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待機児童ゼロへ、人口増加都市:川崎のママさんたちの挑戦―小田理恵子市議 (2016/12/1 川崎市議会議員 小田理恵子)

「本件は全会一致をもって採択すべきものと決しました」
委員長がそう告げた瞬間、そこには感極まってその場に泣き崩れるママさんの姿がありました。

 11月18日、川崎市議会常任委員会である文教委員会にて「川崎市内保育需要の増大に対応するため、新設保育所の4、5歳児保育室等を活用した1歳児クラスの保育所定員枠の拡大に関する請願」の審査が行われました。この請願の趣旨は、新設の認可保育所において定員割れとなった4、5歳児の枠を利用し1歳児の受け入れを行ってほしいというものです。市内の0歳児のママさんたちが声を上げ、この数カ月間活動してきた結果、委員会で採択されたものですが、今回は採択に至るまでの経緯について記したいと思います。

出産直後から始まる「保活」

 川崎市は大規模マンションの建設が続き、今も人口が増え続けております。共働きの子育て世帯の増加も著しく、保育所入所希望者数が年々増加し、定員枠を増やしても増やしても追いつかない状況が続いております。私のところにも今もなお保育に関する相談は後を絶ちません。

 そんな中、今年8月、0歳児のママさんたちから保育に関する相談を受けました。聞けば皆さん来年度に保育所入所することを希望しており、今は毎日【保活】で大変忙しいとの事。子どもを授かり幸せいっぱいの時期に「まさか保育園に入るために0歳から毎日こんな活動をしないといけないなんて」と皆さん顔を曇らせておりました。

 4月に公表された市の待機児童数はわずか6人でした。しかし保活の中で聞いた周囲の保護者や保育関係者の話から、実態は非常に厳しいということに愕然とし、自分たちの子どもは保育園に入れるのだろうかと大変不安に感じていらっしゃるとの事。

 そんなママさん達の要望は、新設の認可保育所の4、5歳児枠は定員割れしており2、3人しか児童がいない園もある。しかし認可保育所は定員に従い保育士を配置しなければならないので保育士と保育スペースが余っているはずである。これを期間限定で1歳児の預かりに使うことで少しでも1歳児の枠を広げることはできないのか?というものでした。

 確かに横浜市やさいたま市など東京隣接の政令市では同様の制度を実施しております。川崎市では急増する保育需要に対応するため、急ピッチで認可保育所の増設を進めており、ここに相当な予算を投入しております。

 ママさんたちの訴える施策は、空いている資源を活用するものですので、さほどコストはかかりません。さらに市で毎月公表している認可保育所の施設ごと受入年齢ごとの空き状況から1歳児をどの程度受け入れることができるのかを試算してみたところ、最低でも108人は受け入れ可能であるという結果が出ました(平成28年9月時点)ので、この施策は実現する価値があると判断し、要望の実現に向け市議会への請願書提出を協力することをお約束しました。

受け入れ可能人数の試算表

働くママさんが署名活動、議会対策も

 こうした経緯を経て、ママさんたちとの『新設園の空きを1歳児に活用することを市に要望しよう』という試みが始まりました。それに先立ち私との意見交換会に集まったママさんたちは20人弱。その誰もが企業等の第一線で活躍するキャリアウーマンばかりでしたので、仕事の早いことはやいこと。あっという間に「川崎市の保育所について考える会」という名前でグループを立ち上げ、市議会への請願活動と、市民への署名活動を始めました。ホームページもわずか1日で立ち上げていました。

 署名は街頭活動を3回行い750人の署名を集めましたが、本活動は口コミやSNSなどを通じて子育てサークルなどの団体や小さい子を持つ保護者を中心に広がり、郵送などで個別に集まった署名は最終的に3,105人にもなりました。子育て世代以外にも多くの方に支持いただきましたので、多くの市民が待機児童問題を課題に感じていることを実感させられるものでした。

署名活動の様子(川崎市の保育所について考える会プレスリリースより)

署名活動の様子(川崎市の保育所について考える会プレスリリースより)

 同時に市議会への請願活動を行いました。私の方でママさんたちが作成した請願書に目を通し、過激な表現を削ることや市の裁量に委ねるべき範囲は願意から除外することなど助言しました。今の実情を訴えたい!聞いてほしい!という切実な願いが込められた内容でしたが、議会として請願内容に合意できる内容とするため、彼女たちの心情は理解しつつも、双方が納得できる現実的な落としどころへ帰結させることに気を配りました。この辺りのやり取りでは彼女たちにひたすら抑制を求めましたので、ママさんたちからすれば不満もあっただろうと思います。

 請願提出に先立ち、各会派への説明も行ってもらいました。過去に審議した請願・陳情の中には「この点を変えてもらえれば賛成に回れたのに」と残念に思うものもありましたので、請願書の作成にあたっては議会とのすり合わせが必要だと考えておりました。

 説明は議員の都合に合わせ数日間かけて行ったため、私が同席することもあればママさんたちだけで説明に行くこともありました。私が生まれて初めて話をした議員であったというくらい議会に縁遠かった方たちです。当初は「議員さんってどんな人たちなの?」「ひとりで説明できるの?」と非常に不安を感じていたようですが、各議員から温かい応対を受け、保育の実情にも理解を示してくれたことに安心感を覚えたとのこと。この際、ママさんたちから「市議会を身近に感じることができるようになった」と言ってもらえたことが何よりの収穫でした。

署名活動の様子

3カ月で請願提出から委員会採択へ

 こうして9月7日に請願書の提出に至りました。議会への説明の結果、請願書の内容を大幅に変えることはありませんでしたが、最初の相談を受けたのが8月12日ですから、ここまでにひと月も経っていません。一緒に活動する中でママさんたちの実務能力の高さには舌を巻きましたので、この方々に社会で活躍してもらわないで一億総括約社会などと言えるわけがないのに、と今の日本の現状に忸怩たる思いを感じたものです。

 ここまで急いだのは次の9月議会での審査に間に合わせるためでしたが、所管の文教委員会は小児医療費助成の拡大など重要議案が多数あった関係で、残念ながら議会中の委員会審査とはなりませんでした。9月議会に間に合わせなければ来年度の予算編成に間に合わない可能性もあります。しかし議会の中で第一会派が議会の代表質問で本施策について取り上げ、また常任委員会への請願の付託も行われ、所管局へ請願の内容が伝わったことが功を奏しました。

 そして請願提出から2カ月あまり経過した11月18日、いよいよ文教委員会での審査です。同日同時刻に私の所属する環境委員会でも陳情審査がありましたが、先に環境委員会が終わりましたため、その足で文教委員会の傍聴へと向かいました。

 ちょうど最後の委員の質問を終え、請願の取り扱いについて各会派が意見を述べるところでした。その場での各委員の発言は、~保育の現況を憂い、ママさんたちの活躍の場を閉ざさないよう、本来は国が行うべきものであるとは思うが、市として多様な保育を行う努力を行うべきである~というママさんたち曰く「自分たちの心情をそのまま代弁してくださった」ものでした。私ですら同僚議員の温かく頼もしい言葉に感動を思えたほどです。

 そして挙手による採決。全員の手が挙がり、冒頭の委員長の発言へと続きます。

 泣き崩れるママさんの肩を抱いて委員会室を出ました。傍聴に来ていたママさんたちは皆0歳児を連れておりましたので、議会局が用意した控室に戻り、涙でぐちゃぐちゃになりながら喜びを分かち合いました。

 そこで所管局から提出された委員会資料を確認しますと、認可保育所の空きを利用した1歳児の受け入れ制度実施(案)が掲載されていました。実際にこの制度が実施されるかは、来年1月の保育所申請/受入状況を勘案して最終決定する、という説明があったようですが、ここまでの資料が出たという事は実施の可能性が濃厚です。

 9月に請願書を出し、11月に審議を行ったことで市に準備期間を与え、結果的には良い方向へと進みました。

本会議採決は12月15日、課題解決の一歩に

 このように、ママさんたちが自ら声を上げたことが市を動かしたのです。とはいえ、これは第一歩にすぎません。川崎市も以前より4、5歳児の空きを利用した1歳児の受け入れは検討してきましたが、1年後の受け入れ園の保証ができないことや「保育の継続性」を理由に断念してきました。今後、認可保育所の新設ペースが鈍化すれば受け入れ先が無くなり、この施策が破たんする可能性を恐れているのでしょう。そのため、市は今回の件を「パンドラの箱を開けた」と言っているようですが、市長が待機児童ゼロを最重要課題と位置づけた以上、腹をくくってやってもらうしかありません。

 また、ママさんたちも今回の請願が通ったからといって保育の問題が即解決するとは思ってはいないのです。ただ、川崎市の保育施策が認可保育所のハコを増やすばかりでなく、もう少し柔軟な対応をしてほしい、そしてその結果少しでも前に進んでもらいたい、という思いから活動を始めたものです。委員会の中でも各委員から同様の意見が出されておりますし、私も同感です。川崎市はいまだに人口が増え続けている都市ですから、増え続ける保育需要に対し、既存の方法だけでなく、知恵を使ってこの難局を乗り切っていく必要があると考えます。

 本請願の本会議での採決は12月15日です。今後も増大し続けるであろう保育需要に対し、限りある財源の中でどう対応していくのか、人口増加都市:川崎としての苦難の道は続きます。

小田理恵子 川崎市議会議員

小田理恵子 川崎市議会議員
前職は総合電機メーカーにて人事・人材育成関連のITコンサルティングに従事。2010年に初めて自治体相手の仕事にプロジェクトにチームリーダとして参画し自治体の抱える多くの課題を知ったことから、「市民目線の行政」を実現するため、市議会議員に立候補し2011年に初当選。現在2期目。著書に「ここが変だよ地方議員」
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