サントリーとアサヒのノンアルコールビール訴訟に見る特許要件 (2016/7/20 企業法務ナビ)
はじめに
ノンアルコールビールに関する特許を侵害されたとして、サントリーがアサヒビールに対し「ドライゼロ」の販売差止及び廃棄を求めていた訴訟の控訴審で20日和解が成立しました。両社はノンアルコールビールに関する製法特許の有効性について争っていました。今回は特許要件である新規性と進歩性について見ていきたいと思います。
事件の概要
ノンアルコールビール「オールフリー」等を販売するサントリーは2013年10月11日、発明の名称を「pHを調整した低エキス分のビールテイスト飲料」として製法特許を取得しました。その内容は(1)エキス分の総量が0.5%以上2.0%以下のノンアルコールビールテイスト飲料(2)pHが3.0以上4.5以下(3)糖質0.5g/100ml以下となっております。一方のアサヒビールはオールフリー発売と同時期からノンアルコールビール「ダブルゼロ」を販売し、サントリーが特許を取得する以前の2013年9月上旬からドライゼロの販売を行っておりました。
サントリーはアサヒビールに対し、特許権侵害を理由にドライゼロの販売差止と廃棄を求め2015年1月に提訴しました。これに対しアサヒビールはサントリーの本件特許は無効である旨反論していました。一審東京地裁は特許は無効であるとして請求を棄却しました。
特許権とは
特許権とは特許法により特許を受けた発明に与えられる独占的な権利で知的財産権の一つです。特許権者には特許を受けた発明を排他的に実施する権利が与えられ、他人が無断で使用した場合には特許侵害行為を差止めることができ(100条)また侵害行為による損害の賠償を請求することができます。特許権は設定登録によって発生し(66条1項)その存続期間は特許出願の日から20年間となっております(67条1項)。特許を受けるための要件は(1)産業上利用性(2)新規性(3)進歩性が挙げられます。
特許要件
(1)産業上利用性
特許の対象となる発明は「産業上利用できる発明」でなければなりません(29条1項)。特許制度は産業の発達に寄与することを目的としており(1条)、産業上利用できるものでなければ特許権による保護に値しないとされます。例えば営業上のノウハウや医療行為の技術等は産業として利用できるものではないことから対象外となります。そして産業上利用できるとは、ある程度の知識・技術を持つ者であれば所定の効果を得られるだけの再現性が認められることを言います。
(2)新規性
新規性とは客観的に新しいこと、すなわち世の中に未だ知れ渡っていない事を言います。具体的には「公然知られた発明」ではないこと(29条1項1号)、「公然実施をされた発明」でないこと(同2号)、「頒布された刊行物」等に記載されたものでないこと(同3号)が挙げられます。「公然」とは不特定の者が知りうる状況を言い、必ずしも多数の者にとって既知である必要はありません。つまり既に学会や雑誌、刊行物、インターネットにより公表されていたり、発明者によって工場等で見学を許されていたといった場合には新規性が認められないことになります。その判断基準時は出願時であり、出願1分後に公表されても新規性は認められます。
(3)進歩性
進歩性とは「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が・・・容易に発明できない」ことを言います(29条2項)。つまり公知技術に基いて、その分野の者であれば容易に思いつくものは進歩性が認められません。その発明に至る起因と動機付けがどのようなものであったかを判断することになります。例えば公知の技術に関し、設計・材料を改良しただけである場合、技術を寄せ集めただけである場合、その技術からヒントを得て関連する技術を開発しただけである場合等は「容易」性を否定することができません。
コメント
本件でアサヒビールは、サントリーが特許出願する前にオールフリーを販売しており「公然実施された発明」に該当し新規性がないこと、ビールの成分に関しては国税庁所定分析法等がありビール販売業者は市販のビールの分析を行うことは常識であり、本件特許のビールテイスト飲料の成分に着想することはビール業者であれば容易であり進歩性が無いことを主張していました。これに対してサントリーはエキス分とpHを調整し飲みごたえを付与したノンアルコールビールは容易に認識できるものではない旨反論していました。
一審東京地裁はオールフリーは当初消費者から飲みごたえが足りない等の指摘がなされており、飲みごたえを付与するためにエキス分を増加させる必要があったことは業界では周知の事実であったとして容易性を認め進歩性を否定しました。20日知財高裁での和解内容は両社共明らかにはしていませんが、アサヒビールは今後もドライゼロの販売を継続していくこととなりました。ノンアルコールビールとその製法はビール製造業界においては発明が困難なものではないと判断されたことになります。
特許出願の際には、当該分野の専門家でも既存技術から思いつくことがいかに困難であるかを証明し説得することが重要となります。また販売時期にも注意が必要となってきます。製造業を営む企業はこれらの点に留意することが大切と言えるでしょう。
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