第16回 ダイアローグ(対話)により組織変革のムーブメントを作る~伊那市役所職員有志の取り組みから~  |  政治・選挙プラットフォーム【政治山】

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【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】

第16回 ダイアローグ(対話)により組織変革のムーブメントを作る~伊那市役所職員有志の取り組みから~ (2014/6/19 早大マニフェスト研究所)

関連ワード : ダイアローグ 伊那市 公務員 長野 

早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第16回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。掲載は、毎月第2木曜日。月イチ連載です。今回は、『ダイアローグ(対話)により組織変革のムーブメントを作る~長野県伊那市役所職員有志の取り組みから~』をお届けします。

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組織はなぜ変われないか

 組織を考える上で、「ドミナント・ロジック(Dominant Logic)」という言葉があります。その場を支配している空気、思い込み、固定観念という意味です。自治体に当てはめると、「うちの役所はできている。今までこれでやってきた。これまで大した問題はなかった」などがそれに当たります。また、「まあ、うちの自治体はこんなもんだ」といった大人の悟り、一種のあきらめの気持ちもこれには含まれます。ドミナント・ロジックに支配され、役所の組織の中が悪い意味で「安定している状態」とは、ある意味、変化を嫌う不活性な状態です。

 逆に、ドミナント・ロジックを打ち破ろうとする職員が出てきて、良い意味で「不安定化している状態」は、改善へのエネルギーが作られた、活性化した状態です。ドミナント・ロジックが充満して、組織の中に余計な波風を立てずに「なあなあ」で物事を納めていく雰囲気の裏には、本当のことは言わない、言っても無駄、言わない方が得、といった職員の本音が隠されています。言い出しっぺは損をする、余計なことは言わない方が無難、お互いの関わりはほどほどに、下が何を言っても変わらない。そんな職員の力が閉じ込められた状態です。

ダイアローグ(対話)の効果

マネ友メンバーによるダイアローグ

マネ友メンバーによるダイアローグ

 これまでもこのコラムの中で、ダイアローグ(対話)の重要性とその可能性について何度も述べてきました。自治体職員の意識改革のツールとして(第10回第13回第15回)。議会と住民とのコミュニケーションのツールとして(第14回)。議会の議論を深めるツールとして(第12回)。ダイアローグとは、デイベート(討論)のように、物事に白黒をはっきりつけるようなやり方ではなく、相手の意見を最大限尊重すること、相手の立場に立つこと、すなわち「思いやり」を持ち、それぞれの考えを理解した上での相対化を経て、新たな解決策を導く話し合いのあり方です。何かを決めることをノルマにせず、相手をまず理解すること、相互に気づきを得ること、参加者の関係の質を上げることが目的です。

 雪の結晶、生物の細胞やDNAなど、自律的に秩序を持つ構造を作り出す現象のことを、自然科学の分野では「自己組織化」と言います。この考えは、社会科学、経営学の分野にも応用されています。組織は、外部の誰かに作られるものではなく、組織自体の内的なプロセスから作り上げられ、自らの目的を達成するために自律的に行動する、という考え方です。人は放っておいても、自由な環境を与えれば、主体性と創造性を発揮するという思想を背景にしています。自己組織化は、ともすれば予測不能な結果をもたらしますが、それが醍醐味でもあります。ダイアローグにはその自己組織化を促す効果があります。ダイアローグにより共に語り合い、考えることが、共に行動することにつながります。ダイアローグにより、意味が共有化されれば、少しぐらい理由に賛同しないところがあっても、協力的な行動を取ることができるようになります。

 今回は、職務時間外のオフサイトで、気楽に真面目な話をするダイアローグの場を作り、市役所の組織変革に挑む長野県伊那市役所の職員有志の取り組みを事例に、ダイアローグによる組織変革の可能性を考えたいと思います。

「部長と語りたイーナ」でのグループダイアローグ

「部長と語りたイーナ」でのグループダイアローグ

伊那市役所職員有志のダイアローグの実践

 伊那市役所は、2013年度から、組織・人材の能力を最高度に発揮するための実践的な研究を行っている早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメント部会に参加しています。以下、2013年度部会に参加した3人のメンバー(以下マネ友:人材マネジメント部会で学んだ過去の参加者、同志の意味)が、取り組んだ実践を紹介します。

伊那市役所のマネ友メンバー

伊那市役所のマネ友メンバー

 伊那市のマネ友が、市役所の組織変革のためにまず取り組んだのは、思いを共有する自分たちの仲間、同志を増やす、職員を巻き込む取り組みでした。その1つが、「研修通信」を発行することです。人材マネジメント部会の研究会で学んだことを、メンバー間でのダイアローグにより自分たちの言葉で整理してA4の紙1枚にまとめて、庁内のイントラネットの掲示板に掲載しました。研修通信は1年間で10回発行し、その内容に賛同する職員も多く出てきたといいます。

 また、変革への思いを持ち、活動に協力してくれそうなキーパーソンとなる職員を50人ピックアップし、アンケートを実施しました。アンケート結果から、優先順位をつけて、キーパーソンとの個別のダイアローグを実施し、ありたい伊那市役所の姿や、現状認識を共有し、活動への支持や賛同を地道に勝ち取っていきました。

 伊那市役所の課題として、部長と職員とのコミュニケーション不足を感じていたマネ友メンバーは、既に2008年から庁内にあった「職員自己啓発学習ゼミナール(SUIゼミ:Step Up Ina)」を活用することにしました。SUIゼミは、総務課人事係が事務局を務め、毎月1回、業務後に1時間、30~40人の職員が参加して開催されている職員の自己啓発勉強会です。このSUIゼミで、部長と職員が気楽に真面目な話をするダイアローグを行ってみよう。そのため、マネ友のメンバーは、実施要項をまとめ、既にキーパーソンとして思いを共有していた部長に協力いただき、役所の経営会議の場である庁議において思いと覚悟を伝えて、全部長の了解をいただきました。部長とダイアローグをするSUIゼミは、「部長と語りたイーナ」とネーミングされ、2013年度、副市長とのダイアローグを含め6回実施されました。

 「部長と語りたイーナ」は、部長からの講話、講話を聞いた感想をグループでダイアローグ、その内容を全体で共有する形で進められます。参加した職員からは、「良い職場を作るにはダイアローグが必要だ」「対話、コミュニケーションが活発になる雰囲気を作れる上司になりたい」などの感想が挙げられています。また、部長からも、「職員との会話が少ないと感じていたので、積極的にコミュニケーションを取っていきたい」「仕事の中でもこうした腹を割ったダイアローグができたら良い」などといった、前向きな感想が出ています。また、「部長と語りたイーナ」において、ダイアローグの効果を実感した保健福祉部では、2014年度から「ホゼミ」という部内勉強会を立ち上げ、係長と職員とのダイアローグを実践するなど、取り組みの輪は広がっています。

 このような活動を行うにあたり、マネ友の3人は、メンバー間で年間30回以上のダイアローグを積み重ねました。組織変革を実践するに際してのダイアローグの効果を、伊那市役所のマネ友で、総務部総務課の唐木玲主査は、次のように話しています。「組織変革の実践に不可欠なのは、共に行動する仲間(同志)の存在です。その周囲を巻き込むプロセスで重要なのが、ダイアローグだと理解しています。ダイアローグによる効果は、自分自身の新たな気づきや実践への勇気を得られること、相手の自発的な行動を引き出せること、これらを掛け合わせて相乗的に大きな実践へ移行できることが挙げられます」。

健康福祉部が始めた「ホゼミ」

健康福祉部が始めた「ホゼミ」

変化できるもののみが生き残る

 「種の起源」で進化論を著したチャールズ・ダーウインは、次のような言葉を残しています。「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるわけでもない、唯一生き残るのは変化できるものである」。

 目まぐるしく変わる外部の環境変化に合わせて、その時々に自ら変わっていく、そうしたものしか最後は生き残れないということです。自治体を取り巻く外部環境も大きく変化しています。組織としての自治体、そしてそれを構成する職員も、変わらなければなりません。ダイアローグを通して職員同士が語り合うことにより、組織は化学反応を起こし変化し、変革は進んでいくと思います。

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佐藤淳氏
青森中央学院大学 経営法学部 専任講師
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学専任講師(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。

■早大マニフェスト研究所とは
早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。所長は、北川正恭(早大大学院教授、元三重県知事)。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。
早大マニフェスト研究所 連載記事一覧
第10回 人材マネジメントで『地方政府』を実現する ~早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメント部会の活動から~
第15回 職員の意識変革の第一歩として、職員自主勉強グループの立ち上げを!! ~佐賀県庁職員 円城寺雄介さんの活動から~
第14回 住民との距離を近づける「議会報告会」のあり方 ~福岡県志免町「まちづくり志民大学」による「議員と語ろう!ワールドカフェ」の取り組みから~
第13回 「気づき」の連鎖を作り自治体職員のやる気に火をつける ~熊本県庁の自主活動グループの実践と職員研修プログラム「チャレンジ塾」~
関連リンク
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