復興支援はいかにブランディングへつながったのか (2016/11/28 東北復興新聞)
変化に順応する日本ロレアルのマネジメント術
世界最大手の化粧品グループである日本ロレアル(東京)が、震災直後に宮城県石巻市で開始した支援活動に今も熱心に取り組んでいる。活動はコミュニティカフェ「HANA荘」の運営に始まり、現在は女性起業家支援へとフェーズに合わせて内容を変えている。震災から5年半が過ぎた今、企業の支援活動を巡っては現場レベルで継続に情熱を注ぐ社員が数多くいる一方、予算の確保を筆頭に広く社内の理解を得ることが難しくなってきているのが実情だ。同社はなぜ現地とのつながりを絶やさず、むしろ強固に関係性を築き上げることができているのだろうか。活動の陣頭指揮をとる井村牧・副社長(コーポレート・コミュニケーション本部長)に、その秘訣を聞いた。
2016年(4期)までの修了生は100人超に
鮮やかなドレスや着物姿を身にまとった女性たちが、晴れやかな笑みを浮かべている。冬の足音が近づき始めた10月11日、石巻市で日本ロレアルが支援する女性起業家支援プログラム「Eyes for Future byランコム」の4期生の修了式が開催された。記念写真に収まる32人の卒業生の表情からは、そこでつかんだ確かな自信と、新たな一歩を踏み出すことへの期待感が伝わってくる。
「Eyes for Future byランコム」は、石巻市内を中心に女性の起業を支援するプログラムだ。「ランコム」は同社が販売する高級化粧品ブランドで、同事業部の活動予算で運営している。女性支援プログラムを開始したのは2013年4月。当初は女性の自立・人材育成に主眼を置き、社員らによるメイクアップ・スキンケア講座、外部講師によるパソコンやビジネスマナー教室などを開催。その後、特に起業や就労へのニーズが根強くあったことを踏まえ、現在は起業家の育成にカリキュラムを特化。地元の女性起業家による講演を開いたり、各領域のプロフェッショナルを東京から招き、ホームページの制作やSNSの活用術を教える授業などを行っている。2016年(4期)までの修了生は100人を超えている。
ブランドの「事業」として活動継続
ここに辿り着くまでに、どのような道のりを歩んできたのだろうか。同社は2011年11月、地域のコミュニティ再生の拠点としてコミュニティカフェ「HANA荘」をオープン。延べ2万人以上の住民が利用するなど、地域に愛された。一方で、少しずつコミュニティが回復する中、井村副社長を中心に次なる支援を模索し始める。
ここで最も重視したのが、地元の声に耳を傾けることだった。井村社長自ら、後に現地の運営を委託することになるNPO法人石巻復興支援ネットワークに直接足を運び、「地元には女性の働き口が少ない。石巻の女性に力を貸してもらいたい」と相談されたという。同ネットワークは地元の女性が中心になって活動する団体だ。当事者の切実な思いをなんとか後押しできないだろうか。そう思った井村副社長は〝社内営業〟に動き出した。
最優先課題は、予算をどう確保するかだった。HANA荘を中心とする活動初期の予算は、震災直後に中止した広告・プロモーション費用を寄せ集めてなんとかやりくりしていたが、もともと資金が潤沢に用意されていたわけではない。支援を続けるために特別予算を組める余地はなかった。
そこで浮かんだのが、ブランドそのものの活動予算に組み込むアイデアだった。ランコムは震災直後の2011年6月からマスカラを1本販売するごとに100円を寄付するキャンペーンを行うなど、復興支援に熱心に取り組んできた。一方で、ブランドは歴史的に最新の科学的知見を盛り込むなど「機能性」を前面に押し出した高級ブランドとして広く消費者に認知されてきた。そこに、新たに「『女性を応援している』といったエンパワーメントの要素も発信できれば、ファンの拡大につながる」(井村副社長)と考えたという。
石巻の女性起業家支援とランコムのブランド力強化ーー。双方のプラスになる道筋を描いた井村副社長が、ランコム事業部に話を持ちかけ、実現することになったのだ。井村副社長は、「コンサルタントに関わってもらったわけでもなく、決して戦略的に計画してきた結果ではない。ただ、住民の声や地元NPOの助言を最も大事にし、現地で体験した肌感覚をもとに総合的に判断した」と話す。
評判広がり、兵庫県からの参加者も
一方、支援を継続させるうえでは社内の理解を浸透させることにも力を注いだ。井村副社長は「現地を訪ねた社員と、そうでない社員の間にはどうしても熱意のギャップが生じる。社員の関心を維持するのは難しかった」と当時を振り返る。それでも、例えば講座の様子や現地関係者の姿を撮影した映像を社内イベントなどで共有するなど、様々な工夫を凝らしてきたという。結果的には社員ボランティアも600人超に達し、支援活動に対する社内の協力は広がっていった。
このように、起業家支援には年を追うごとに手応えを強めているという。井村副社長は「受講生の皆さんはどんどん自信を深めていく。その変化には驚かされるばかりだ。例えば、パソコンが苦手だった60代女性は、卒業後に(パソコンの)インストラクターになって活躍している」と興奮気味に語る。また。受講生はあくまで市内の主婦などが中心だが、評判を聞きつけて兵庫県から参加する女性も現れた。一度も講座を欠席することなく、この10月に4期生として見事卒業した。さらに、受講生同士が手を組むことで地域に新たなサービスも生まれている。例えば、パン屋を営む女性が、仲間である別の卒業生が始めた移動型カフェにパンを卸す事例が実現した。パン屋にとっては販売先の拡大に、一方のカフェにとっては商品の拡充による売上拡大が見込める。
「Eyes for Future byランコム」は、既に来年も継続することが決まっており、地域のニーズを考慮しながらさらにコース内容を進化させていくそうだ。
シングルマザー支援に波及
10月16日、都内にある本社オフィスに井村副社長の姿があった。10月から開始しているシングルマザーのキャリアアップ支援プログラム「未来への扉」の開講式に臨むためだ。マスコミの取材も入り、プログラムへの注目度の高さをうかがわせた。同プログラムではNPO法人しんぐるまざあず・ふぉーらむと連携し、シングルマザーにビジネススキルの向上から就職先の紹介まで一貫した支援を無料で行う。美容部員コースも設け、自社の美容部員として採用することも視野に入れている。
井村副社長は、「日本の子どもの6人に1人が貧困と言われているが、これまでシングルマザーへの支援は行政を含めて手薄とされていた。石巻での活動がなかったら、こんな発想は生まれていなかったと思う。女性起業家支援の知見が活きている」と力を込める。
当事者の声を丁寧に拾い上げ、変化するニーズに合わせて柔軟に活動内容を変化させる。これは企業活動における基本であり、また不透明な消費環境を生き抜くうえで最も重要な企業力といえるのではないか。日本ロレアルが石巻で体現している姿は、同社の明るい将来を映し出しているようにみえる。
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