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米大統領選に見るトランプ旋風の深層~正しさに疲れたアメリカ人~ (2016/10/7 松下政経塾34期生 斎藤勇士アレックス)

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11月8日に迫った2016年米大統領選挙の投票日

 4年に1度の米大統領選挙は、本選が11月8日(現地時間、以下同様)に迫り、いよいよ佳境を迎えている。9月26日には、過去の大統領選挙で勝敗に大きな影響を与えたと言われるテレビ討論会が行われた。共和党のトランプ候補と民主党のヒラリー候補の初の直接対決とあって、大方の予想通り視聴者数は過去最高の8400万人(米調査会社ニールセン発表)となった。

 2008年のオバマ氏(現大統領)の選挙戦が生んだ熱狂と地滑り的な大勝利は記憶に新しいが、この選挙戦での相手候補との1回目のテレビ討論会の視聴者数が5240万人であったのと比較すると、今回の大統領選挙がいかに大きな注目を集めているかが分かる。そしてこの注目度の高さは、紛れもなくトランプ氏が展開する異常な選挙戦によるものなのだ。

米大統領選挙の仕組み「勝者総取り方式」

 一体なぜ、差別的な中傷を繰り返し、政治家としての経験を一切持たず、ビジネスマンとしても自分の会社を何度も破産に導いているトランプ氏に多くの国民が熱狂するのか。この異常な大統領選挙を通じて、米国社会の「いま」が見えてくる。その前にまず、米大統領選挙の仕組みをおさらいしておこう。

 米大統領選挙の本選は、アメリカ合衆国を構成する50の州とワシントン特別区それぞれの規定に従って行われる。その選挙システムは、概ね人口比で各州に振り分けられた「選挙人」の獲得数を競い合うという少しわかりにくい形式をとるが、重要なのはほとんどの州が「勝者総取り方式」、つまり1票でも多く票を獲得した候補に、その州の選挙人すべてを与える方式を採っている点だ。この方式が米国の大統領選挙の性格を決定づけている。

激戦州の勝敗が次期大統領を決める

 具体的には、(1)得票総数が多い候補が勝つとは限らない、そして(2)選挙の勝敗を決める争点となる州の数が絞られる、という特徴を米国の大統領選挙は持つ。(1)の点に関しては、2000年のブッシュ(共和党)対ゴア(民主党)が直近の好例で、得票総数ではゴア氏が勝っていたのにも関わらず、勝者総取り方式によって選挙人をより多く獲得したブッシュ氏が当選し大統領となった。

 そして(2)の点が、米大統領選挙を理解する上で最も重要になる。リベラル政党である民主党は西海岸やニューヨーク州を含む北東部を地盤とし、逆に保守政党である共和党はテキサス州などを含む南部を地盤としている。こういった州では有権者の支持政党がどちらかに大きく偏っているため、どのような候補であろうと勝つ政党が決まっている。

 例えば、トランプ氏はニューヨーク州出身だが、共和党候補である彼が民主党の牙城であるニューヨーク州を制する可能性はゼロだ。勝敗が最初から見えているのなら、勝者総取り方式のもとでは勝つ方も負ける方も票数を積み増すことは無意味だ。そのため選挙の焦点は自然と、支持政党別の有権者数が拮抗している州に集まるし、これらの州の勝敗が次期大統領を決めることになる。今年の大統領選挙では、フロリダ州、ペンシルベニア州、オハイオ州など10州程度が激戦州となると予想されている。残り1カ月となった選挙戦、残り2回のテレビ討論(10月9日および19日)をこなしつつ、両候補はこれらの激戦州に的を絞って選挙戦を展開することになる。

2016年アメリカ大統領選の選挙情勢

青がヒラリー氏(民主党)、赤がトランプ氏(共和党)の勝利が見込まれる州。灰色が激戦州となる。

トランプ旋風が生んだ対立の構図

 筆者は笹川平和財団(米国)の連邦議会フェローとして、ワシントンDCに2016年8月までの1年間滞在していた。その間、共和党の下院議員の事務所でフェローとして勤務しながら、トランプ旋風を米国政治の内部から経験した。選挙戦の早い段階から、当初泡沫候補として軽視されていたトランプ氏が躍進したことの理由としては、さまざまな説明がなされていた。

 確かに、米国で政治不信が高まっており、非政治家であることがトランプ氏の有利に働いたり、あるいは貧富の差が拡大し続けていることで、労働者層が反自由貿易を唱えるトランプ氏を支持したりすることはあるかもしれない。しかし、こういった小奇麗な説明は、トランプ氏がここまで躍進した本質的な説明としてはいずれも不十分だと筆者は感じる。ヒラリー対トランプは、エリート政治家と非政治家の戦い、あるいは国際派と国家主義者の戦いというよりは、「アメリカ」が多文化・多民族共生の国家なのか、あるいはキリスト教的価値観に基づいた白人国家なのか、を巡る生臭い戦いと理解する方が本質に近いだろう。

筆者と連邦議会でのフェロー先のスタッフ

筆者と連邦議会でのフェロー先のスタッフ

「アメリカ的なもの」をめぐる戦い

 筆者は米議会でのフェローシップを通じて多くの共和党員と関わったが、米国のエリート層が集まるワシントンDCでトランプ支持者を見つけることは難しい。そういった人たちは、トランプ氏の外交政策や経済政策が支離滅裂であることを理解している。数は少ないながら、トランプに投票すると言っている人にその理由を聞くと、大体帰ってくる答えは「民主党(ヒラリー氏やオバマ大統領)がリベラルすぎるから」というものだ。保守派の中には、オバマ政権が進めた同性婚を認める諸政策や、シリア難民の受け入れなど、リベラル寄りの方向性に危機感を覚える人が多い。

 日本人は、ハリウッド映画やテレビドラマ等を通じて「アメリカ」のイメージを形成することが多いと思うが、そういったメディアで映し出される米国の日常は民主党が地盤とする大都市圏(ニューヨークやカリフォルニア)のもので、実はその他の米国社会の半分は極めて保守的である。例えば、リベラルな大都市以外で異人種間のカップルを見ることは少ないし、同性愛は隠すべきものとして忌避される風潮が根強い。こういった保守的な人たちの中には、イスラム教徒や同性愛者など、価値観が異なる市民が増えることに肩身の狭さを感じるばかりか、「アメリカ」が侵略されているという意識を感じている人々がおり、彼らの不安感・本音を初めて全国政治の場で代弁してくれている人物として、トランプ氏が支持されているのだ。通常の政治家なら命取りになる人種差別的、イスラム敵視、障碍者差別的な発言を繰り返しても、トランプ氏の人気が落ちないのには、こういった背景が存在する。

堂々と「メリークリスマス」と言いたい

 これまでは声に出すことは憚られたけれど、本当はイスラム教徒が増えることは不安だし、やっぱり12月25日には堂々と「メリークリスマス」と言いたい(近年、米国では特定宗教のお祝いを公の場ですることはタブーとされている)。何よりも、米国を自分たちの手に取り戻したい。多文化共生といったリベラルな理念が「政治的に正しい」ことは頭ではなんとなく分かっているけど、その「正しさ」にもうついていけない。本人が意図したかは不明だが、トランプ氏の選挙戦は、リベラル化する社会に反発を強めた多くの保守派にとって「アメリカ」を取り戻す戦いとなっているのだ。

政治的に正しくないからこその支持

 「奴らを皆殺しにしろ!」筆者が参加した米南部の保守的な地域で開かれたチャリティーイベントにおいて、ある有名な保守派の論客が基調講演で放ったこの一言に、聴衆は熱狂していた。この発言はイスラム過激派組織ISIL(イスラム国)に関する文脈で使われたが、皆殺しという言葉に熱狂するほどの赤裸々な怒りに、内心恐怖を覚えた。

 トランプ氏を支持する人たちは、自分たちの主張が「政治的に正しい」ものでないことは理解している。だからこそ、それを唯一代弁してくれるトランプ氏を支持するのだ。事実、トランプ氏は共和党の予備選挙において、普段投票に行かない無党派層を多く掘り起こし、勝利を掴んだ。無党派層や外に言いづらい不満を抱えている人の動向は電話で行われる世論調査ではつかみにくい。第1回のテレビ討論の後、ヒラリー氏が世論調査ではリードを広げているが、トランプ対ヒラリーの大統領選挙は開票まで全く予断を許さないだろう。

トランプ旋風は終わらない

 そして同時に、今年の大統領選挙が終わっても、トランプ旋風が生み出した米国政治の変調が止まるわけではないことを認識することが重要だ。政治的に不適切な発言をしたり特定の集団を中傷したりすることで大統領選挙を戦える程の大きな支持が集められることが明らかになったことで、これからもトランプ氏のような論調で選挙を戦う候補が出てくることが予想される。

 筆者がワシントンDCで出会った政治家やそのスタッフは人間的に素晴らしい優秀な人たちばかりであった。彼らが党派対立を超えてワシントンDCの政治を立て直さない限り、トランプ氏が生み出した「ならず者」の政治は、これからもワシントンDCを悩ませ、米国の未来に暗い影を落とすことになるだろう。

<筆者プロフィール> 斎藤勇士アレックス(さいとうゆうしあれっくす)
斎藤勇士アレックス

スペイン生まれ。5歳の時に来日し大阪で育つ。同志社大学卒業後、5年間の証券会社勤務を経て、2013年4月に34期生として松下政経塾入塾。在塾中の2015年に笹川平和財団(米国)とアメリカ政治学会の米国議会フェローに選出される。1年間のワシントンDC滞在中は米国連邦議会のフレイシュマン下院議員事務所(共和党、テネシー州3区選出)にてフェローとして勤務した。本稿へのお問い合せは松下政経塾のHPまで。

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