【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】
第48回 投票率と地域の未来~投票率最下位を脱出した青森県の事例から分かること (2016/7/28 早大マニフェスト研究所)
早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第48回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。今回は、「投票率と地域の未来~投票率最下位青森県の事例から分かること」をお届けします。
低調な参院選投票率 18歳選挙権は一定の成果
参院選が終わりました。結果は、自民、公明の与党の大勝、改選過半数を獲得することになりました。注目された1人区における民進、共産、社民、生活の野党4党の統一候補は、東北、北海道では一定の成果があったものの、全国的には大きな流れにはなりませんでした。この結果、非改選も含めて、改憲に前向きな自民、おおさか維新などの政党と、公明の合計議席が、憲法改正発議に必要な3分の2に達しました。「アベノミクス」などの経済政策も争点でしたが、有権者の関心は高まらず、選挙区の投票率は、54.70%と前回参院選より2.09ポイント上昇したものの、過去4番目の低水準でした。
この参院選から18歳選挙権がスタートしました。総務省がまとめた抽出調査によると、18~19歳の投票率は45.45%(18歳51.17%、19歳39.66%)、全体の投票率より9.25ポイント下回っていますが、従来20歳代の投票率が20%台であることを考えると、善戦したと思います。特に18歳の投票率の結果は、高校における主権者教育の一定の効果があったことを示す数字だと思います。
青森県の投票率、最下位を脱出
そんな中、筆者が暮らす青森県は、前回参院選、衆院選で投票率が全国最下位と不名誉な記録を更新していました。しかし、今回投票率が55.31%と全国平均を上回り、前回比9.06ポイントアップという全国一の伸び率となりました。今回は、青森県で筆者が関わった事例を中心に、選挙の投票率向上に向けた取り組みを考えたいと思います。
前回のコラムでも紹介しましたが、アメリカの政治学者アンソニー・ダウンズによると有権者の投票参加に影響する要因は、次の4つであるといいます。「自分の投票の重要性」選挙が接戦になっているかどうか。「政党(候補者)間の期待効用差」主張や政策の違いが明確であるかどうか。「投票コスト」投票日の天候や、投票の利便性など。「長期的利益」選挙による民主主義のシステムが我々にとって価値のあるものだという意識、です。1番目、2番目の要因は、多分に政党や政治家に負うところが大きいと思います。今回の青森県選挙区では、1番目の要因、8000票差という大接戦だったことが、投票率アップに大きく影響したと思われますが、それ以外にも選挙管理委員会(以下選管)などの努力がありました。
期日前投票所の増設や共通投票所で有権者の利便性の向上を
ダウンズが、3番目にあげるのが「投票コスト」です。投票日の天候や、投票のしやすさなど、有権者の投票への物理的、心理的な負担を取り除くことです。この役割は、各地域の選管が担うことになります。
投票の利便性向上策として即効性が期待できるのは、期日前投票所の増設です。青森県内の期日前投票所の設置数は、前回参院選の69カ所から今回91カ所と、県内選管の頑張りで大幅に増えました。商業施設や18歳選挙権を見据えての大学への増設が中心でした。
五所川原市では、津軽地方最大のショッピングセンター「ELMの街」に新設されました。また、青森市では、2015年の県知事選で、青森中央学院大学に設置した大学キャンパス内の期日前投票所を、市内の青森公立大学、青森大学、県立保健大学に広げました。選挙期間中、それぞれ1日ずつ各大学を巡回することと、投票事務従事者や立会人として学生にアルバイトで協力してもらうことで、選管の負担を抑えながら、若年層の有権者の利便性の向上を実現しました。青森県内を中心に若者の投票率向上のために活動する学生団体「選挙へGO!!」の学内啓発活動も一役を担いました。
2016年4月の公職選挙法改正で、新しく「共通投票所」制度が創設されました。共通投票所とは、投票日に市区町村の住民ならば、指定された投票所以外で、誰でも投票できる投票所です。休日に人が集まりやすい駅やショッピングセンターが想定されています。
投票率アップが期待されるものの、残念ながら今回設置されたのは、長野県高森町、函館市、熊本地震の被災地である南阿蘇村、そして、青森県の平川市の4自治体だけでした。投票所を通信回線で結ぶネットワークとシステムの整備が必要なことがネックのようですが、総務省は財政的な支援を表明していました。本音のところ、二重投票の防止や、システム障害への対応等のセキュリティー対策も取らなければならず、前例がなく、失敗が許されないことへの過剰な意識から、保守的な体質が強い選管の多くは一歩踏み出せなかったのだと思います。
そうした中、今回チャレンジした平川市は評価できます。県内40市町村で30位前後の投票率であることに危機感を感じての取り組みでした。共通投票所が設けられたのは、市内の商業施設「イオンタウン平賀」。休日には約5千人が訪れ、若者も多い場所です。結果、平川市の投票率は前回に比べ10.67ポイント増の56.72%、県内10市で最も大きい伸び幅になりました。また、投票者総数の10.98%、1割がこの共通投票所を利用したことが分かりました。前例踏襲では、変化は起きません。できることは何でもやる、そんな選管の前向きな挑戦が、投票率向上には必要です。
「リアル模擬選挙」など主権者教育の充実と多様化を
ダウンズが、有権者の投票参加に影響する要因の最後に挙げるのが、「長期的利益」、つまり選挙による民主主義のシステムが我々にとって価値のあるものだという意識です。選挙が大切だという意識を持つには、選挙時の啓発活動だけではなく、常時啓発、学校現場などでの主権者教育が重要になります。
2015年9月、選挙権年齢の18歳への引き下げに対応し、学校現場における政治や選挙などに関する学習の内容の充実を図るため、総務省と文部科学省の連携により、主権者教育の副読本が作成されました。その中では、話し合い、討論の手法のほか、実践的な学びの場として、模擬選挙、模擬議会、模擬請願が紹介されています。こうした影響もあり、青森県も含め全国の学校現場で、仮の選挙を扱う模擬選挙の実施が増えています。
しかし、より効果を上げるには、実際の選挙期間中にリアルな選挙を題材に行う模擬選挙が効果的です。臨場感もあり、生きた教材として現実の政治課題を考えることができるため、子どもたちの学びは深くなります。模擬選挙がきっかけになり、家庭で選挙の話題が取り上げられれば、親への啓発にもつながります。親が選挙に行かない家庭で育った子どもは、選挙に行かない傾向があるといわれています。青森県内でも今回の参院選で初めて、八戸工業大学第二高校で、「リアル模擬選挙」が行われました。
また、模擬選挙や模擬議会だけが主権者教育ではありません。地域の課題を、高校生や大学生と、地域の政治家などの大人が一緒になって話し合う場を作ることも、主権者教育の一つの形です。コラムの第37回で紹介した岐阜県立可児高校では、可児市議会の主催で、高校生と市議会議員、地域の大人が話し合う「地域課題懇談会」が開かれています。これまで医療、金融、経済の団体関係者との懇談のほか、18歳選挙権について考える懇談会も開催されています。
地域の本気の大人と高校生が混ざり合って化学変化を起こすことで、高校生のやる気にスイッチが入る。地域への愛着が生まれ、将来Uターンで地元に帰ってくる、そんな地方創生の効果も期待できます。2016年5月、青森市でも、青森市選管が主催し、学生団体「選挙へGO!!」が企画、青森市議会が協力して、学生と市議会議員、市役所若手職員による、20年後の青森市を考えるワークショップが開催されました。こうした取り組みが全国に広がってほしいと思います。
選挙の投票率向上への取り組みは、一朝一夕に成果が出るものではありません。地道な主権者教育の取り組みこそが本来王道です。時間は掛かりますが、将来的には、主権者教育に熱心だった地域とそうでない地域では、投票率、地域の発展に大きな違いが出てくると思います。日本の国には課題が山積です。正解が一つに定まらない問いに取り組んでいかなければならない今、多様な考え方やモノの見方に触れることができる主権者教育の場を提供していくことが、地域の未来を創っていきます。
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青森中央学院大学 経営法学部 准教授
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学 経営法学部 准教授(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。
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- ■早大マニフェスト研究所とは
- 早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。北川正恭(元三重県知事)が顧問を務める。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。