ムスリム女子学生が「自撮り」で見つめる信仰と自由 (2018/3/19 70seeds)
今、写真投稿型SNS「instagram」で注目を集め始めている一人の女子学生がいる。東京生まれ東京育ちのインドネシア人の学生、アウファ・ヤジッド(AufaYazid)さんだ。
彼女の自撮りがユニークなのは「ヒジャブ」と呼ばれる布をまとって髪を隠し、服装も体のラインが見えにくいものを選んでいること。彼女はムスリム(イスラム教徒)なのだ。
ファッションに制約がある中でも「信仰の中の自由を見つけるのが楽しい」と言うアウファさんに、ムスリム文化をファッションの視点から発信し、世の中を明るくしたいという思いを聞いた。
ムスリムの女性は顔と手以外の肌は隠す
ムスリムの女性がヒジャブを身に着ける理由の一つは、イスラム教徒では婚前交渉が禁止されているためだ。女性は男性を無意識に誘惑しないよう、顔と手以外の肌は出さず、体の曲線美やヒップラインがわかる服装も避ける。ただ服装の指定はないため、その基準を満たしていれば、何を着ても問題はない。
ムスリムの女性がヒジャブをつけ始めるのは一般的に初潮を迎えた後だが、アウファさんの母親は、本人の心の準備ができるまで服装について強制はしなかった。
アウファさんの中学と高校は制服があり、周りと異なる服装になることに恥じらいがあった。ヒジャブをつけることを決意したのは、環境の変わる大学進学のタイミングだった。
「5歳上の姉も大学入学時からヒジャブをつけたのですが、友達作りが大変だったと聞いていました。不安がある一方で、周りからどういう反応をされるのか楽しみという気持ちもありました」
イスラム教では1日に5回祈りの時間がある。その時、体全体を覆うような礼拝服を着ている。しかし、日常的にヒジャブを身に着けることに最初は戸惑いもあったという。自分が自分でない感覚があったからだ。
当初、周りからネガティブな感じで見られていると感じることもあった。頭にかぶっているものは何かと聞かれると「そういう戒律があるから」と答えていた。
そんな中、アウファさんに転機が訪れる。
化粧と出会い、人生が変わった
大学3年生の時、姉が化粧品の買い物へ行くのについていった。そこで、初めてビューティーアドバイザーに化粧をしてもらった。その時、メイクアップの前後で自分の顔が変わることに驚いた。アウファさんの生活が一変したのだ。アルバイトで貯めたお金で化粧品を買うようになり、それに伴いメイクに合うファッションにも興味を持ち始めた。
デザインや絵を描くことなどモノづくりは好きだった。大学は早稲田大学の建築学科に進学し、建築について学びを深めるも、心の奥ではしっくりきていなかったと振り返る。
しかし、化粧に出会ったとき「これだ!」と思ったと言う。
「自分の顔が土台でありキャンバス。色遊びや、メイクと服装のマッチングが面白く、独学で化粧を追求していきました」
元々試行錯誤をすることは好きだったが、ファッションの試行錯誤が今までにないくらい楽しくなった。
ファッションロールモデルはHANA TAJIMA
インドネシアのムスリムファッションは、色は派手めで、素材や服装スタイルも日本の流行とは異なる。日本で同じスタイルをしていると、自然と目立ってしまう。
「私は『普通』になりたかった。大学の講義でも、目立ちたくなかったので、普通になっていこうと思いました。いかに日本人に同化するか考えていました」
その中で、アウファさんの琴線に触れたのが、米国ニューヨーク在住の英国人のデザイナー、HANA TAJIMA(ハナ・タジマ)だった。ユニクロとのコラボレーションをきっかけに、国内で知名度が上がってきているが、アウファさんはその前から注目していた。
「ヒジャブをしていても、周りの人と変わらずオシャレなのがとても美しいなと思って。服装もニュートラルな配色や、時々スウェットでコーディネートをするなど、普段着の感じに惹かれました」
アイデアの力でヒジャブをファッションアイテムに
もともと日本の服装が好きだったアウファさん。しかし、ヒジャブと合わせると全く似合わないことに気づく。
「その時、服ではなくヒジャブを変えたらいいと思ったんです」
ヒジャブの巻き方を考案したり、帽子をつけてみたりすると、「(ヒジャブが)髪の毛に見える」と言われるようになっていった。
「『それはファッション?』と聞かれるということは宗教として見られていないこと。その時『自分のアイディアが勝った』と思うんです。プライオリティは信仰がトップで、その次がファッション。信仰の中の自由を見つけるのが楽しい」
既存のムスリムファッションスタイルにとらわれず、新しい道を開拓することでファッションの世界は広がっていった。
自撮りをする度に進化している
現在、自撮りしたムスリムファッションのコーディネートをインスタグラムで発信している。メイク、スタイリング、写真、空間づくりなど全てアウファさんが考えている。
その背景には、ヒジャブにネガティブな思いを持っている人に、自分の作品を通してファッションの楽しさを知ってもらいたいという思いがある。
先日、都内のカフェで「アウファさんですか」と声をかけられた。日本に3週間前に来たムスリムの学生で、インドネシアにいる時からアウファさんのインスタを見ていたのだ。
「フォロワー数は3400人とまだ少ないですが、自分の発信に響いてくれる人がいることを知り、やる価値を見出すことができました。SNSがあってよかった」
小学生の頃から自撮りが好きだった。今は、自撮りをする度に進化しているという手応えがあり、そこに可能性と快感を覚えている。
「自撮りの際はテーマを決めるのですが、そこには『なってみたい自分』が一貫してあります。撮っている瞬間は自分ではないんですね。そこが普通のファッションモデルとは違う点だと思います」
ロールモデルとしてムスリム女性に選択肢を
アウファさんの直近の夢は2019年にイスラム文化のエキシビションを開催することだ。キーワードは“イスラム文化×ファッション×東京”。今までの作品、写真、映像作品をはじめ、物販や体験できるものも用意する予定だ。
「直接的にイスラム文化を発信するのではなく、『実はイスラムだったんだ』と思ってもらうのも楽しいんじゃないかなって。芸術面から発信し、来てくれた人にインスピレーションやインパクトを与えたい」
ヒジャブを付け始めて、「どんどん信仰を深めていきたい。周りの世界をもって知りたいと思うようになった」と言う。大学卒業後はアラビア語を本格的に勉強し始めた。
4月からは、ヒジャブを販売しているユニクロでアルバイトしたいと思っている。アパレル業界やファッションの知識を高める以外にも理由がある。
「ユニクロで働く意味の一つが『日本社会に溶け込めるかどうか』。ヒジャブをつけてアパレル店員をしている人はまだ少ないと思うので、挑戦していきたいと思います。これからの未来をもっと明るくしていけたらいいですね。
- WRITER
-
小野ヒデコ
フリーランスライター
1984年東京生まれ。同志社大学文学部英文学科卒業。自動車メーカで生産管理、アパレルメーカーで店舗マネジメントを経験後、2015年にライターに転身。週刊誌AERAをはじめ、PRESIDENT、ウェブメディアTHE PAGEなどで執筆中。
- 関連記事
- 日本人の知らない宗教の世界―イスラム法学者・中田考インタビュー
- ロヒンギャ難民30万人「ミャンマー憲法改正が課題」=専門家
- 受け入れ強化で産業振興 ムスリムインバウンド商談会
- [千葉市]「ムスリムおもてなしマップ」を作成
- 英国のモスク150箇所以上が開放 最多の参加者、広がる対話“コンクリートより紅茶”