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【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】

第4回 人材マネジメントによる職員の意識改革が地域を変える ~相馬市役所の実践から~ (2013/7/11 早大マニフェスト研究所)

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5月からスタートした早稲田大学マニフェスト研究所による新コラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第4回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。掲載は、毎月第2木曜日。月イチ連載です。今回は、市職員の意識改革の重要性について考えます。

◇     ◇     ◇

マニフェストと人材マネジメント

 マニフェストは、選挙のためだけの道具ではありません。事後検証可能な選挙公約がマニフェストですから、その約束を実現させることが重要になります。つまり、当選後に、マニフェストを実現させるよう実行体制を役所の中に構築し、マニフェストを行政計画化し、定期的にその実行の状況を評価することが大切です。この一連のプロセスを「マニフェスト・サイクル」と言います。マニフェストを使いこなせるかどうかは、このマニフェスト・サイクルをいかに回すかにかかっています。

職員と対話する立谷市長

職員と対話する立谷市長

 しかし、マニフェストを掲げて当選した首長が1人で頑張っても、当たり前ですが、すべてのマニフェストを実現させることはできません。マニフェスト・サイクルの実行・評価の段階で重要な役割を担うのが、なんといっても自治体の職員なのです。

 そこで、マニフェストを実現させるためにも必要なのが「人材マネジメント」ということになります。人材マネジメントとは、「人の持ち味を見つけ出し、それを生かし、到達したいゴールに導くこと」です。そして、ここで言うところの到達したいゴールが、選挙で首長が掲げたマニフェストになります。

 やり甲斐を持って生き生きと仕事をする職員なしには、マニフェストの実現はありません。また、人材マネジメントは、役所組織のトップである首長にのみ求められるものではありません。それぞれの職員1人ひとりが、持ち場、持ち場で、人材マネジメントを意識して仕事をすることが必要です。

 そうしたこともあり、早稲田大学マニフェスト研究所(早大マニ研)では、自治体職員向けの人材マネジメント部会を2006年から立ち上げました。2013年度は全国45の自治体が参加しています。今回は、人材マネジメント部会のメンバーである福島県相馬市役所の実践を通して、人材マネジメントによる職員の意識改革の重要性を考えていきたいと思います。

相馬市役所の改革の歴史

 相馬市役所の改革の歴史は、立谷秀清市長が2001年12月に初当選したところから始まります。立谷市長は医師で、総合病院も経営しており、県議会議員を経て市長になられた方です。職員や議員と比べても、圧倒的な知識と存在感があり、典型的なトップダウン型のリーダーです。

 就任直後、市の財政状況のあまりの悪さから、大型公共事業を中止し、「財政非常事態宣言」を行い、積極的な行財政改革を行ってきました。職員の業務にPDCA(Plan-Do-Check-Action)サイクルの考えを浸透させるため、ISO14001の取得をコンサルテイング会社に頼らず、職員自らで取得させるなど、職員の意識改革にも積極的に取り組みました。

「チーム絆」メンバー

「チーム絆」メンバー

 そうした中、2006年には早大マニ研が提唱していた選挙の開票事務のスピードアップの取り組みに挑戦し、11月の知事選挙では25分で開票、当時の日本記録を更新しました。開票事務の先進地の取り組みを徹底的にベンチマークしたり、数値目標を定めたり、事前にシミュレーションを実施したりと、職員が自ら考え、PDCAを回し、改善を積み重ねたことが、成果として結び付いたのです。この取り組みを通して、職員の中に改善の意識が生まれ、業務を通しての達成感、職員の一体感の醸成が図れました。

 そうした相馬市役所の改革のさなか、2011年3月に東日本大震災が起きました。相馬市でも、458人の方が津波などの震災の直接被害でお亡くなりになったほか、最大4,544人の方が避難所生活を余儀なくされ、現在でも3,166人の方が仮設住宅で生活されています。震災対応にプラスして、福島第一原子力発電所の事故対応など、役所は大混乱を極めたものの、立谷市長のリーダーシップと、意識が変わり始めていた職員の献身的な努力で、それを乗り越えてきました。

相馬市職員の実践

 震災前、早大マニ研人材マネジメント部会に参加していた相馬市役所のメンバーが、それぞれの職場を生き生きとやりがいを持って仕事をする組織とするために、力を入れて実践してきた取り組みが3つありました。1つは「『ポジティブ・ミーティング』の実施」、2つ目が「庁内報『絆』の発行」、そして3つ目が「市長との対話の場の開催」です。

 まず、「ポジティブ・ミーティング」ですが、ポジティブな思いを相互に伝え合うことで、職員同士の信頼関係を作り、必要な情報共有をしやすくすることを目的としたものです。日々感じた肯定的・積極的な思考や感情を、毎日各職場で1人ひとりが振り返り発表をする全員参加型のミーティングです。毎朝10分程度ですが、コミュニケーションが活性化することで、職場の雰囲気がよくなり、職員が住民の視点に立ち仕事をし始めるきっかけとなりました。

庁内報「絆」

庁内報「絆」

 次に、庁内報「絆」の発行ですが、これは、人材マネジメント部会に参加したメンバーが、学んだ思いを庁内に広めるために「チーム絆」を組織したことから始まります。同じ思いを持つ仲間は役所の中に必ずいる、そうした職員同士が絆を深めるための気付きと勇気を生み出す情報発信を行うことが、庁内報「絆」の役割です。メンバーが部会で学んだことや思いを、「絆」を通して、熱く分かりやすく伝えていくことで、確実に思いは庁内に伝わり始めました。

 最後に、「市長との対話の場の開催」ですが、立谷市長は前述の通り、トップダウン型のリーダーで、仕事にスピード感を要求します。そうしたこともあり、職員にうまく思いが伝わらないことがありました。市長の思いを直接聞き、対話することで、職員が抱く市長へのマイナスの思い込みを打破することが、この市長との対話の場の目指すところです。対話により、トップの思いを理解し、それを形にする重要性が職員に共有されていきました。

 こうしたメンバーの取り組みにより、組織変革の必要性や「チーム絆」の思いが職員に伝播し始め、手応えを感じ始めたまさにその時、東日本大震災が発生しました。しかし、これまでの立谷市長の改革と、職員の人材マネジメントの取り組みが、このピンチを克服する大きな原動力となっていることは間違いありません。相馬市役所での人材マネジメントの実践をリードしてきた阿部勝弘秘書係長は、これまでを振り返り、次のように話しています。

 「前例のない大震災で国も県も明確な答えを持ち得ていないため、被災地自らが『地方政府』としての覚悟を持って知恵を絞り汗を流すほかに、復興への道は切り拓けません。トップのリーダーシップと職員との関係は、非常時と平時では求められる役割が異なりますが、これまで取り組んできたトップと職員の双方による意識改革が融合してきたことが、震災対応で活かされていると思います」

自治体職員の意識改革とは

震災後直後の相馬市職員

震災後直後の相馬市職員

 「職員の意識改革」という言葉をよく耳にします。「改革」というのですから、何かを何かに変えることのはずですが、それを明確に答えられる首長、そして自治体職員は少ないと感じています。「職場の風通しをよくする」などと言われますが、抽象的でよく分かりません。

 「自治体職員の意識改革」とは、中央集権時代の「指示、通達待ちの人材」から、地方分権時代の「問題発見、解決型人材」に転換することだと思います。そのためには、相手や別の立場の人の考えを慮(おもんばか)る「立ち位置を変える」、そもそものあるべき姿から物事を俯瞰(ふかん)的に見る「価値前提で考える」、物事を他人任せにせず主体的に捉える「一人称で捉え語る」――この3つの意識チェンジが職員には必要になります。そして何よりも、「役所はこうだから」といった「ドミナント・ロジック(思い込み)」を打破して、職員1人ひとりが「一歩前に踏み出す」ことが大事です。

 相馬市役所の「チーム絆」の3つの取り組み(ポジティブ・ミーティングの実施、庁内報「絆」の発行、市長との対話の場の開催)は、小さな取り組みかもしれません。しかし、職員が自ら意識改革しようと、大きく「一歩前に踏み出した」行動だと思います。改革への「相馬市版3本の矢」とも言えるかもしれません。「地方政府」の実現には、このような人材マネジメントを理解した思いのある職員が求められています。

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佐藤淳氏

青森中央学院大学 経営法学部 専任講師
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学専任講師(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。

■早大マニフェスト研究所とは
早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。所長は、北川正恭(早大大学院教授、元三重県知事)。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。
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