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【一歩前に踏み出す自治体職員~ありたい姿の実現を目指して~】

第35回 掛川市の「就学援助の給食無償化」を実現した対話と繋がり (2017/9/27 静岡県掛川市教育委員会 学校教育課 管理係 戸塚宏之)

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「人材を変え、組織を変え、地域を変える」ことを目的に自治体職員のリーダーを育成する実践的な研究会「早稲田大学マニフェスト研究所 人材マネジメント部会」受講生による連載コラム。研修で学び得たもの、意識改革や組織変化の実例などを綴っていただきます。

人と繋がっていなかった

 私は学校教育課で典型的な「事務職員」としての業務をしながら、学校と教育委員会がよりよい関係になれるように、ささやかであってもできることを探しています。

 遡れば、私はもともと人間関係が苦手なため、就職活動が怖くてフリーターになり、その後、公務員試験の勉強をして、大須賀町役場に採用されました。

 採用1年後に1市2町が合併して新・掛川市となりました。旧大須賀町職員は自治体の規模が一番小さかったので、新市職員の1割ほどしかいません。さらに私は近隣他市に住んでいて、土地勘もありません。いろいろな意味で自分は「掛川市役所の主流ではない」と感じ、コッソリと働いているような感覚を持っていました。

コッソリ半年ほど育児休業を取りました

コッソリ半年ほど育児休業を取りました

人と繋がりはじめた

 掛川市と縁が少ないからこそ、自分が納得できないことは変えようと思って仕事をしていました。すると、市役所の仕事は自分の担当の範囲であれば意外と自由に変えることができましたが、担当外のことについては、変えられない「壁」や「空気」を感じていました。

 そんな中、2016年度に人材マネジメント部会(以下、部会)の公募があり、不安(自分が手を挙げていいのだろうか)を上回る期待(「変えられる」ヒントがあるのではないか)を感じて参加しました。

 部会では「対話」を重視しています。私は「対話」を体感し、衝撃を受けました。市役所で習得してきたのは「情報を隠して、落とし所を用意しておく」やり方。それに対して、対話は「情報はオープンに・結論は用意しない」。相手と勝負せず、相手を変えようとしないのに、自分と相手の立つ場所が自然に変わっていく。「落とし所」より、全員の「腹落ち」。まさに、探していたものに出会った、と感じました。

衝撃を受けた「対話」

衝撃を受けた「対話」

 そして、次に感じたのは「繋がり」の大切さです。部会を通じて市役所の組織変革を目指していく中で、いろいろな方と繋がっていきました。人と繋がることに消極的だった私が、繋がることで「自分と同じように考えていた人がいたんだ」と知り、「自分はヨソモノ」という感覚は消えていきました。

 そんな「対話」と「繋がり」は、「コッソリと働いていた」私の仕事観を変えました。

「就学援助」を変えよう!

 部会の参加と並行して私が進めていたミッションは、経済的に就学が困難な児童生徒(小中学生)の保護者を援助する「就学援助」制度の改善です。就学援助では保護者がいったん給食費を払ったのちに、食べた分と同額の援助費が7月、12月、3月の3回にまとめて支給される、というやり方をしていました。このやり方では、「給食費が払われずに未納になった場合に、援助費が支給されても未納分に充てない(別用途にお金を使ってしまう)方がいる」ことで様々なトラブルが発生しており、解決方法を探していました。

 そこで、「先に給食費を払って後で援助費をもらう」のなら、いっそ「給食を無償で食べられる」=「就学援助世帯の給食無償化」をしたらいいのではないか、と考えました。

 そうすれば、

  • 保護者は、毎月の立て替え払いが不要で、未納になって督促されることもない。
  • 給食担当課は、未納が発生しない。
  • 学校事務職員は、給食費事務に関わることがなくなる。

 そして、就学援助担当者(私)も、支給事務に付き物の過払い(それによる保護者への返還請求)が発生しなくなる、ということで、全方位にメリットがあると考えられました。

 ただ、静岡県内では事例がない。どうすればこの件に関わる各担当と話を進められるのか、制度変更の大変さをどうやって超えるのか、個別のデメリットをどう処理するのか・・・。最初はどうしていいか全くわからない状態でした。

「呉越同舟」~対決から対話へ

 担当外のことは、変えられないという「壁」や「空気」・・・。これは学校の教職員に対しても同じでした。特に教職員は同じ市職員でも「県費負担教職員(県から給料が出て市区町村を跨いで異動する)」と言って、県職員に近く、その立場の違いから、お互いに譲歩せずに主張をしあう「対決」に陥りがちだと感じていました。

 どうすれば対決を乗り越えられるのだろうか。そう考えた時、「呉越同舟」という言葉が頭に浮かびました。敵同士である呉と越の人が同じ舟に乗り合わせた時、嵐にあえば協力する、という中国の故事。自他の立場の違いの外側に「ケンカしてたら沈む」という運命共同体としての「舟」を浮かび上がらせる。そうすれば、舟を転覆させる「対決」を、一緒に問題を解決しようという「対話」へシフトさせることができるのではないか。

 「舟」は、「児童生徒が安心して学べること」そして「学校と教育委員会はそのための大事なプレーヤーであること」だと考えました。さらに、「舟」の細部をはっきりさせました。それには人との「繋がり」が助けになりました。愛知県では既に「就学援助の給食無償化」を導入している市があり、その中の豊橋市では部会の参加者である長久聖二さんから担当の方に繋いでもらい、知多市では福岡市職員の今村寛氏の財政出前講座(in知多市)に参加した縁で繋がった制度導入時の担当者の方から直接お話を伺うことで、人を乗せられる「舟」の詳細なイメージが描けるようになりました。

 そして、給食担当課にそれを示すことで、両課で「進めていこう」と考えることができました。学校に対しては、市内全31校の“県費”学校事務職員が定期的に集まっている会に、私の知る限りでは初めて「市職員」として参加させてもらい、話をする機会を得ました。利害が対立するからと情報を隠して「結論ありき」で説得・対決するのではなく、「利害は一致・結論は一緒に考えましょう」と、ノーガードで説明したので、それに対して本音の質問を頂くことができました。会を終えたとき、何も決まってはいませんでしたが、舟は動き出している、と感じました。

 こうして2017年度から「就学援助世帯の給食無償化」が掛川市で導入されました。今回の経験を通じて、どんなことでも学校・教育委員会が同じ舟に乗って決めていけると感じています。

「やりたい!」を大事に

 掛川市の「学校教育」の「ありたい姿」と、その共有方法を模索しています。「児童生徒も含めて、「ありたい姿」を追い求めることができる、「やりたい!」ができる」学校教育の姿を想像して、小さなことから進めています。

コミットメントプレゼン(宣言)

コミットメントプレゼン(宣言)

 今、掛川市でも「対話」の輪が広がり始めています。私も参加した、市民主体の「子育てワークショップ」、オープンデータ関係の「アイデアソン&ハッカソン」・・・。2016年度の部会の最終第5回に参加した時、「現場に行って人に会い、人と人を繋ぎます」と宣言しました。宣言通り、色々な場に「行って」「繋がろう」と思っています。(現在は特に、この連載コラムの第3回で掲載されている、「SIM熊本2030」の掛川版を作るため、職員有志で活動しています。)

子育てワークショップ等の写真

子育てワークショップ等の写真

今年度、部会に運営委員として参加させていただくなかで、同じく運営委員の北原教正さん(長野県伊那市)から『学習する組織』という本を紹介していただきました。その本に「私たちが変化を生み出そうとしているとき自らがその変化になる」とあります。「他責ではなく自責」で羽ばたく「北京の蝶々」のように、変化は「私」から始めることができる。変わりはじめる不安定さも楽しめるように。これから何が起きるかを楽しみに、働いていきたいと思っています。

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安倍内閣が目玉政策として進める「地方創生」をキーワードに、「地方」「自治体」のあり方に改めて注目が集まっている。市民との協働や官民連携が重要になっている中で、特に職員の働きが大きな鍵となっている。これまで自治体では民間の手法を用いた「スキルアップ」は数々試行されてきたが、本来的に必要なのは意識改革であり、人や組織を巻き込むことのできる人材が求められている。早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメント部会では「人材を変え、組織を変え、地域を変える」ことを目的に、立ち位置を変え、主体的に動き、思い込みを打破するリーダーを育成することを目指している。
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