっとオバマ政権の政策がいかに無意味で、誤ったものであったかを批判し続けてきた、これは今後彼がとる政策がいかに正しいものであるかということを証明するためのツールであり、今後取り得るいかなる政策も、前政権より優れたものである事の後ろ盾にしようとしているのである。

 またトランプ氏は確実に4年後の再選を見据えており、これまでの大統領では考えられない、就任1カ月の段階で、2020年の選挙キャンペーンを開始していることにも注目しなければならない。大統領を2期務めることが目標のトランプ氏にとって、自分の政権の正統性を前面に押し出すことは重要な戦略であり、就任前・初期においては前政権までの政策を痛烈に批判し、(進捗がなくても)前進している姿を訴え続けなければならないのである。

 為替操作の発言もこれに鑑みると、中国や日本の行っていることよりも、『アメリカ(前政権)が何をしてこなかったか』ということを強く国民に示すことに意味があるのではないかと考えられる。本当に為替操作を問題視していたのであれば首脳会談においてそのテーマが挙げられるべきであろうが、我々が知る限り一切触れられることはなかった。

 総理の訪米に同行した関係者の話によると、トランプ氏は様々な報道で見るような態度は一切なく、終始スマートで紳士的であったという。国民の前での姿、ハイレベル会合での姿、記者・カメラの有無など、状況に合わせ「今はどの役で臨むべきか」を使い分けているトランプ氏。様々な発言の真意はどこにあるのか。我々はトランプ劇場のルールブックを理解することに努めながら、彼の特徴を念頭に置いたうえでトランプアメリカと向き合っていかなければならない。

(後編へつづく)

<筆者プロフィール> 深作光輝ヘスス(松下政経塾第36期生)
深作光輝ヘスス

1985年ペルー、リマ出身。成蹊大学経済学部経済学科卒。2009年から2012年、民主党政権下の日米関係が大きく揺れる中、ワシントンD.C.の日本国大使館で在外公館派遣員として3年間勤務。大使に同行し、オバマ大統領、クリントン国務長官(いずれも当時)等米側閣僚との会談にも同席。盤石な外交基盤を作るには長期的国家ビジョンを掲げた上で外交に携わる必要性を強く感じ松下政経塾に入塾。

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