【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】
第100回 新型コロナウイルスがもたらす地域の新しい未来~国立公園での「ワーケーション」体験から見えてきたもの (2020/6/30 早大マニフェスト研究所)
早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第100回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。
新型コロナウイルスによるオンライン化の進展
2013年5月にスタートしたこのコラム「マニフェストで実現する地方政府のカタチ」も7年が経過し、今回(2020年6月)で記念すべき連載100回目になる。日頃のご愛読に感謝申し上げる。半年ぐらい前から、100回に向けて、どんなコラムを書いていこうか考えていたが、予期せぬ新型コロナウイルスの発生により、4月からコロナにまつわる「地方政府」関連の内容に変更し、「議会」(第97回「取手市議会が切り拓く会議のオンライン化への挑戦」)、「自治体組織」(第98回「withコロナの時代の自治体組織のありたい姿」)、「首長」(第99回「コロナ禍の首長に求められること」)について3回連続で書いてきた。今回はその流れでコロナの「地域」へのポジティブな影響について、「新型コロナウイルスがもたらす地域の新しい未来」をテーマに考えたい。
コロナ禍のような非常時には、平時に強く働く現状を維持しようと考えがちな「現状維持バイアス」が弱まり、向かうべき方向への動きが立ち上がり、加速し時間軸が一気に進む。企業のリモートワークや、イベントや研修のオンライン化もその流れで進んでいる。早稲田大学マニフェスト研究所でも6月20日、財務省東北財務局との共催で、オンラインシンポジウム「withコロナ時代の地方創生~組織運営と人財育成を考える~」を開催した。YouTubeでイベントをライブ配信し、ライブチャット機能を活用してパネリストへの質問も受け付けた。視聴件数も開催後5日間で1900回を超えている。コロナ前には想像することができない大きな変化である。
「距離」や「過疎」に対する意味の大転換
5月25日、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言の全国での解除が決定された。また、6月19日以降は、観光を含めて都道府県をまたぐ往来も可能になった。しかし、今後第2波、第3波の可能性もあり、手洗い・手指消毒、咳エチケットの徹底、身体的距離の確保(ソーシャルディスタンス)、「3密(密集、密接、密閉)」の回避などの「新しい生活様式」を国民が実践していく、withコロナの時代は続く。
フランスの思想家、ジャック・アタリ氏は、新型コロナウイルスがもたらす大転換として、「距離」「生き方」「普遍的利益」「透明性」「未来に備える」「世界の一体性」の6つを挙げる。その中の「距離」について、次のように語っている。人々はリモートワークの可能性に気付いた。これは在宅勤務を促していくことになろう。もはや、会社に近い大都市に住む必要はなくなる。より遠くに住むことが可能となろう。人々はより多くの時間を田舎や小さな町に住み、働くことで過ごす。都市計画は建物の間がよりゆったりしたものに向かい、大都市の不動産の価値は、商業地であれ住宅地であれ下落するだろう。
また、「withコロナ」の言葉を初めて使った、ヤフーのCSO(チーフストラテジーオフィサー)で慶應義塾大学教授の安宅和人氏は、withコロナ時代のキーワードとして、「開疎化」を提起している。「開疎化」とは、「都市化」と対比される概念である。これまで数千年にわたって人類が進めてきた「密閉(close)×密(dense)」な価値創造、「都市化」の流れから逆に、「開放(open)×疎(sparse)」に向かうかなり強いこれからのトレンドだという。
両者の発言から言えることは、これまで地方の弱みと言われていた、都会からの「距離」や「過疎」が弱みではなくなり、逆に強みの意味に変えられる可能性があるということだ。
十和田八幡平国立公園での「ワーケーション」体験
「ワーケーション」という言葉がある。ワーク(仕事)とバケーション(休暇)を組み合わせた造語で、リゾート地で休暇を楽しみつつ、IT技術を使い仕事もこなす働き方のことをいう。「家族と過ごす時間が増える」「急な仕事が入っても旅行を取りやめずに済む」「自然の中で気持ちよく仕事ができる」、そして何よりも「密を回避できる」などの利点がある。コロナ禍の中で注目を集めており、国立・国定公園を管理する環境省が、宿泊施設のWi-Fiなどのネット環境整備や設備改修などの後押しにより、その普及を目指している。仕事と休暇の両立は可能なのか、まずは体験しなければということで、筆者は5月に4泊5日で青森県内にある十和田八幡平国立公園内でのワーケーションを体験することとした。
筆者がワーケーションとして滞在したのは、十和田湖畔休屋地区にある、風景屋の小林徹平さんと恵里さん夫妻が営むゲストハウス「yamaju」。たまたまこの地にやってきた2人が、仙台との二地域居住の場所としてこの地域を選び、廃業した土産物店兼食堂「山寿」を活用してリノベーションし、2019年6月にオープンした施設である。1階はカフェスペースや会員制のコワーキングスペース、2階は中長期滞在者専用のゲストハウス。筆者は2階の1室を借り、自室やコワーキングスペース、宿泊者専用のライブラリールームを利用して仕事を行った。ネット環境が整備されていて、Web会議システムの「zoom」とグループチャットツールの「Slack」さえあればどこでも仕事ができる。そんな手応えを感じた。
朝や夕方は湖畔をウォーキング。また、今は十和田湖は観光の湖だが、昔は修験者、山伏の修行場として知られた信仰の山。そんな地域の歴史を教わりながら、十和田神社などのパワースポットを巡った。ワーケーションでは、仕事時間以外のアクティビティーが充実しているかが差別化の鍵になる。十和田奥入瀬では、十和田湖でのカナディアンカヌー体験や、奥入瀬渓流、八甲田山でのネイチャーツアーなど多様なアクティビティーが用意されている。
社員を送り出す企業側にとっては、まずは在宅ワークへの壁、そしてワーケーションへの壁と2つの大きなハードルを越えなければならないので、一気に進むかといえば難しい部分もある。しかし、社員の生産性と創造性のアップが実証できれば、企業側にもメリットは多い。地域経済にとっても長期滞在者が増えて地域にお金が循環する。地域住民と都会からのワーケーションの人たちとの交流から、新しい何かが生まれるかもしれない。
「揺り戻し」を超えて
内閣府は2016年12月、日本の未来社会のコンセプトとして、「Society5.0」を示した。狩猟社会(Society1.0)、農耕社会(Society2.0)、工業社会(Society3.0)、情報社会(Society4.0)といった人類がこれまで歩んできた社会に次ぐ第5の新たな社会だ。
デジタル革新と多様な人々の想像、創造力の融合によって、社会の課題を解決し、価値を創造する社会が「Society5.0」である。「Society5.0」で実現する社会では、IOT(Internet of Things)で全ての人とモノがつながり、様々な知識や情報が共有され、今までにない新たな価値を生み出すことで、少子高齢化や過疎化などの課題が解決される。人工知能(AI)により必要な情報が必要な時に提供されるようになり、ロボットや自動走行車、ドローンなどの技術も課題克服に貢献する。地方にとっては大きな可能性が見えてくる社会だ。コロナにより「現状維持バイアス」が弱まることで、「Society5.0」の実現は確実に早まっている。
心配なのは、「揺り戻し」だ。物理の世界でも、振り子には揺り戻しがある。ダイエット後のリバウンドのように、今までの努力に対して結局反動が起きて元に戻ってしまっては意味がない。リモートワーク、IT技術に対する抵抗感は、若い人より年齢が高い層、そして都会より地方に多い。変われない人の変われない理由を理解し、慣れ親しんだ状況に留まることが将来の危機につながることを納得してもらう。わくわくする未来の姿を示し賛同してもらうことでしか、揺り戻しを押さえる方法はない。
残念ながらwithコロナの時代はしばらく続く。折しも、2020年度から、第2期の「地方創生」がスタートした。コロナは一時的な問題ではなく、パラダイム(物の見方や捉え方)が変わる大きな地殻変動だ。コロナをピンチだけに終わらせるのではなく、チャンスに変えていく。そんな気構えが地域には必要だ。そのためにも変化を恐れず、変化に適応していく姿勢が地域には求められている。
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。青森中央学院大学 経営法学部 准教授(政治学・行政学・社会福祉論)を務め、現在は早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。
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- ■早大マニフェスト研究所とは
- 早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。北川正恭(元三重県知事)が顧問を務める。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。