第3回 主権者教育の補助教材活用―模擬選挙を通じて大切にしたい政策を考える機会に  |  政治・選挙プラットフォーム【政治山】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
トップ    >   記事    >   第3回 主権者教育の補助教材活用―模擬選挙を通じて大切にしたい政策を考える機会に

【埼玉ローカル・マニフェスト推進ネットワーク 主権者教育】

第3回 主権者教育の補助教材活用―模擬選挙を通じて大切にしたい政策を考える機会に (2016/10/7 埼玉LM推進ネットワーク事務局 原口和徳)

 18歳選挙権の導入を受けて、模擬選挙に代表される主権者教育へと注目が集まっています。模擬選挙が生徒たちの政治に対する意識のハードルを下げる機会となるのと同時に積極的な市民として主体的に政治にかかわるためのきっかけとなるように、授業ですぐに使える補助教材(ワーク集)を紹介していきます。

第2回 主権者教育の補助教材活用―模擬選挙を通じて選挙制度を理解する機会に

 なお、本連載で取り上げるワーク以外にも、早稲田大学マニフェスト研究所が編者となって、模擬選挙の事例及び補助教材、海外の主権者教育を紹介する書籍を刊行しています。ぜひ、ご参照ください。

選挙への臨み方を考えよう

 本カテゴリーに属するワークでは、政治参加の機会として選挙を活用していくための“ふるまい方”を考えていきます。今回紹介するワークでは、生徒たちが自らの重視している政策分野を同じ基準で可視化、議論することを通して、それぞれの態度や価値観があることを学ぶ「注力分野一覧表を作ってみよう」をご紹介します。

副教材『注力分野一覧表を作ってみよう』より(スライド1)

副教材『注力分野一覧表を作ってみよう』より(スライド1)

注力分野一覧表を作ってみよう

 「え、そんな取り組みも市役所はしているんだ」
 「選択肢の『社会資本整備』ってなんだろう」

 模擬選挙などに取り組む生徒たちの声を聞いていると、時々こんな言葉を耳にします。選挙などを通じた政治への参加を考えたとき、私たちは自分自身の知っている範囲で物事を捉え、判断をしていくことになります。時に、社会的な経験の限られている若い世代にとっては、「自分」以外の「誰か」の問題や課題の存在自体を知らず、想像することもできずに、ごく限られた範囲の中で選択を迫られてしまうことも、しばしば生じています。

 一例を挙げてみましょう。都市部に暮らす子育て世代にとって喫緊の課題である「待機児童問題」。統計上、待機児童が存在しないとされている都道府県の数は9団体と報告されています。(出所:厚生労働省「保育所等関連状況取りまとめ(平成28年4月1日)」)都市部では報じられることの多い「待機児童問題」ですが、地域によって生徒たちの受け止め方や、当事者性に違いが生じてくることがあるのではないでしょうか。同じことは、米軍基地やTPPの賛否についても言えるかもしれません。

 「おじいちゃんおばあちゃんのことを考えると、社会保障政策を重視してほしい。でも、私たちが働く環境も整えてもらわないと。どれも大事だから頑張ってほしい」

 生徒たちから、こんな意見を聞くこともあります。

 マニフェストが導入されたときに「『あれもこれも』から『あれかこれか』の選択へ」と提唱されたことに象徴されるように、どの社会問題の解決に取り組んでいくのかは、選挙などを含んだ政治過程を通して決定されていきます。私たちは選挙などの機会を使ってその選択に参加していくことになりますが、問題解決のために費やすことのできる資源が有限であり、私たちの行動を制約していることも知っておかなければならない大切な事実です。

 本ワークでは、主要な政策分野について網羅的に比較・検討する機会を作り、自身の中での相対的な順位づけ、可視化を行います。可視化を進める中で、社会の問題を解決していくための資源には限りがあることを学び、他者との対話を通して政策分野への態度やその前提となる価値観が多様であること、お互いの考えを尊重しあうことの重要性を考えていきます。

副教材『注力分野一覧表を作ってみよう』より(スライド10)

副教材『注力分野一覧表を作ってみよう』より(スライド10)

主権者教育と本ワーク

 私たちは、どのような社会問題の解決を重要だと考えているのでしょうか。また、その考えはどのように形成してきたのでしょうか。同じ社会に暮らすほかの誰かに取って重要な問題や取り組みの存在を知らずに自身の意見を形成していることはないでしょうか。

 注力分野一覧表の作成は、政策分野を網羅的に学ぶとともに、社会問題の解決のために用いることのできる資源の有限性に目を向けさせることで、相対的な順位づけ、ひいては自分自身の政策分野に対する関心や態度を確認する機会を提供します。また、注力分野一覧表を用いて議論をすることで、他者との違いを明確にし、対話を通じて、多様な価値観、考え方が存在することを知る機会を作り出すことができます。対話を通してそれぞれの違いを認識しあうことは、「自分自身の価値を尊重し、互いに他人を尊重しあう」民主主義の精神の理解へと至るきっかけともなります。

 注力分野一覧表の作成、対話をきっかけにして、民主主義の精神へと理解を深めていくことは、話し合いや選挙による決定の重要性を理解することへとつながっていくことが期待されます。

本ワークと選挙について

 異なる価値観を持つ人たちが暮らす社会において、問題解決のための限られた資源の使い方を決める手段として、選挙は重要な機会となります。

 本ワークが提供する方法は、生徒たちが抱く政策への関心や態度を可視化し、感覚的に理解することを可能にします。加えて、その情報の根拠を様々な視点から検討することで、より深い思考へと導くことも期待されます。例えば、「注力分野一覧表の割合は、実行されるべきと自身が考える政策の量を表しているのかどうか」、「注力分野一覧表の割合は作成する時期や状況によって変わることはあるのか」など、様々な問いかけが考えられます。

 注力分野一覧表やグラフを用いて、自分自身の政策への関心や態度を感覚的に理解した上で、様々な考え方から作成する方法があることを知ることは、集めた情報を読み解き、考察をする訓練となります。このようにして、政治的リテラシーを高めていくことで、投票の質を高めていくことが期待されます。

副教材『注力分野一覧表を作ってみよう』より(スライド6)

副教材『注力分野一覧表を作ってみよう』より(スライド6)

本ワークの進め方

 本ワークでは、主要な政策分野の一覧表及びグラフを作成することで、私たちが暮らす社会の問題を解決するための手段である政策への関心や態度を検討します。その後、作成した一覧表・グラフを基にグループディスカッションを行い、問題解決に向けた様々な考え方があることを発見していきます。

指導のポイント

 政策分野ごとの注力度を考えてみることで、生徒たちは体系的にまちのことを考え、これまでに気づくことができていなかった重要なテーマに気づくことがあるかもしれません。選挙に際し、「この政策が望ましい」などの意見を一人ひとりが持つことは、選挙を政治参加の機会として機能させていくための基礎的な条件の1つとなります。このことは、本ワークの実践を通して、ぜひ確認をしておきたい事項です。

 一方、多種多様な政策争点が論じられる選挙において、最も自分の選好に適う候補者を見付けることは、時間的にも、能力的にも非常に負担の大きい行為となります。有権者の多くは、効率よく判断、決断するためのヒントを得るために、様々な情報源(政党やメディア、信頼できる情報提供者等)や、情報の整理の仕方(本ワークの様な可視化の方法や政策の比較一覧表等)を自分の対応できる方法・範囲のなかで活用し、投票に代表される政治・行政への評価、意思決定を行っています。そのような状況を伝えていくことも、若者から政治や選挙を必要以上に遠ざけてしまうことを避けるためには、重要な意味を持ってきます。

 なお、注力分野は、作成をしたタイミングでの重大問題によっても左右されることがあります。リフレクション(問いかけ)において、自然災害などを例に出してその可能性について言及していますが、注力分野一覧表を確認する側は、作成をした当事者を取り巻く事情や環境に配慮して、そこに示された事柄を確認することも大切な姿勢となります。また、日頃から、自分自身がどのような情報を得たうえで意思決定をしていきたいのかを考えておくことも同時に重要なこととなります。

 投票の質を高めていくためには、学習・体験の積み重ねが必要になることが指摘されています。他の世代に比べて社会的な経験や知識が限られてしまいがちな若者が必要な情報を発見していくためには、学校図書室など、外部の専門的な機関を紹介し、結び付けていくことも有力な取組みとして考えられます。

■主要参考文献
「あたらしい憲法のはなし民主主義」企画編集委員会 (編)『あたらしい憲法のはなし・民主主義―文部省著作教科書』展望社、2004年
飯田健、松林哲也、大村華子『政治行動論』有斐閣ストゥディア、2015年
久米郁男、川出良枝、古城佳子、田中愛治、真渕勝『政治学〔補訂版〕』有斐閣、2011年
常時啓発事業のあり方等研究会「「常時啓発事業のあり方等研究会」最終報告書」、2011年

副教材『注力分野一覧表を作ってみよう』(PDF・1.16MB)

なお、本ワークについて、PPTファイルでの共有をご希望の方は、筆者(slmnet.info@gmail.com)まで直接ご連絡ください。

原口和徳

原口和徳(埼玉ローカル・マニフェスト推進ネットワーク事務局)
1982年生まれ、埼玉県熊谷市出身。立命館大学政策科学部卒、中央大学大学院公共政策研究科修了。
地方議会改革の動向調査などを経験したのち、現所属にて公開討論会や市民との協働による検証活動の支援、シティズンシップ教育の研究・提言等を行っています。「(知事選挙における歴代最低投票率ホルダーの)埼玉が変われば全国が変わる」をスローガンに大学生や市民団体と協働して取り組んだ「マニフェストスイッチさいたま」にてマニフェスト賞最優秀賞(市民部門)を受賞(2015年)。blog

関連記事
第2回 主権者教育の補助教材活用―模擬選挙を通じて選挙制度を理解する機会に
第1回 これからの18歳選挙権―補助教材を活用してさらなる主権者教育を
18歳選挙権を「ブーム」で終わらせるな~ステップ・バイ・ステップの主権者教育を始めよう~(前編)
18歳選挙権を「ブーム」で終わらせるな~ステップ・バイ・ステップの主権者教育を始めよう~(後編)
「批判ばかりでは負の感情しか生まれない」―主権者教育で各党の政策比較