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【埼玉ローカル・マニフェスト推進ネットワーク 主権者教育】

第4回 主権者教育の補助教材活用―模擬選挙を通じて話し合いの大切さや技法を学ぶ機会に (2016/11/29 埼玉LM推進ネットワーク事務局 原口和徳)

 18歳選挙権の導入を受けて、模擬選挙に代表される主権者教育へと注目が集まっています。模擬選挙が生徒たちの政治に対する意識のハードルを下げる機会となるのと同時に積極的な市民として主体的に政治にかかわるためのきっかけとなるように、授業ですぐに使える補助教材(ワーク集)を紹介していきます。

第3回 主権者教育の補助教材活用―模擬選挙を通じて大切にしたい政策を考える機会に

 なお、本連載で取り上げるワーク以外にも、早稲田大学マニフェスト研究所が編者となって、模擬選挙の事例及び補助教材、海外の主権者教育を紹介する書籍を刊行しています。ぜひ、ご参照ください。

選挙への臨み方を考えよう

 本カテゴリーに属するワークでは、政治参加の機会として選挙を活用していくための“ふるまい方”を考えていきます。今回紹介するワークでは、一見対立しているように見える主張を「原因と結果」の関係に着目して可視化することで、問題点を明らかにし、話し合いの中で合意形成を図っていくことを学ぶ「話し合いと問題解決」をご紹介します。

副教材『話し合いと問題解決』より(スライド1)

副教材『話し合いと問題解決』より(スライド1)

話し合いと問題解決

 「このまちの人口は減り始めていると聞いています。市長にお伺いしたいのですが、このまちは「観光都市」と「居住都市」のどちらを目指すべきとお考えですか。」

 先日、マニフェストの検証イベントの中で、高校生から市長に対して問いかけられたまちの将来像についての質問です。

 舞台となったまちは、若年層の人口流出が続き、少子高齢化の進展とともに人口が減少し始めたところでした。一方、まちでは官民協働しての活動の甲斐もあり、外部集客力のある観光資源を維持、発展することもできています。

 質問をした生徒は、「観光都市を目指すと外部の人が集まり、賑わいが生まれる一方で、落ち着いた暮らしぶりが失われてしまう。居住都市を目指すと、静かな住環境が保たれる一方で、少子高齢化や人口減少がますます進んでしまう。」そんな問題意識を抱いていたようです。

 さて、「観光」と「静かな住環境」については、1つのまちとして両立が難しいのでしょうか。

 他にもこんな事例もありました。

 老朽化が進むまちのごみ処理施設。現在地での建て替えか、新しい場所での建設かで、住民の間で激しい議論が巻き起こり、市長選挙の重要な争点の1つとなっています。

 しかし、この時、とりうる選択肢はこの2つだけでしょうか。

 例えば、近隣自治体が作った広域連合に新たに加入することで、ごみ処理施設の周辺住民との折衝や、事業費用の圧縮などが図られることはないでしょうか。

 民主政治とは、討論によって物事を決める政治であり、話し合いの政治です。多数決という意思決定の方法を採用する場合でも、その過程の在り方によって、結果の実効性は大きく変わってきます。そこでは、話し合いの中で多様な意見が出し尽くされることや、少数派の意見も根拠を明らかにして、多数派の意見と比較、検討されること、支持の多寡に関わらず正しい意見ができる限り取り入れられること等が重要な条件となってきます。

 また、話し合いの中でより多くの人が納得できる可能性を模索することができれば、投票などによって個人の選好を集計した結果によって決めるのではなく、利害対立の状況における交渉解によって決めるのでもない、当事者の間で合意できる意見を見出し、決定していくこともできるかもしれません。

 他者との対話や議論により、考えを深めていくためには、様々な技法が存在しています。本ワークでは、原因と結果の関係に着目し、一見対立する意見でも話し合いを通して合意点を見出し、ともに解決策を見出していく方法を学んでいきます。

副教材『話し合いと問題解決』より(スライド4)

副教材『話し合いと問題解決』より(スライド4)

主権者教育と本ワーク

 主権者意識とはどのようなものでしょうか。

 「政治」=「私たちに関わる問題の解決を通して、望ましい地域を作っていくこと」と定義すると、望ましい主権者(=市民)として、一見すると対立する価値観の間にあったとしても合意点を見出し、解決に向けて取り組む人物像が描かれます。

 主権者教育を通じた到達点としては、生徒たちが学校や家庭といった閉じた世界を出て自ら地域に赴き、地域の「人・もの・こと」に関わり、そこにある問題を共有しながら、地域に暮らす人々と協働をして、問題解決を図ることが期待されます。しかしながら、「望ましい地域の姿」(=価値観)は客観的な優劣がつけにくく、時として対立が生まれることもあります。

 これらの問題に対しては、「正解が一つに定まらない問い」(『私たちが拓く日本の未来』(日本))、「意見の分かれる問題」(『クリック・レポート』(英国))として取り上げられ、近い将来に当事者の一人として直面したときに心がけるべき態度や備えておくべき能力について言及されています。

 本ワークでは、原因と結果の関係に着目し、問題解決を図るための技法として、意見の対立点を可視化すること及び可視化した結果から解決策を導き出すことを学びます。本ワークの経験を通して、生徒が自分たちの身近なところに問題を発見し、当事者として解決に取り組む際の技法についての学びや興味、関心を得ていくことが期待されます。

本ワークと選挙について

 選挙は、人々の間の多様な価値観の対立を乗り越える主要な機会として機能しています。しかしながら、意思決定の方法として選挙や多数決が万能の手段というわけではありません。

 例えば、様々に存在する政策課題に対して、自身の選好とすべて合致する見解を持った政党や候補者をみつけることは非常に困難であることが指摘できます。また、単一のテーマが争われた場合においても、多数決を乱用すると、多数者の専制とも言いかねない事態を招きかねません。例えば、都市と地方、若者と高齢者などの緊張関係はその対立が想像しやすい事例でしょうか。

 選挙をはじめとする多数決による意思決定の結果に実効性や納得感を高めるためには、意思決定に至るまでの過程を充実させていくことが重要です。本ワークで経験する話し合いの技法などを活用することで、お互いの立場や見解の違いを乗り越え、より深い洞察を導くことや、その結果として選挙結果に対する信頼を向上していくことなどが期待されます。

副教材『話し合いと問題解決』より(スライド6)

副教材『話し合いと問題解決』より(スライド6)

本ワークの進め方

 本ワークでは、ワークシートを基にCASEの問題構造を分析、検討し、グループ内で問題解決に向けたロールプレイを行います。話し合いを通して、「原因と結果」に着目した問題の分析、解決策の検討を行い、対立しているように見える主張の間において合意点を見出し、ともに原因を解決していく方法を探っていける場合があることを学んでいきます。

指導のポイント

 今回のケースでは、お祭りの開催を主張する側と中止を主張する側、それぞれの主張を整理するだけでは、お祭りそのもののメリット/デメリットの比較となってしまい、双方が納得することは難しい状況にあります。

 しかし、そこで起きている問題(結果)に焦点をあて、その解決方法を検討してみることで、お祭りの開催/中止以外の方法によって問題を解決することができる可能性が見出せることがわかります。例えば、記入例で示したようなお祭りにおける容器の回収制度は、祇園祭において実施された実績があるように、準備次第で実現可能な解決策となっています。また、ごみ捨て場を増やし、分別を徹底することで、ごみのポイ捨てを減らすとともに資源のリサイクルを促すことは、野外での音楽イベントなどではよく見られる光景です。

 このように、ワークを通して学んだ事柄が現実の社会的問題の解決に役立つことを伝えることで、学びに対する生徒たちの動機づけにつながる可能性があります。

 また、今後の展開として生徒たちにさらなる「話し合いの技法」を紹介することも考えられます。

 社会的問題解決に向けて、世代や立場の異なる人々を結びつけ、問題の解決に向けた方策を導き出していくためにファシリテーションなどの「話し合いの技法」への注目が高まっています。実際に、ワールド・カフェや市民討議会などの話し合いの場が、市民団体や地方議会、行政など、様々な主体によって各地で開催されています。ファシリテーションをはじめとするこれらの技法や取組みのエッセンスについては、明るい選挙推進協会などの様々な団体がweb上で公開しています。

 これらの情報を紹介することで、生徒たちにさらなる学びの機会を提供し、主権者意識を育むきっかけとしていくことも期待されます。

(上記資料のリンク先は、補助教材からご確認ください。なお、補助教材では各パートについてより詳細な記述もしています。それらについてもぜひご参照ください。)

■主要参考文献
沖縄県選挙管理委員会『小さな市民の 大きな力(2012年改訂版)』
香取一昭、大川恒『ワールド・カフェをやろう!』日本経済新聞出版社、2009年
篠藤明徳、吉田純夫、小針憲一『自治を開く市民討議会』イマジン出版、2009年
篠原一『市民の政治学』岩波新書、2004年
篠原一(編)『討議デモクラシーの挑戦』岩波書店、2012年
常時啓発事業のあり方等研究会「「常時啓発事業のあり方等研究会」最終報告書」、2011年
総務省、文部科学省『私たちが拓く日本の未来』、2015年
長沼豊、大久保正弘(編)『社会を変える教育』キーステージ21、2012年

■副教材『話し合いと問題解決』(PDF・1.12MB)

なお、本ワークについて、PPTファイルでの共有をご希望の方は、筆者(slmnet.info@gmail.com)まで直接ご連絡ください。

原口和徳

原口和徳(埼玉ローカル・マニフェスト推進ネットワーク事務局)
1982年生まれ、埼玉県熊谷市出身。立命館大学政策科学部卒、中央大学大学院公共政策研究科修了。
地方議会改革の動向調査などを経験したのち、現所属にて公開討論会や市民との協働による検証活動の支援、シティズンシップ教育の研究・提言等を行っています。「(知事選挙における歴代最低投票率ホルダーの)埼玉が変われば全国が変わる」をスローガンに大学生や市民団体と協働して取り組んだ「マニフェストスイッチさいたま」にてマニフェスト賞最優秀賞(市民部門)を受賞(2015年)。blog

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