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【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】

第110回 「政策決議提案」を出口とした奥州版「政策サイクル」~岩手県奥州市議会の取り組み (2021/7/9 早大マニフェスト研究所)

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早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第110回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。

「政策サイクル」を回す議会に

 「議会基本条例」の中で政策立案や政策提言を謳っている議会がほとんどだが、実践できている議会は少ない。早稲田大学マニフェスト研究所の「議会改革度調査2020」(2021年3月実施、回答数1404議会、回答率78.5%)によると、「特定の政策課題の解決・立案に向けた調査活動を議会が行う場合、常任委員会の所管事務調査の取り組み方法」についての設問で、調査を踏まえて政策案(条例案・提言案)に取りまとめている議会は、198議会(14.14%)となっている。また、「委員会提案または議員提案による条例の制定改廃の状況」についての設問で、委員会提案・議員提案で新規条例案を可決した議会は、102議会(7.4%)となっている。

 「政策サイクル」とは、住民との意見交換会等から、政策のタネを拾い上げ、議員間討議を重ねて、議員提案による政策的条例の制定や首長への政策提言等、住民福祉向上に寄与する政策に結び付けることである。

 筆者は、「政策サイクル」を回す仕組みとして、予算決算審査のプロセスの中に政策提言を組み込む場合と、各常任委員会における所管事務調査の結果として政策提言を実施する場合と、大きく2つのケースがあると想定している。前者のケースとしては、福島県会津若松市議会、岐阜県可児市議会、宮城県柴田町議会の取り組み(第107回「予算審査におけるワールドカフェの活用」)等が挙げられる。

 今回は、後者のケース、常任委員会の所管事務調査をベースとした「政策サイクル」の事例として、岩手県奥州市議会の取り組みを紹介する。奥州市議会のこの取り組みは、2020年の第15回マニフェスト大賞で、最優秀マニフェスト推進賞(議会)を受賞している。また、奥州市議会は、「議会改革度調査2020」で、全国総合ランキング4位の議会である。

奥州市議会議員の皆さん

奥州市議会議員の皆さん

常任委員会の所管事務調査をベースとした奥州版「政策サイクル」

 2009年に制定された「奥州市議会基本条例」では、第3条(議員の活動原則)で「把握した市民の意見、要望等をもとに、政策立案、政策提言を積極的に行うこと」、第7条(市長等との関係)で「議会は、市長等と常に緊張感のある関係を保持し、政策立案、政策提言等を通じて市政の発展に取り組まなければならない」とし、政策中心の議会になることを標榜している。

 もともと奥州市議会では、2005年に合併前の江刺市議会において、「えさし地産地消条例」を議員提案で制定した経緯がある(合併により失効)。また合併後も、2012年に「子どもの権利に関する条例」、2018年に「おうしゅう地産地消わくわく条例」を制定する等、議員提案による政策的条例に取り組んだ経験はあったが、まだまだ基本条例に書かれたありたい姿には遠い、といった問題意識を多くの議員が持っていた。

 そんな中、議会が大きく動くきっかけになったのは、2018年の改選後に行われた正副議長選挙の時である。選挙に先立って行われた所信表明の場で、小野寺隆夫現議長が「専門的な事務調査等課題解決に結びつける委員会活動」を、佐藤郁夫現副議長が「常任委員会強化による政策立案・政策提言の実現」を訴えて議長、副議長に選ばれた。これにより期せずして、常任委員会の機能強化と、委員の任期である2年に1回は各常任委員会単位で政策提言を実施しようといった流れができた。奥州市議会における政策サイクルの実施主体は、常任委員会。常任委員会の所管事務調査の延長線上にあるのが政策提言といった共通認識の下、奥州版「政策サイクル」の取り組みがスタートした。

「政策立案等に関するガイドライン」によるルール化

 その後、手探りで実施していた政策サイクルの取り組みを整理、ルール化しようということで、2019年5月、議会改革特別委員会により「政策立案等に関するガイドライン」が策定された。ガイドラインでは、政策立案等の手法について以下のように定義されている。

 「政策立案」とは、政策を構想し、その実現のために必要な仕組みに関する条例案を議会に提出するもの。「政策提言」とは、市政における課題の解決を図るため、必要と思われる政策を提言書としてまとめ、市長等に対してこの提言書の提出をもって提案とすることとしている。

 それぞれには、メリット、デメリットがある。「政策立案」は、その条例案が可決されれば法的拘束力が生じ、実効性が最も高い手法であるが、利害関係者とのていねいな意見交換や周知のプロセス等に時間を要し、即時性に欠ける部分がある。一方、「政策提言」は提言書を提出するものなので、任意のタイミングでスピーディーにできるものの、その提言には条例による義務付けがなく、拘束力がない。

 そこで両方の中間的な性質のものとして、「政策提言」の実施手法の一つとして「政策決議提案」を定義し、提言書の通り提言することについての決議案を議会に提案するという方法としている。これにより、通常の「政策提言」に比べ、議決による意思決定による重み付けができる。奥州市議会では、「政策提言」の実効性を高める観点から、特段の事情がない限りは、まずは「政策決議提案」をすることを基本としている。

常任委員会の話し合いの様子

常任委員会の話し合いの様子

 具体的な「政策サイクル」のプロセスは、各常任委員会における「調査検討テーマの選定」から始まる。ここでは、議員間討議により、市民の関心、緊急性が高いテーマが選ばれる。

 次に行われるのが、「課題の調査検討」である。課題を所管する担当部局からのヒアリング。課題に関する団体等からのヒアリング。課題に関係する現場視察、現地調査。課題解決に取り組んでいる先進地視察。有識者等の専門的知見の活用が行われる。

市内の現地視察の様子

市内の現地視察の様子

 ここで特徴的なことは、団体等からのヒアリングの一環として、基本条例に規定された「議員と市民の懇談会」を行う際に、「ワールドカフェ」の手法を採用していることである。「ワールドカフェ」とは、カフェにいるようなリラックスした雰囲気の中で、4~5人の少人数のグループに分かれ、参加者の組み合わせを変えながら、自由に話し合いを発展させていく対話の手法だ。「ワールドカフェ」により、市民の多様な意見が聴取でき、参加者の満足度も高い場が作れている。

先進自治体の視察

先進自治体の視察

 一連の調査検討を踏まえて、「政策立案等の実施判断」がされ、必要があれば「政策立案等の原案作成」が行われる。原案を基に、提言の即時性と実効性を高める為に「当局との意見調整」を実施し、再度「市民意見の聴取」を経て、最終的に「政策立案等の最終案」がまとめられる。

 また、ガイドラインでは、政策提言のフォローアップについても触れられている。各常任委員会は、過去に提言した政策について、市の施策への反映状況、その施策の進捗状況、施策の適正性および有効性を調査、評価する。政策が実施されなかった場合等には、是正措置を講じることとなっている。実際に、一般質問や委員会の所管事務調査で進捗チェックが行われている。

ワールドカフェによる市民意見の把握

ワールドカフェによる市民意見の把握

具体的な「政策決議提案」の内容と成果

 ガイドラインに沿った形で活動し、2019年度には、総務常任委員会は、「公共交通政策」をテーマとして、(1)総合的な公共交通ネットワークの構築、(2)拠点間交通の構築、(3)地区内交通の構築、の提言項目で12の具体的施策。建設環境常任委員会は、「交通安全対策」をテーマとして、(1)高齢ドライバー対策、(2)歩行者保護対策、(3)交通安全意識の向上、の提言項目で23の具体的な施策。

 産業経済常任委員会は、「農業振興及び地域6次産業化の推進」をテーマとして、(1)農業振興ビジョン策定の義務化、(2)実効性ある推進計画の策定、(3)支援環境の整備、の提言項目で12の具体的な施策。以上の内容を各委員会が政策提言書にまとめ、それを全会一致で可決後に市長に提出している(教育厚生常任委員会は、「障がいを理由とする差別の解消に関する政策検討報告書」を提出)。

政策提案を市長に提出

政策提案を市長に提出

 その結果、2020年10月、県内初の任意団体による自家用有償旅客運送の導入、2020年9月、高齢ドライバー運転技術講習会の実施、2020年6月、学校給食における市内産食材の利用率向上等、議会による政策提言が次々に実現している。「政策決議提案」により実効性がより担保されていることや、提案前のていねいな「当局との意見調整」が、政策のスピーディーな実現に寄与している。

 常任委員会のメンバーが入れ替わった2020年3月からは、総務常任委員会は「将来の公共施設のあり方」、建設環境常任委員会は「SDGsを通じて取り組む環境問題」、産業経済常任委員会は「地域おこし協力隊制度を活用した産業振興」、教育厚生常任委員会は「少人数に対応した学校のあり方」、それぞれのテーマで、政策提言に向けて調査・検討中であり、ガイドラインのプロセスに従い、団体等とのワールドカフェ、先進地視察、専門的知見の活用等が行われている。

実現した県内初の任意団体による自家用有償旅客運送

実現した県内初の任意団体による自家用有償旅客運送

監視機能と政策提言、「二刀流議会」を目指して

 奥州市議会では2020年12月、議会基本条例に基づき、「奥州市議会基本条例検証報告書」を取りまとめている。検証作業においては、基本条例の条文すべてに渡って、達成度を測る「段階評価」、条例改正の要否を測る「管理評価」の2つの評価区分で実施。そのうち「段階評価」としては、条文に規定されている目的が達成できているかを5段階で評価している(S:達成、A:概ね達成、B:一部達成、C:ほぼ未達成、D:未達成)。

 前述の政策提案、政策提言を規定した第7条(市長等との関係)の評価は、「政策決議提案」の取り組み等もあり「A」評価となっている。基本条例が掲げるありたい議会の姿、政策中心の議会に近づいたことになる。

 「政策サイクル」を一巡させることにより、地域の課題解決に向けて、委員会内での議員間討議の実施、ワールドカフェによる市民意見聴取等、委員会活動の仕組みが整ってきた。議会内では、政策提案を行うのが当り前の雰囲気が醸成されてきたという。

 大リーグエンジェルスの大谷翔平選手は奥州市出身。毎月17日は、「大谷デー」ということで、議員全員が大谷選手の背番号入りユニフォームを着用して議会に臨む。奥州市議会は、監視機能を発揮し、積極的な政策提言を行う「二刀流議会」を目指している。

 

佐藤淳氏早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。青森中央学院大学 経営法学部 准教授(政治学・行政学・社会福祉論)を務め、現在は早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。

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■早大マニフェスト研究所とは
早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。北川正恭(元三重県知事)が顧問を務める。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。
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