第13回 「気づき」の連鎖を作り自治体職員のやる気に火をつける ~熊本県庁の自主活動グループの実践と職員研修プログラム「チャレンジ塾」~  |  政治・選挙プラットフォーム【政治山】

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【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】

第13回 「気づき」の連鎖を作り自治体職員のやる気に火をつける ~熊本県庁の自主活動グループの実践と職員研修プログラム「チャレンジ塾」~ (2014/3/13 早大マニフェスト研究所)

関連ワード : ダイアローグ 佐藤淳 公務員 熊本 

早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第13回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。掲載は、毎月第2木曜日。月イチ連載です。今回は、『「気づき」の連鎖を作り自治体職員のやる気に火をつける ~熊本県庁の自主活動グループの実践と職員研修プログラム「チャレンジ塾」~』をお届けします。

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志のある職員を作り増やすには

 早稲田大学マニフェスト研究所では、2006年から、自治体職員向けの『人材マネジメント部会』を立ち上げ、首長がマニフェストに示した「ありたい姿」の実現に向けて、組織・人材の能力を最高度に発揮させるための実践的な研究を行っています。今年度も、全国から45の自治体が参加し、単に知識を学ぶのではなく、組織の変革を実践する覚悟を持った志のある自治体職員を増やすことを目的に活動してきました。

 部会では、組織を変革するには、まずは率先して自分が変わるという思考をベースにしています。また、自己変革は、内発的な「気づき」でしか起きないとも考えています。「理解」と「気づき」は違います。「理解」とは、頭で分かること、読書や講義を聞くことによる、知識学習で獲得できるものです。一方、「気づき」とは、頭で分かったことを、腹にまで落とすことです。それは、経験や体験学習を通して、深く考えることからでしか得ることはできません。何事も、気づいて、まずやってみようと自発的に考えることが行動のスタートになります。他人から言われた「やらされ感」での行動は、継続されませんし、成功しません。「○○しなければならない」という外発的な動機よりも、「○○したい」という内発的な動機の方が、モチベーションを高く維持することができると思います。人は、何のためといった目的と、目指すもの(ゴール)が明確になると力が出てくるものです。すべての原動力は、個人の内発的な「気づき」からだと思います。

 今回は、自治体職員に「気づき」を与える仕掛けとして、職員の自主活動グループの取り組みと、職員研修プログラムについて、人材マネジメント部会に参加している熊本県庁での実践事例をもとに考えたいと思います

職員自主活動グループ 「くまもとSMILEネット」の取り組み

 人材マネジメント部会には、終了後も自分の職場、組織、地域における変革の志士となって、活動を継続してもらいたいという強い思いがあります。そのため、過去の参加者、経験者のことを、卒業生ではなく、同じ場で学んだ変革の同志という意味からも「マネ友」と呼んでいます。

 熊本県庁環境生活部水俣病保健課の和田大志さんもマネ友の一人です。和田さんは、部会の参加時に、変革の第一歩として、職員の自主活動グループの立ち上げをコミットメント(約束)しました。そして、2010年9月、県民に笑顔を届けるために、まずは県庁職員が笑顔で誇りを持って仕事ができるようにしたいと考え、有志による自主活動グループ「くまもとSMILEネット」を立ち上げました。現在、若手を中心に部局の枠を越えた約40人がメンバーとして参加し、定期的に集まってダイアローグ(対話)の中で生まれたアイデアについて、プロジェクトとして自分たちで一歩を踏み出し取り組んでいます。

SMILEネットの新春ハイタッチの様子

SMILEネットの新春ハイタッチの様子

 1つ目は、1月の仕事始めの日の早朝、県庁に登庁してくる職員をハイタッチで迎え、仕事に対する気持ちを盛り上げてもらう「新春ハイタッチ」の活動です。長期休暇明けの出勤は、誰でもなかなかやる気が上がらないものですが、「ハイタッチでやる気が出た」「今年1年も頑張ろうという気になった」との声も上がっています。数人から始まったこのプロジェクトは今年で4回目になり、ゆるキャラ「くまモン」も毎回参加、マスコミにも取り上げられ、熊本県庁の風物詩として県庁内外にも定着してきています。

退職予定者とのワールド・カフェの成果物

退職予定者とのワールド・カフェの成果物

 2つ目のプロジェクトは、年度末に退職予定者からのメッセージを若手職員が伝承する「ワールド・カフェ(参加者の組み合わせを変えながら小グループ単位で実施する話し合いの手法)」の開催です。近年、団塊世代の退職者の増加により、先輩職員の豊かな経験が後輩職員に語り継がれることが少なくなってきています。そうした現状に問題意識を感じたメンバーが、先輩職員から後輩職員への、マニュアルにはできない、長い経験に裏付けられた「暗黙知」の伝承を行う場を提案、2012年度から開かれています。語られなければ消えていってしまう「暗黙知」の伝承の場について若手職員からは「1つ1つの言葉に重みがある。もっとこうした機会が欲しい」、退職予定者からは「真剣な目で聞いてくれる若手職員が多く、安心して県の将来を次の世代に託すことができた」と好評を得ています。また、その内容を参加者だけのものにするのではなく、当日のエッセンスをまとめた動画を作成し、庁内イントラに掲載して職員全員で共有するようにしているのも、ほかにはない大きな特徴です。

 そして、3つ目は、安定志向ではなく、志を高く持った仲間に県庁に入ってきてほしいという思いから、熊本県庁を目指す学生に向けて、先輩職員が熱く語る採用PRムービーを自主制作するプロジェクトです。制作期間は3、4ケ月かかりますが、時間外、土日を使いゼロ予算で制作しています。2011年度から開始した自主的な活動でしたが、2年目には人事課から次回作のオファーがあり、制作したムービーは県庁ホームページの採用案内ページにも掲載されるなど、県の採用活動の1つとしても位置づけられるようになりました。
※「先輩からのメッセージ(動画編) – 熊本県庁」

 職員は、自主活動グループの取り組みに参加することで、周りから刺激を受け、新たな「気づき」を得ることができます。これまでの活動を振り返り和田さんは次のように話しています。「チャレンジ意識やモチベーションUP、職員間コミュニケーションの向上がよく取り上げられますが、どれも最後に行き着くのは、人が集まり対話する“場”をどれだけ作ることができるかということです。そのための『場づくり』については、これからもこだわって取り組みたいと考えています」。

職員研修プログラム「チャレンジ塾~Next Stage~」の取り組み

 熊本県庁総務部人事課の緒方雅一さんもマネ友です。緒方さんは、人事課の職員として、職員研修制度を一部リニューアルすることで、職員の「意識と行動を変える」仕掛けを作ろうとしています。この取り組みも、緒方さんが部会参加時に発表した、熊本県庁に挑戦する職員を養成する「チャレンジ塾」を作るというコミットメントがスタートになっています。

 2011年度、36人が参加して「チャレンジセミナー」を始めました。2012年度(参加者42人)には、対象年齢を明確化し、リーダーとして班長になる前の30代後半から40代中ごろまでの主幹・参事クラスを対象に、「チャレンジ塾~Next Stage~」として制度を設計し直し、2013年度(参加者33人)には、研修内容もほぼ固まりました。

 それまで熊本県庁には、班長昇進後の研修はありましたが、班長になる前の研修はありませんでした。チャレンジ塾は、リーダー(役職・年齢に関係なくリーダーシップ、マネジメント能力を発揮する人材)育成を明確な目的にした、実践型の研修プログラムです。通年制で8回の講義を基本として、人材マネジメント部会の出馬幹也部会長(フロネシス経営研究所主宰)や鬼澤慎人幹事(ヤマオコーポレーション社長)の講義などのほか、地域で積極的に活動している団体の方の話を聞き、実際にその活動にボランティアで参加するメニューなども用意されています。また、リーダーとして対話に必要なスキルである、「ファシリテーション」と「コーチング」を学ぶメニューも組み込まれています。

「チャレンジ塾」の様子

「チャレンジ塾」の様子

 チャレンジ塾は、人材マネジメント部会と同様、知識の習得だけではなく、実践の行動が求められます。参加者は、自らの活動のコミットメントを行い、活動後の振り返り、内省を行う流れになっています。参加者からは、「仕事に対してどうにかしたいといった気持ちはあったが、塾への参加が行動を起こすきっかけになった」「皆も同じ悩みがあることが分かり、無理だろうと考えていたことにも、挑戦しようとする気持ちになった」といった前向きな感想が聞かれます。チャレンジ塾にも卒塾はなく、「チャレンジメンバー」として、終了後も継続的に活動をすることが期待されています。

熊本県庁和田さん(左)と緒方さん

熊本県庁和田さん(左)と緒方さん

 熊本県庁では、チャレンジメンバーなど、職員の自主的な政策研究、学習活動を支援することを目的に「チャレンジ・グループ支援制度」を用意し、講師への謝礼など活動経費の一部を援助するようになりました。チャレンジメンバーも、この制度を積極的に活用し、地域振興局のコーデイネート力を高めるための「ホワイトボードミーテイング」の勉強会の開催など、取り組みを継続的に行っています。チャレンジ塾は、参加者に「気づき」を与え、やる気のスイッチを入れたと思います。

 立ち上げから関わってきた緒方さんは、次のように話しています。「チャレンジ塾は、共に学び合う『共育』の場でもあるが、問題意識を持った職員がつながる仕掛けともなっています。変化は少しずつですが、確実に起きています。10年後、20年後の熊本県庁の組織のために、今後も取り組みを継続したいと思います」。

「気づき」の連鎖が起きる仕掛けを庁内に

 熊本県の蒲島郁夫知事は、職員に対して「皿を割ることを恐れるな」とよく話されるそうです。失敗を恐れずに新しいことに挑戦しようというメッセージだと思います。人材マネジメント部会でも、「ドミナント・ロジック(その場を支配する空気、思いこみ)」を打ち破り、一歩踏み出す勇気を持とう、ということがよく言われます。組織を変革するには、まずは率先して自分が変わることが出発点です。また、自己変革は、内発的な「気づき」でしか起きません。役所の組織を変えるには、職員が「気づき」を起こす仕掛けを、役所の中に意図的に用意しなければならないと思います。その仕掛けとして、職員の自主活動グループと、「気づき」を与える実践型の職員研修プログラムは有効だと思います。役所の中に「気づき」の連鎖が起きることで、役所が変わり、それが地域に伝播して、地域全体に大きな変化が起きると思います。

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佐藤淳氏

青森中央学院大学 経営法学部 専任講師
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学専任講師(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。

■早大マニフェスト研究所とは
早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。所長は、北川正恭(早大大学院教授、元三重県知事)。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。
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Twitterアカウント(@wmaniken)
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