GPIF運用損は8兆円どころか…恐ろしい年金積立金の行方 (2016/2/8 政治山)
135兆円の資産を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が株式運用で8兆円規模の損失を出していると報じられています。8兆円といえば、今年4月に自由化される電力小売り市場と同規模の莫大な金額になりますが、国民の資産がそんなにあっさりと減損しているのでしょうか。
8兆円の損失でも…全体では45兆円の収益
GPIFの運用状況はホームページに公開されており、2015年度第2四半期(7-9月)の収益額を見ると、確かに-7兆8,899億円となっています。一方で、2001年の運用開始以降の累積収益額で見ると、45兆4,927億円の運用益(含み益)となっており、イランやタイのGDP(国内総生産)に匹敵する規模です。
運用損益と日経平均の高い相関性
しかし、約8兆円の運用損は昨年9月末の評価であり、今年に入ってからの株価下落が織り込まれていません。ここで運用損益と日経平均株価との相関性を見てみると、自主運用が始まった2001年度から両者の相関性は非常に強く、株価が下落すれば評価額も下がる傾向にあることが分かります。
資産構成見直し以降に運用損
ところが2015年度第2四半期を見ると、株価は上がっているにも関わらず、運用損になっています。なぜでしょうか?一つ考えられる変化として、GPIFは2014年10月末から、運用の基本ポートフォリオ(資産構成割合)を見直し、国内株式を12%から25%に引き上げ、上下の許容変動率は6%から9%に拡大しています。株式に重点を置くこの見直しが収益に変化をもたらした可能性があります。
いわば、株価上昇のテコ入れ策に「クジラ」と称される巨額の年金積立金が使われているわけですが、資産構成割合を見直してからの1年で日経平均の上昇と逆相関の形で運用損が発生しており、気になる動きです。
年始の株価下落で運用損はかなりの額に?
仮に昨年末、「掉尾(とうび)の一振」で1万9,000円台に乗せた大納会終値の直前に株式運用されていた場合、日経平均株価だけを基準に計算すれば1万7,000円で約10%、1万6,000円であれば約15%の評価損となります。
とはいえ、この間国債価格は上昇しているので、上記のポートフォリオから考えて一方的に減損していることは考えられませんが、日経平均との連動性が高い運用損益はリーマンショック時には-9.3兆円となっただけに、今年に入ってからの運用損はかなりの額に上ると思われます。
含み益45兆円も…絵に描いた餅??
GPIFにはもっと大きな問題があります。含み益が45兆円余とはいっても、これらを現金化した場合、株価は大暴落するため、含み益は現金と同一視することはできません。実質的にはマイナスに至っている恐れがあります。
世界的な景気低迷の影響もあり、外国資本は日本から資金を引き揚げつつあります。国内株式(東証3市場)の売買動向を見ると、外国資本は1月の4週全てで売り越し、計1兆円を超えました。一方でほぼ同額を、GPIFを含めた法人が買い越しています。
現金化できない130兆円規模の資産
市場参加者が減るにつれ、「くじら」は容易に売却することができなくなります。昨年3月末の貸借対照表によると、GPIFの資産137兆4,714億710万9,848円のうち、現金・預金は僅か596万1,546円で、ほぼ100%に近い資産が金銭等の信託(売買目的有価証券・満期保有目的債券)です。
繰り返しになりますが、買い手のつかない信託は現金化することができません。含み益45兆円は「絵に描いた餅」と化している可能性が高いと言えます。
厚生労働省は以前、年金積立金の管理運用に関し「概ね100年間を視野に入れた財政検証に基づき実施している」と答弁しましたが、そもそも100年先の見通しなど一流の投資家でも立たないでしょう。信託の配当に期待して100年間持ち続ける、というメッセージにも受け取れます。
運用損の最終責任者は…いません
厚労省は1月28日、社会保障審議会を開き、GPIF理事長に権限が集中している仕組みを改め合議制にすることで大筋合意しました。経営委員会を設置し、資産運用の方法や役職員の報酬など重要事項を決める権限を持ちます。
とはいえ、運用が最終的に失敗しても法的に責任追及される責任者はいません。年金積立金管理運用独立行政法人法第11条に、役員等の注意義務として「慎重かつ細心の注意を払い、全力を挙げてその職務を遂行しなければならない」という努力目標が記載されているだけです。
厚労相や理事長らの道義的責任は問われるかもしれませんが、新国立競技場の見直しと同様に、「最終責任者が明確ではなかった」といって責任を押し付け合う結末にならないよう、結果責任を前提にした権利と義務の明確化を図り、緊張感のある運用決定システムにするべきではないでしょうか。
- <著者> 上村 吉弘(うえむら よしひろ)
株式会社パイプドビッツ 政治山カンパニー 編集・ライター
1972年生まれ。読売新聞記者8年余、国会議員公設秘書3年余を経験。記者時代に司法・県政の記者クラブに所属し、秘書時代に中央政界の各記者クラブと接してきた経験から、報道機関の在り方に関心を持つ。政治と選挙を内外から見てきた結果、国民の政治意識の低さに危機感を覚え、主権者教育の必要性を訴える活動を行っている。