【埼玉ローカル・マニフェスト推進ネットワーク 主権者教育】
第5回 主権者教育の補助教材活用―模擬選挙を通じて投票に必要な情報の集め方や、理解の仕方を学ぶ機会に (2016/12/14 埼玉LM推進ネットワーク事務局 原口和徳)
18歳選挙権の導入を受けて、模擬選挙に代表される主権者教育へと注目が集まっています。模擬選挙が生徒たちの政治に対する意識のハードルを下げる機会となるのと同時に積極的な市民として主体的に政治にかかわるためのきっかけとなるように、授業ですぐに使える補助教材(ワーク集)を紹介していきます。
第4回 主権者教育の補助教材活用―模擬選挙を通じて話し合いの大切さや技法を学ぶ機会に
なお、本連載で取り上げるワーク以外にも、早稲田大学マニフェスト研究所が編者となって、模擬選挙の事例及び補助教材、海外の主権者教育を紹介する書籍を刊行しています。ぜひ、ご参照ください。
地域とのつながりを考えよう
本カテゴリーに属するワークでは、自身が暮らす地域のことや、自分と地域とのつながりを発見していきます。今回紹介するワークでは、自身が暮らす地域について集めた情報をわかりやすく表現する方法として、「世界がもし100人の村だったら」の表現手法を学びます。本ワークを通して、地域の特徴を発見するとともに、選挙やまちづくりに主体的に参加するために必要となる情報やその見付け方についても検討していきます。
選挙の情報を集めよう
「仮に、65歳以上の方を高齢者と呼ばせていただいた場合、まちのどれくらいの人が高齢者だと思いますか?」
「5人に1人くらい?」「「いや、少子高齢化が問題だって言われることがあるし、もう少しいらっしゃるんじゃないかな」等々。公開討論会や地域の政策づくり、選挙公約の検証会などで機会をみつけて学生たちに聞いてみると、様々な声が返ってきます。
まちによって違いはありますが、公開討論会のコーディネーターとして携わってきたまちの多くでは、すでに4人に1人は高齢者となっていることがほとんどです。同じ事柄を伝える場合でも、「高齢者の方は県内に180万人います」と伝えるのと、「県民の4人に1人が高齢者の方です」と伝えるのでは、情報を受け取る側の感じ方が異なってくるようです。
冒頭の例ですと、「4人に1人」などの単純な数字で表現をした際に生徒たちが示す「はっ」と何かに気づいたかのような表情はいつもとても印象に残ります。
政治や選挙に関する情報は、様々な形で入手することができます。しかし、日常生活と比べるとあまりに規模が異なり、情報を受け取った側がその本質的な意味を捉えきれない場面を目にすることもしばしばあります。代議制民主主義の仕組みを機能させるためには、有権者の手もとに十分な情報があり、それを理解、判断できることが重要です。そうでないと、有権者は自らの代表者となる政治家に託す意見を持つことや、誰が自分たちの意見を実現してくれそうなのかを判断し、自分の意思で候補者や投票先を選ぶことができなくなってしまいます。
本ワークでは、主体的に自分たちの代表者を選ぶために必要となる情報を入手する方法や、集めた情報を解釈、理解していくための方法を考えていきましょう。
主権者教育と本ワーク
マニフェストの普及をきっかけとして、選挙の際に公約が重視される傾向が強まっています。しかしながら、これらの多くは政治家側の立場、用語で書かれているものが多く、公約の中で言及される取組みや用語を理解するために、有権者の側で調査、確認する必要があることもままあります。特に、社会的経験の少ない若年層の有権者にとっては、他の世代以上に公約に記載された内容を読み解くハードルが高くなります。
代議制民主主義の仕組みの中では、有権者が選挙を通じて政治家を選び、政治家が有権者の代表として政治的な意思決定を行います。そこでは、有権者が「誰が自らの意見を代表することのできる政治家・政党であるかを選び、選挙での投票を通して最善の政治家・政党を選出している」と政治家に認識させることができたとき、政治家の側で有権者の望みを実現しようとする動機が高まり、仕組みが安定していくことになります。
民主主義を安定させるために、政治の世界だけでなく、市民社会の討議も重要視する討議(熟議)民主主義も様々な形で実践されています。そこでは、「誰でも自由に情報を入手できること」が基本条件の1つとなっています。
未来の有権者である若者に優しいサポート、情報の分析、表現の方法は、他の世代にとっても優しいものであり、代議制民主主義を支えるユニバーサルデザインに則った仕組みとも言えるものです。自らの代表者を主体的に選ぶための基礎となる、情報の分析、解釈の方法について学び、気づきを得ていくことが本ワークには期待されます。
本ワークと選挙
人は、知り、理解することができるからこそ、物事に意味を与えることができます。
生徒たちの日常と比べると、政治が扱う情報は格段に規模が大きくなり、実感を伴って判断することが難しくなります。また絶対的な数値だけにとらわれると、大局を見失ってしまうこともあります。結果、自身の理解、思考の範疇におさめることができず、表層的な理解、判断となってしまうことがあるかもしれません。表層的な理解は、時として扇動的な指導者に付け込まれる隙となってしまうこともあります。
有権者の側で、よく考慮された意見が作られ、投票行動に反映されるとき、政治家の側が有権者の期待に応えようとする意識が高まります。熟慮された意見、投票行動を行うためには、自らが重視する政治的課題を発見し、自らの意見を持つことや、各政治家の立場や実行力を認識できることが必要となります。本ワークにおいて情報の分析、解釈の仕方を学ぶことが、このような思考を深めていくための第一歩となることが期待されます。
本ワークの進め方
本ワークでは、規模の大きな情報を可視化する手法として「100人の村」の表現方法を学びます。その後、用意された情報を基に実際にフレーズを作成します。また、フレーズ作成後に、使用した情報の入手元を紹介することで、政治や社会的事象に関する様々な情報が存在していることを学びます。
指導のポイント
情報をわかりやすく伝えるためには、様々な方法が用いられています。例えば、100人の村と同じ比喩表現でも、「世界で最も貧しい大統領」として知られるホセ・ムヒカ元ウルグアイ大統領が「ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てば、この惑星はどうなるのでしょうか。息をするための酸素がどれくらい残るのでしょうか。」という表現を用いて行った演説は、インターネットを介して世界中の人々に鮮烈な印象を与え、「もっとも衝撃的なスピーチ」と呼ばれることもあります。
視覚に訴えかける手法も、様々なものが開発、活用されています。情報やデータ、知識を図などでビジュアル的に表すインフォグラフィックは、今夏の参議院選挙の際、様々な政党や若者の意識啓発活動の中で活用されています。
地域のことを考えるとき、そこには様々な情報が数字で表されていることに気がつきます。これらの情報は、絶対的な数値として扱うことが適切な時もありますが、相対的な評価が必要となるときも多々あります。その時に、情報の捉え方として、比喩表現や、割合で表現をすること、自分たちに身近な単位、ビジュアルでとらえること等、様々な方法を活用していくことが理解を助ける道具となります。
地域の課題やその解決方法を考えていく第一歩として地域の現状を知るために、これらの手法を活用していくことが期待されます。
(補助教材では各パートについてより詳細な記述をしています。それらについてもぜひご参照ください)
■主要参考文献
飯田健、松林哲也、大村華子『政治行動論』有斐閣ストゥディア、2015年
池田 香代子 (著)、C.ダグラス・ラミス (翻訳) 『世界がもし100人の村だったら』マガジンハウス、2001年
江上治『あなたがもし残酷な100人の村の村人だと知ったら』経済界、2015年
川人貞史・吉野孝・平野弘・加藤順子『現代の政党と選挙〔新版〕』有斐閣アルマ、2011年
佐藤美由紀『世界で最も貧しい大統領ホセ・ムヒカの言葉』双葉社、2015年
篠原一(編)『討議デモクラシーの挑戦』岩波書店、2012年
篠原一『市民の政治学』岩波新書、2004年
待鳥聡史『代議制民主主義』中公新書、2015年
なお、本ワークについて、PPTファイルでの共有をご希望の方は、筆者(slmnet.info@gmail.com)まで直接ご連絡ください。
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原口和徳(埼玉ローカル・マニフェスト推進ネットワーク事務局)
1982年生まれ、埼玉県熊谷市出身。立命館大学政策科学部卒、中央大学大学院公共政策研究科修了。
地方議会改革の動向調査などを経験したのち、現所属にて公開討論会や市民との協働による検証活動の支援、シティズンシップ教育の研究・提言等を行っています。「(知事選挙における歴代最低投票率ホルダーの)埼玉が変われば全国が変わる」をスローガンに大学生や市民団体と協働して取り組んだ「マニフェストスイッチさいたま」にてマニフェスト賞最優秀賞(市民部門)を受賞(2015年)。blog
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