モチベーションにも“多様性”を academistは研究者の「ボヤキ」を拾う (2019/1/18 70seeds)
スマホを持つ妹に、雑学の誤りを指摘されるようになった。だれでも検索で知識にたどり着ける現代、「知識を持っていること」に価値のない時代になったのだなと痛感させられた。では、これからの時代、なにが「個」を差別化するキーワードになるのだろうか。
そんな疑問を胸に、インタビューに伺ったのはアカデミスト株式会社CEO・柴藤亮介さん。大学で研究を続ける研究者や大学院生のアウトリーチを掲げ、“学術系クラウドファンディング”を運営している。
“知識を持つ者”と対話を重ねるなかで見出した「個」を差別化するキーワードとは何か、お伺いした。
“よそもの”だから発見できる研究の価値
――突然ですが、僕は大学1年生のときから「academist」のファンでして…!普段あまり知ることのできない研究者の根源的な「知的好奇心」に触れることのできる場として、とても価値を感じていたんです。
ありがとうございます。多様な研究者の「知的好奇心」に触れてみたいと思ったのは起業したきっかけの1つでした。日本には、メディアに登場しないだけでエッジのきいた研究者がたくさんいます。“おもしろい研究者”と触れ合うなかで、学問の全体像を眺めることができたら楽しいだろうなという気持ちが当時からありました。
“おもしろい”研究者の魅力を発信して、研究者と彼らの魅力に共感した人たちを結びつけることができれば、研究者にとって喫緊の課題である資金難を解決することができる。研究者が研究の魅力を自由に語れるプラットフォームを作ることで、研究だけではなく人間的な魅力にも触れられる場所を作りたいと思ったんです。
――たしかに、研究者の人間的魅力に触れることのできるメディアはこれまでにありませんでしたね。柴藤さんにとって“おもしろい研究者”とはどのような研究者なのでしょうか?
「academist」のプロジェクトを作りはじめるときに、研究者のみなさんに必ず聞くことがあります。それは、「最終的に何を実現したいのか」「研究を通して世の中がどうなるのか」ということです。
――なるほど。
「XXさんが研究で最終的に実現したいことは何ですか?」と聞いたときに、意気揚々と研究のビジョンを語る研究者と話すと、こちらまでテンションがあがるんですよね。研究のモチベーションに関わらず、一貫した軸を持ち未来を見せてくれる研究者はおもしろい!と常々感じています。
――逆に、ビジョンを語れない研究者もいるのでしょうか?
ビジョンを語れないというよりは、研究者に本当にやりたいことを語れない障壁があるんだと思います。研究のために必要な「科学研究費(科研費)」を申請するためには、自分のやりたいことを全て語るというよりも、どのような書きかたが求められているのかを逆算し、戦略的にアピールしなくてはいけません。
そのため、「academist」でプロジェクトを立ち上げるなかで、研究の魅力を再発見する研究者もいらっしゃいます。僕らが研究現場から一歩引いた立場にいる「よそ者」だからこそ、無邪気な視点から研究者と議論できるので、再発見に貢献できているのかなと思っています。
――外からの「無邪気な視点」は研究の役にも立つ、と。
そういう役割を果たせるように、日々試行錯誤しています。最近、私たちのような「無邪気なファン」と研究者の卵との交流を促すために、大学院生のファンクラブ「academist Fanclub」を創設しました。
これまで運営してきたacademistは、研究者や大学院生であれば基本的には誰でもご利用いただけるのですが、チャレンジャーの方々から「継続的に研究費を得られる仕組みがあるとさらに良いのに…」という声をいただいていました。また、アルバイトをして生活費を稼ぐ大学院生が多いのですが、もし日々勉強した専門分野について発信することで、そこに興味を持つ方々から継続的な支援をいただくことができれば、生活費の確保はもちろん、モチベーションの維持にもつながります。そしてアウトプットの良い訓練にもなると思うんですよね。これからのアカデミアを担う大学院生が、研究室の枠組みを越えて主体的に情報発信する流れができてくれば、将来のアカデミアがより一層盛り上がるのではないかと思っています。
自分自身が「研究者」に縛られていた
――academistは研究者の認知を広げる「アウトリーチ」という難しいテーマに取り組まれていると思います。現在、academistは“新規”の支援者を獲得できているのでしょうか?
現在は、研究者の知り合いの方・研究分野のファン・新規ファンがそれぞれ1/3ずつ支援をしているような感じです。一般向けに「研究のアウトリーチ」ができているかと言われると、まだまだサービスの知名度が足りていないというのが正直なところですね。
――「研究」をとっつきやすく発信するのは難しい印象を受けます。
わかりやすさを追求すると、厳密性が失われてしまうので、そこのバランスを取ることが非常に難しいです。特に人文・社会科学系の研究のなかには、文章全てが研究成果になるケースもあるので、下手に手を入れてしまうと、研究者の方が意図したことと全く違うことになる危険性もあります。言いまわしや言葉遣いだけではなく、句読点の位置も気にされるんですよね。
――句読点まで…!
でも、句読点を含めての成果物と考えると、納得がいきます。私たち編集部としては、ウェブメディアとしての「わかりやすさ」を追求しながらも、研究者とコミュニケーションを重ね、全体としてのバランスを取っています。
――なるほど。
これからは、新規ファンを増やすために「アカデミスト」としてのビジョンもどんどん発信したいと思っています。研究者の皆さんのコンテンツだけではなく、私たちの目指しているビジョンも発信することで、アカデミストのファンの方々と一緒にサービスを大きくしていきたいです。
研究者のモチベーションに、多様性があっていい
――最後に、「academist」のビジョンをお聞きできればと思います。
私たちのビジョンは、開かれた学術業界を実現することで、学問の発展に貢献することです。日本のアカデミアには、先ほどの研究費の話でも出ましたが、研究者が自由に発言ができない雰囲気がまだまだあるように思います。たとえばですが、お金を稼ぐことを目的に研究をしている人って、なかなか見ないですよね。研究者は知的好奇心旺盛で白衣を纏って黙々と研究に勤しむイメージがあるかもしれませんが、別にモチベーションは知的好奇心ではなくて、「お金を稼ぎたい」でもいいと思うんですよ。極端な事例かもしれませんが、建前を抜きにした研究者たちの本音を拾い上げるメディアであり続けたいです。
――たしかに「研究者」というだけで勝手に「知りたいからやっている」と思っていました。稼ぎたいというモチベーションの研究者がいてもいい。
研究者も人間ですから、モチベーションにも多様性があるはずです。アカデミストでは、研究のビジョンが人の心を動かすような研究を支援していきたい。建前社会の研究者がたまにぽろっと出す「ボヤキ」に、その本音が隠されていると思うんですよね。そんな「ボヤキ」を拾っていきたいです。
――ボヤキを拾う。いいですね…!
いまも「イノベーション」を起こすためにさまざまな施策が打たれていますが、国が特定の方向に物事を進めるよりも、研究者の多様な「ボヤキ」を最大化していけるようなプロセスにこそ、そのヒントがあるように思います。よそものだからこそできる、言語化されていないような研究者の「ボヤキ」を拾えるようなサービスにしていきたいですね。
半蔵 門太郎
ビジネス・テクノロジーの領域で幅広く執筆しています。
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