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【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】

第93回 「人材開発」と「組織開発」の両方を射程に入れる~早大マニフェスト研究所人材マネジメント部会が目指すもの(4) (2020/1/29 早大マニフェスト研究所)

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早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第93回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。

2018年度人材マネジメント部会第2回研究会の様子2

2018年度人材マネジメント部会第2回研究会の様子

「人材開発」と「組織開発」

 ほとんどの自治体で、研修等により個人に対して「人材開発」が行われている。しかし、その結果として個人の能力は高まったとしても、組織が変化し、職場、組織のパフォーマンスが高まったという事例を聞く機会は少ない。多くの自治体の現場では、内外の環境変化に伴い、絶対的な業務量が増え、職員は疲弊し、組織に「やらされ感」が蔓延している。組織が機能していない状態になっている。研修での学びを、仕事の忙しさ、職場の上司との関係性により、現場で発揮できないケースも多い。「人材開発」だけでは、複雑な組織の問題の解決は難しい。

 そんな中、近年注目されているのが「組織開発」という考え方だ。「組織開発」の定義には様々あるが、立教大学経営学部の中原淳教授は、「組織を機能させるための、内外からの働きかけ」としている。「人材開発」が対象としているのは「人」であるのに対して、「組織開発」が対象とするのは人と人との「関係性」や「相互作用」である。人と人の「関係性」の変化や「相互作用」により、組織の中の「主体性」「創造性」そして「情熱」を解放することにより、組織を変化させていくことを目指している。

 ハーバードケネデイースクールのロナルドハイフェッツ教授は、組織や社会が抱える問題を、「技術的な問題」と「適応を必要とする問題」の2つに分類している。「技術的な問題」は、既存の知識を適用することで解決することができるもの。「適応を必要とする問題」は、その道の権威でも専門家でも、既存の手段では解決できないもの。組織の「技術的な問題」は「人材開発」で対処できるだろうが、「適応を必要とする問題」は「組織開発」の取り組みが欠かせない。どちらのアプローチが正しいかではなく、複雑な組織の課題であればあるほど、どちらかのアプローチだけでは解決できないということだ。

2018年度人材マネジメント部会第2回研究会の様子1

 早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメント部会(以下:部会)では、「人材マネジメント」を「人の持ち味を見つけ出し、それを活かし、到達したいゴールを導くこと」としている。到達したいゴールとは、職員個々のありたい姿であり、組織のありたい姿、地域のありたい姿である。部会は、個人の行動変容と組織変容、つまり「人材開発」と「組織開発」、両方を射程に入れている。

「組織開発」の進め方

 日本における「組織開発」の大家である南山大学の中村和彦教授は、「組織開発」の基本的なステップとして、「見える化」「ガチ対話」「未来づくり」の3つを上げている。

2018年度人材マネジメント部会第2回研究会の様子4

 「見える化」のステップでは、組織の現状、特に目に見えにくい組織の人間的側面で起きていることを、インタビューやアンケートなどを通してデータ収集、そのデータ分析を行い、フィードバックすることで、組織の捉え方や感じ方の違いを浮き彫りにする。

 「対話」とは、「意味付け」を確認し、「新しい関係性」を構築するプロセスである。次の「ガチ対話」のステップでは、「見える化」のステップで人によって捉え方が異なっていた現状について、何が根本的な問題なのかを真剣に探求し、関係者一同で現状に対する「意味付け」、問題設定が共有されることを目指す。考え方の違いを受け入れるには痛みを伴う。「対話」を重ねることで、「内省」し、個人の見方や前提、思い込みに気付き、見直していく。それを組織の気付きに昇華させる協調学習のプロセスでもある。

 最後の「未来づくり」のステップでは、現状での問題に対して、どのような状態を目指し、どのように対処していくか、つまりどうしていくかを関係者一同で決める。職員個々のありたい姿、組織のありたい姿、地域のありたい姿を語り、共有ビジョンを構築することである。

 部会でも、一連のプログラムを通して、「組織、地域の現状」「組織、地域のありたい姿」「ありたい姿への変革のシナリオ」について、「対話」を通して探求していく。

2018年度人材マネジメント部会第2回研究会の様子3

「サーベイ・フィードバック」が「組織開発」の入り口

 「組織開発」の手法として、アメリカの社会心理学者のレンシス・リッカートが創始したのが「サーベイ・フィードバック」である(第89回「サーベイ・フィードバックで組織の現状を見える化し組織開発の起点に」)。職員意識調査などのアンケート調査で分かったことを組織メンバーに返していき、行動変容、組織変容を促すのが「サーベイ・フィードバック」だ。具体的には、アンケートの結果データを分析、解釈、できるだけ簡潔にまとめる。客観的なデータとそれに対する主観的な感想と、成りゆきの組織の未来の見立て、リスクシナリオを提示する。参加者で分析結果を確認、共有、その結果に基づき、話し合う、対話を行うものである。

 自治体の中には、職員意識調査が実施しているところもあるが、その分析結果をもとに多様な職員同志で「対話」が行われるところはほとんどない。経営層と人事課職員のみに共有され、せいぜい庁内のポータルサイトに結果が掲示されるだけである。それでは調査の意味がない。また、トップダウンで良かれと思う対策が取られたとしても、現場には浸透しない。

 職員意識調査を「サーベイ・フィードバック」につなげることが、「組織開発」、より良い職場、組織への入り口である。

2018年度人材マネジメント部会第2回研究会の様子5

組織内の対立構造を乗り越える「マルチステークホルダー・ダイアローグ」

 インタビューやアンケートによる組織内のサーベイをした結果あぶり出される、よくありがちな組織内の対立構造には以下のようなものがある。

 市長、副市長、部長等の経営陣は、「うちの職員は危機感が足りない」「最近の管理職は部下のマネジメント、育成ができていない」「やらない言い訳ばかりが聞こえてくる」等と考えている。

 課長、係長等の管理職は、「経営陣から思い付きのアイデアが降ってくる」「部下をマネジメントできないと言われるが、そもそも経営陣の指示に無理がある」「部下のレベルが低すぎる」「パワハラ、メンタルヘルス等、面倒なことが多い」等と考えている。

 一般職員は、「組織や方針が変わって、その都度仕事が増える」「ビジョンが見えず、何をすればいいか分からない」「上司にマネジメント力を感じない」「上の人が変わらなければ、どうせ何も変わらない」等と考えている。お互いが相手の立場を理解しようとせず、不信感を持ち、他責化し、対立、組織が停滞している状態である。

2018年度人材マネジメント部会第2回研究会の様子6

 こうした組織内の対立構造を解消するためには、組織に関わる多様な主体(経営陣、管理職、一般職員)が集まり「対話」を行う「マルチステークホルダー・ダイアローグ」を「組織開発」の一環として実施することが必要だ。それぞれの本音を語り合い、多様な観点から組織の全体像を把握することで、自分も問題の一部であることに気付く。その結果、全員が主体者の意識を持ち、組織の全体にアプローチすることができる。関係者が「対話」し、共感し、納得し合わないと、人は重い腰を上げない。

 ネイテイブアメリカンの諺に、「相手の靴を履いて千里歩かないと、他人のことは分からない」というものがある。相手の立場を理解するには時間が掛かるということだ。部会に参加する一関市役所で、新任課長、係長研修内のプログラムではあるが、課長、係長、若手職員、部会参加者108人で「マルチステークホルダー・ダイアローグ」を実施したが、それぞれが相手の立ち位置を理解し気付きを得るパワフルな場になった。多様な主体が一堂に会して、本音を語ってもらう為には工夫が必要だが、「マルチステークホルダー・ダイアローグ」により、お互いの靴を履き合うことなしで、組織内の対立構造は解消されない。
(次回に続く)

2018年度人材マネジメント部会第2回研究会の様子7

 

佐藤淳氏青森中央学院大学 経営法学部 准教授
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学 経営法学部 准教授(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。

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■早大マニフェスト研究所とは
早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。北川正恭(元三重県知事)が顧問を務める。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。
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