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【早大マニフェスト研究所連載/マニフェスト学校~政治山出張講座~】

子ども議会が地域の未来を変える~青森県むつ市の子ども議会の取り組み~ (2013/5/2 早大マニフェスト研究所)

ご好評いただいている「早稲田大学マニフェスト研究所」連載。今週は議員・首長などのマニフェスト活用の最新事例をもとに、マニフェスト型政治の課題や可能性について考える「マニフェスト学校~政治山出張講座~」をお送りいたします。今回は、青森県むつ市の「子ども議会」の取り組みをもとに、未来の有権者に対する地道な啓発、主権者教育の重要性を解説していただきました。

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マニフェスト運動により賢明な有権者を増やす

 マニフェストが、日本の政治に導入、広がり始めて今年で10年になります。民主党政権の失脚により、マニフェストに対する信頼は一部失墜した部分はありますが、選挙の公約は守らなければならないものという国民の意識の高まりからも、日本の民主主義のレベルは確実に上がってきていると思います。マニフェスト運動は、選挙を「お願い」から「約束」に変える、つまり、政策中心の選挙、政治の定着を目指す運動です。それは主権者たるわれわれ国民の意識を変える啓蒙運動であり、また、賢明な有権者を増やしていく社会運動でもあります。

 しかし、有権者の政治に対する関心は決して高くはありません。2012年の12月に行われた衆議院議員総選挙(小選挙区)の投票率は、59.32%と戦後最低の記録を更新し、政権選択選挙として関心を集めて民主党が大勝した前回2009年の69.28%から、大きく10ポイント近くも減少しています。また、総務省の抽出調査による年齢階層別の結果では、投票率が最も低いのは20~24歳の35.30%、次いで25~29歳の40.25%と、最も高い65~69歳の77.15%の半分程度という残念な結果が出ています。これからの日本そして地域を担う若者の選挙の低投票率、政治離れの問題は深刻な状況になっています。

「常時啓発のあり方等研究会」での議論

 これまで、選挙の啓発運動の役割を担っていたのは、各地域の明るい選挙推進協議会を中心とした「明るい選挙推進運動」でした。しかし、明るい選挙推進運動は民主党政権時の2009年、「事業仕分け」によって廃止が提起されました。それは、「歴史的に役割を終えた」「形式的な啓発運動では成果に結びつかない」といった理由からです。その提起を受けて2011年、総務省に設置された「常時啓発事業のあり方等研究会」では、明るい選挙推進運動のあり方をめぐり、「若い有権者の政治意識の向上」「将来の有権者の意識の醸成」といった課題が議論され、最終報告書がまとめられました。

むつ市子ども議会の様子

むつ市子ども議会の様子

 その報告書の中で、地域の明るい選挙推進運動の活性化策として、学校教育との連携、公開討論会の開催等政治家と住民をつなぐ舞台づくりなど、いくつかの具体例が示されました。その具体例の1つとして挙げられているのが「子ども議会」の開催です。

 子ども議会は、地域問題を調べ、解決策を議論し合意形成する民主主義の基本を体験させる機会、これを全国に普及させることが必要とされています。今回は、青森県むつ市で行われている子ども議会の取り組みを紹介するとともに、その事例を通して、子ども議会を効果的に実施するポイント、開催のネックなどについて考えたいと思います。

むつ市の子ども議会の取り組み

 むつ市では、2007年に宮下順一郎市長が当選以降、2009年度、2011年度、2012年度の合計3回子ども議会を開催しています。2009年度は、小学校6年生が議員、中学1年生が理事者側にそれぞれなり、中学生の中から市長を選び、小学生からの質問に対して中学生が答弁をするスタイルで実施されました。2011年からスタイルを変えて、中学3年生が議員に、議長には本物の市議会議長が、理事者には本物の市役所の理事者がなり、中学生の子ども議員からの質問には基本的に本物の市長が答弁するよりリアルな形になりました。2012年には小学6年生が議員になり、前年度同様に小学生の子ども議員からの質問には、本物の市長が答える形で実施されています。

子ども議員からの質問に答弁する宮下むつ市長

子ども議員からの質問に答弁する宮下むつ市長

 むつ市の子ども議会の特徴は、リアルな議会とほぼ同じ形で行われることです。本会議だけではありますが、議案の審議と一般質問が行われます。議案の審議は、執行部提案の場合には市長が提案理由を説明、議員提案の場合には提案者の子ども議員が提案理由を説明し、質疑、討論、採決が行われます。当然、案件によっては、賛否も分かれます。一般質問では、子ども議員の質問に対して、市長が答弁します。

 また、もう1つの特徴は、議案や質問の中でよいものは予算化して、実現させようとするところです。2012年度の子ども議会では、子ども議員の一般質問により、市民体育館でミニバスケットボールができるように、ミニバスケット用の移動式ゴールの設置が市長から約束されました。議場の中は緊張感が漂い、普段はガラガラの傍聴席も、子ども議会の時には父兄などでほぼ満席になります。そして、子ども議会の様子は、地域のコミュニティーFMで生放送されるほか、USTREAMを活用してインターネットでも配信されています。

 ただ、子ども議会の開催には、いくつかネックがあります。その1つが、学校現場での教員の負担です。むつ市の場合、担当の教員は子ども議員を選出し、選ばれた子ども議員に質問項目を考えさせ、質問の原稿をチェック、場合によっては再質問の作成の指導をしなければなりません。これを7月から、開催される11月までの間、放課後などの時間を利用して行わなければなりません。ただでさえ忙しい学校現場で、授業以外の余計な仕事が1つ増えることになるわけです。

 もう1つのネックは、市役所職員の負担です。子ども議会の主担当はむつ市の学校教育課になりますが、議案や質問の内容によっては、市役所のすべての部署が関係してきます。質問の担当となる部署では、一般の議会と同様に、質問の確認、答弁書の作成、市長へのレクチャーが行われることになります。年4回の通常の定例会に、子ども議会が1つ増えるようなものです。また、子どもが相手ですので、いつもの議会言葉ではなく、子どもたちでも分かるような簡単な表現を使って答弁書を書く必要もあります。

一般質問をする子ども議員

一般質問をする子ども議員

 そのほか、実施の費用もネックになる場合も考えられますが、むつ市の場合、当日の交通費や子ども議員へのお弁当代ぐらいで40万円以下、ほとんど開催の障害にはならないようです。

 こうしたネックもあり、全国のすべての自治体で、子ども議会が開催されているわけではありません。むつ市の場合には、宮下市長の子ども議会への思いと、リーダーシップにより実現しています。宮下市長は次のように語っています。

 「私は、日ごろから“こどもは地域のたからもの”を政策目標の1つに掲げ、子どもの底力の育成を地域でサポートし、子どもたちの笑顔と歓声にあふれる街づくりを目指しております。子ども議会では、この子どもたちが、本物の宝物以上にキラキラとした輝きを放ち、むつ市に対する熱い思いを伝えてくれ、私たちは、新鮮で頼もしい意見に刺激を受けるとともに、将来への期待、安ど感を覚えることができます。このような希望に満ちたひとときを過ごせる貴重な機会を今後も継続していくことが、有意義であると考えています」

 子ども議会に参加した子ども議員の感想には、「市長から直接話を聞き、税金の使われ方などのむつ市の現状、取り組みが理解できた」「議会では、むつ市民の生活がよくなるためにさまざまな議論がされていることが分かった」「テレビの国会のニュースが身近になり、政治に興味を持つようになった」「むつ市をよくするために何をするべきか考えるようになった」など、前向きな意見がたくさん聞かれます。この感想がその効果を実証しています。

地域から主権者教育を

小学生の子ども議員のメンバー

小学生の子ども議員のメンバー

 冒頭でも話しましたが、若者の選挙の低投票率、政治離れは深刻な問題です。少子高齢化による人口減少社会への突入、国の借金は地方も合わせて1,000兆円、また、東日本大震災からの復興と、現代の日本は問題が山積しています。若者の政治離れの責任は、何よりも現代の政治を諦め、問題意識を感じない若者世代の自己責任といったこともありますが、政治への信頼を取り戻すために努力してこなかった政治家、それを放置してきたわれわれ国民1人ひとりにも大きな責任があります。

 選挙の投票率は、一朝一夕に改善されるものではありません。重要なのは、子ども議会のような未来の有権者に対する地道な常時啓発、主権者教育の活動の積み重ねだと思います。それが、若者の政治、選挙離れに歯止めを掛ける有効な方策だと思います。将来的に、こうした取り組みを実践する地域としない地域では、投票率、そして地域の発展に大きな格差が出てくるはずです。宮下むつ市長のように、トップである首長がリーダーシップを発揮し、子ども議会などの主権者教育を実践していく。そうした自治体が全国に増えていくことを期待します。

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佐藤淳氏青森中央学院大学 経営法学部 専任講師
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学専任講師(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。

■早大マニフェスト研究所とは
早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。所長は、北川正恭(早大大学院教授、元三重県知事)。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。
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