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【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】

第10回 人材マネジメントで『地方政府』を実現する ~早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメント部会の活動から~ (2013/12/12 早大マニフェスト研究所)

関連ワード : ダイアローグ 佐賀 公務員 医療 

5月からスタートした早稲田大学マニフェスト研究所による新コラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第10回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。掲載は、毎月第2木曜日。月イチ連載です。今回は、「人材マネジメントで『地方政府』を実現する ~早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメント部会の活動から~」をお届けします。

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 早稲田大学マニフェスト研究所は、自治体職員向けの『人材マネジメント部会』を2006年に立ち上げ、マニフェストで表現した“ありたき姿”の実現に向けて組織・人材の能力を最高度に発揮させるための実践的な研究を行っています。私もこの部会の幹事として運営に関わっておりますが、人材マネジメントの重要性に着眼する自治体の数は増加の一途をたどり、今年度は昨年比で約倍増の、全国45自治体の参加を得ております。

人材マネジメント部会が目指すもの

 人材マネジメントとは、「人の持ち味を見つけ出し、それを活かし、組織としての到達したいゴールに導いていくこと」です。この「到達したいゴール」に相当するのが、選挙で首長が掲げたマニフェストになります。マニフェストを掲げて当選した首長が、一人でいくら頑張ってもすべてを実現させることはできません。マニフェストを実現させる上で、重要な役割を担うのは、何といっても自治体の職員です。その職員に、やりがいをもって活き活きと仕事をしてもらうようにする、それが人材マネジメントの目指す姿です。

 人材マネジメントは一方で、役所組織の経営者=トップである首長にのみ求められるものではありません。組織の各階層でそれぞれの役割を担う職員が、それぞれの持ち場で、人材マネジメントを実践しながら仕事をすることで実現に向かうものです。旧来、自治体でその領域の話題といえば、権限を現場に付与して機動力を高めようとする「フラット制」などの組織論や、「目標管理」などのような制度論など、どちらかというと“ハード”の議論が中心でした。しかし、“ハード”を単に用意しただけで組織における物事はうまく進みません。高業績者のやり方を手本とした行動評価基準(コンピテンシー・モデル)など、職員に求められる要件の共有や、人材育成と組織活性化のための仕組み整備といった“ソフト”が同時に必要です。組織を活性化に向かわせるために、ハードとソフトをうまく組み合わせていく技法、それが人材マネジメントの研究領域となります。

人材マネジメント部会のキーワード

 地方分権を担う自治体職員は、中央集権時代の典型としての「指示・通達待ちの人材」から、「問題発見、解決型の人材」へと変化することが求められています。「依存」から「自立」への大きなパラダイム・チェンジが必須となり、住民ニーズを的確に把握、スピーディーな政策立案から着実な価値の具現化を達成する「組織の力」に仕立て上げる能力までも求められます。そのための学びとして、人材マネジメント研究は欠かせません。

 人材マネジメント部会は、ただ単に知識を学ぶ場・政策研究を行う場ではなく、従来型の延長線上にある個人育成型の職員研修の場でもありません。実践が求められる場、つまり、所属する自治体に望ましい人材マネジメントを浸透させ、「組織変革」を実現していくために、脳に汗をかくほど知恵を絞り、対話による共感形成によって仲間を巻き込みながら、新たな変化・成果を創り上げていく活動を行う場所、それらを通じて得難き学びを深めていく場所です。

部会でのダイアローグの様子

部会でのダイアローグの様子

 これらを念頭に部会では一方通行型の講義を極力排し、「ダイアローグ」と呼ばれるグループディスカッションに多くの時間を割きます。ダイアローグとは、ディベート(討論)のように、物事に白黒をはっきりつけるようなやり方ではなく、相手の意見を最大限尊重すること、相手の立場に立つこと、即ち「思いやり」を持ち、それぞれの考えを理解した上での相対化を経て、新たな解決策を導く話し合いの手法です。ダイアローグを経験することで、それまで自分だけでは気付かなかった課題を発見することを学びます。仲間との相互理解を深める中から、人材を活かすにはどうすれば良いか、どのような取り組みが組織を活性化させるのかなどを結果として学んでいくことになります。変革のシナリオとはどのようなものか、それを確実に実現させるにはどのような工夫や知恵が必要かなどについて深く知恵を出し合うダイアローグはその効力を発揮し、「部会参加者の思い=志」に火を付けるのです。

 部会にはいくつかのキーワードがあります。第1に、自分たちではなく相手側、すなわち自治体の目線でなく住民側の目線に立った思考を求める「立ち位置を変える」、第2に、役所や職員の“そもそもの”あるべき姿から考え直す「価値前提で考える」、第3に、国や県が言っている等、他人任せや責任転嫁をせずに主体的に考える「一人称で捉え語る」、というものです。最終的には、一人ひとりの意識にいつの間にかつくられている「ドミナント・ロジック(思い込み)」を打ち破り、一人ひとりが「一歩前に踏み出し」て、課題解決をコミットする、ということを求めていきます。こうした職員の意識変革に直結するキーワードを、1年間の部会参加を通じ身体に染み込ませていくことを目指しています。

“マネ友”の活躍:佐賀県庁 円城寺雄介さん

 人材マネジメント部会には“卒業”がない、と言われています。それは、1年間の部会参加をもって修了ではない、ということ。自分の職場、組織全体、地域にまで意識を広げて学びを実践に移していってもらいたい、という思いからです。そのため部会では過去の参加者・経験者を“マネ友”と呼んでいます。

 ここでマネ友のひとり、円城寺雄介さん(佐賀県職員)の実践を紹介します。円城寺さんは2008年度部会に参加後、医務課に配属されたのですが、佐賀県内の救急車すべてにタブレット型端末を搭載し、全国初となる仕組み「99さがネット」を構築しました。それは救急現場から端末でインターネットに接続し、各医療機関の搬送受け入れ可否情報を閲覧できる仕組みで、これによりほぼこの世界では不可能と言われていた搬送時間の短縮(平均1分)を実現したのです。この短縮は救急患者の生存率アップに大きく貢献するもので、結果としてこの取り組みは全国の自治体に広がっています。

救急車に乗り込む佐賀県庁円城寺さん

救急車に乗り込む佐賀県庁円城寺さん

 世の中を変えるこのような大きな取り組みの裏には「部会での学びがあった」と円城寺さんは話します。県庁の机で考えるのではなく、救急現場に出て、そこで見て、働く人の立場に立って物事を考えるということ、つまり救急救命センターに泊り込み、当初は反発していた現場に本気で頼み込み、実際に救急車に一日同乗してみたのでした。そこで見たのは、携帯電話で必死に搬送先を探す救急隊員の姿、立て続けに電話が鳴る救命救急センターの現状でした。これは救急医療の現場のあるべき姿ではない、と円城寺さんは感じました。そこで、救急現場の本来あるべき姿を考え描き、搬送受入可否情報だけではなく、県内でいつ救急搬送が発生し、どこの医療機関に搬送されたのかといった情報が、救急車と医療機関、行政、医師会が共有できる仕組みを構築していきました。また、その後のドクターヘリの導入にもつながっていきました。

 立ち位置を変えて現場で現実を直視し、価値前提で考え、そのあるべき姿実現のために覚悟を持って一歩踏み出す、ドミナント・ロジックを打ち破った彼の実践経過には、まさしく部会の学びが十分発揮されていると言えます。

※ 円城寺さんの取り組みは、第8回マニフェスト大賞で、優秀復興支援・防災対策賞を受賞しました。

集え!自治体職員の「虎の穴」へ

(上)夏期合宿での参加自治体のプレゼンテーション(下)部会が目指すものを語る出馬部会長

(上)夏期合宿での参加自治体のプレゼンテーション
(下)部会が目指すものを語る出馬部会長

 人材マネジメント部会は、各自治体から職員3人を派遣いただき、年間5回の研究会と、先進事例を学ぶシンポジウム、参加自治体が組織変革プランを持ち寄りブラッシュアップを重ねる夏期合宿、学び・気付きを文章化し、翌年度以降の変革活動継続に確かな道筋を記す論文提出、などで構成されています。3人に参加いただくのは、「3人寄れば文殊の知恵」という格言、戦国武将毛利元就の「3本の矢」のごとく、3人が一つになり力を合わせ所属自治体の変革を成し遂げる志士となっていってもらいたい、という幹事団の思いからです。

 部会長の出馬幹也氏は、次のように話しています。「この部会が参加自治体にもたらす最大の価値は『組織の覚醒』です。各自治体組織の中に眠っていた可能性を呼び覚まし、本来持っている意思や能力を、地域が求める価値の最大化に向けた方向性で整流化していくことです」。

 部会に参加された方は当初、ここは新興宗教か、昔流行したTV漫画タイガーマスクに登場する特殊訓練機関「虎の穴」の雰囲気を感じると言います。それは、これまで役所の中で仕事をこなす中では意識してこなかった(意識する必要がなかった)価値観や、ステージの違う厳しさに接するからでしょう。

 『地方政府』の実現のため、自らの地域を思い、勇気を持って一歩前に踏み出せる覚悟を持った、夢と志を同じくする“同志”が、この「虎の穴」に集うこと、そしてその輪がどんどんと拡大していくことを期待しています。

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佐藤淳氏

青森中央学院大学 経営法学部 専任講師
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学専任講師(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。

■早大マニフェスト研究所とは
早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。所長は、北川正恭(早大大学院教授、元三重県知事)。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。
関連リンク
早稲田大学マニフェスト研究所ホームページ
Twitterアカウント(@wmaniken)
第8回マニフェスト大賞 政治山特設ページ
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