【一歩前に踏み出す自治体職員~ありたい姿の実現を目指して~】
第34回 地域づくりに関わり続ける松本の公民館をフィールドとして (2017/8/29 松本市教育委員会生涯学習課・中央公民館 社会教育事業担当係長 栗田幸信)
「人材を変え、組織を変え、地域を変える」ことを目的に自治体職員のリーダーを育成する実践的な研究会「早稲田大学マニフェスト研究所 人材マネジメント部会」受講生による連載コラム。研修で学び得たもの、意識改革や組織変化の実例などを綴っていただきます。
公民館のミッションは地域課題の解決
「この有様を荒涼というのであろうか。この心持を索漠というのであろうか」
別名「公民館法」とも呼ばれる社会教育法策定の中心人物であった寺中作雄氏が1946年に著した『公民館の建設』の書き出しです。
公民館は、人々が戦争の荒廃から立ち直り、地域の生活を切り拓く力を獲得するための施設として構想されました。社会教育機関、社交娯楽の機関、町村自治振興の機関、新しい時代に処すべき青年の養成に最も関心を持つ機関であるとしています。公民館は、これらの機能を総合した地域の中核機関であり、住民の交流・学びによる地域課題解決の拠点となる施設です。
『公民館の建設』の出版と同じ1946年に文部次官通牒『公民館の設置について』が発出されると、全国各地で公民館の設置が急ピッチで進められたといいます。松本市では1947年に最初の公民館が設置されています。
以来、松本市の公民館は「地域課題の解決のために住民が集い、学び合う拠点」としての役割を担い続けています。終戦直後の「地域の復興」「平和な生活を取り戻す」というような誰もが分かりやすい課題があった公民館の黎明期から70年が経って、地域の課題は個別化、複雑化、複合化する一方です。また、「地域課題の解決」という言葉が「地域づくり」という、一見、親しみやすい言葉に置き換えられるようになってから、公民館の職員が関わる分野が圧倒的に増えています。
地域づくりをミッションとする松本市の公民館
この「地域づくり」を住民に関わりながら進めていく松本市の公民館は、中央公民館と市内35地区にそれぞれ設置された条例公民館を合わせて36館。地区公民館は主に昭和・平成の合併で松本市になった旧町村の中央館を受け継ぐ形で設置されています。
1970年代の半ばから当時の自治省が「コミュニティセンター構想」を打ち出し、市町村の出先機関(出張所、公民館等)を統廃合する行革を推し進めました。しかし、松本市では旧町村単位で設置された地区公民館を統合することをせず、今日の「地区35館体制」につながっています。
地区公民館の職員はその地区の住民同士のつながりや学びを結び、地区ごとに地形地整、生活環境や住民気質が異なる地区公民館の活動を支えています。松本市では488の町会が組織されており、そのほとんどが町会の財産として自治公民館(町内公民館)を持っています。各地区の区域にある町内公民館の活動を支援することも地区公民館の大きな役割です。住民にとって最も身近な町内公民館を支え続けたことが松本市の成果のひとつであり、将来を展望する足掛かりでもあります。
中央公民館は松本市全域を対象とする講座、イベント、公民館職員・住民が一緒に参加する研修会の主催、新任町内公民館長の研修、中央公民館利用者団体の学習支援等々を行っています。地区館と中央公民館とでは住民との関わり方が異なり、地区館の関わり方の方が、よりダイレクトなのは言うまでもありませんが、中央公民館の最も重要な役割は、松本市の公民館が、今、何をすべきなのかを模索し続け、地区館・住民に発信し続けることです。
難しい“対話”の場づくり
中央公民館の職員が住民と直に接する機会のひとつが、中央公民館で活動するグループの学習支援です。
私はそうしたグループのうち、特にテーマを設定せずに、日頃疑問に思うこと、どこかおかしいと思う今の社会のどこがおかしいのか、といったことを率直に語り合っている複数のグループに関わっています。話し合いを深めながら関心の幅を広げる手伝いをすること、話し合いの中から、広く市民を対象にした講座・学習会としていくテーマを彼らと一緒に探ることが目的です。2016年、マネ研で私が学んだ“対話”が生きる場面です。
前任者から引き継いだグループに関わってみると、“思い”や“関心”の方向は人それぞれであり、思いの深い人同士の対話を促進することは至難の業であることを思い知らされました。膨大な知識、報道への考察を元に、途切れることなく1人で10分は喋っているという人が2人もいようものなら“言葉のキャッチボール”はできません。どこかで止めて別の人に発言を振っても、その人がまた延々と喋る・・・という具合です。
前任者も手こずったというこのグループには、まず私の存在を認識してもらって、参加者6人の対話に持ち込めるよう、粘り強く関わっていくことから始めています。
もうひとつは、問題意識を持つ人に世代を問わず参加してもらって自由に話し合うことで活動の幅を広げ、お互いの学びを深めていきたい、という相談を受けて私が担当することになったグループです。彼らと話し合っていく過程で「言っていることを否定されないで話せる雰囲気をつくろう」というコンセプトが共有されて、グループの活動を展開するイメージが広がったようです。これから彼らの思いを発信していけるよう、手強いグループでの経験とマネ研での学びをつぎ込んで、一緒に成長しようと思っています。
住民・職員をつなぐキーパーソンを支える
今、松本市の公民館として取り組むべき大きなテーマは、大きく分けて2つあります。
地域の担い手を地域のなかで育てることと、地域包括ケアシステムに関わる職員同士をつなぐことです。
1 地域の担い手を地域で育てる
地域の担い手を育てるための具体の取り組みは主に小中学校を対象に2000年度から実施している『学校サポート事業』です。これは、子どもたちが学校だけでは学べない地域のことを知り、地域に愛着をもちながら成長していけるよう、学校職員だけでは手が回らないことに地区住民が協力していくというもので、35地区の全てで取り組んでいます。活動のあり方は地区によってまちまちですが、文科省主導で始まったコミュニティースクール事業と協調しながら新たな展開をしていくよう模索しています。
学校をサポートする活動で住民同士がつながり、地域のなかで子どもを育てることで地域が成長していくとともに、将来の地域の担い手をつくることを今から始めています。
2 専門職員同士を結ぶ
地域包括ケアシステムに関わる職員同士を結ぶことは事業と呼べるものではありませんが、地区公民館の大きな役割になっています。
35地区それぞれを担当する保健福祉分野の専門職(保健師、ケースワーカー、社協職員)が互いの情報を持ち寄って連携し、アイデアを出し合うことでそれぞれの業務範囲が苦手とする分野をカバーし合う仕組みづくりを進めています。「地域担当職員会議」ともいえるこの場には地区福祉ひろば(1995年に設置を始めた松本市独自の施設。「福祉の公民館」ともいえるもの)の職員、その地区の出張所の職員も参加します。公民館職員は、この会議のキーパーソンとして職員同士の連携を促進します。
地区公民館の主事は、前述したように地区ごとの課題を抱えながら、さらに松本市公民館が全体として取り組むテーマにも取り組んでいます。彼らを支えることも中央公民館の大きな役割です。
公民館と地域活動団体を結ぶ
公民館はかつて、町会組織、青年団、婦人団体、人権、福祉、保健、青少年の健全育成等々、地域で活動する団体の全てとつながっていました。しかし、各分野のボランティア活動の多様化、NPO制度の浸透に伴って、それぞれの分野を担当する部署が首長部局にできることによって、公民館とのつながりが薄くなっていたのが実情です。
これらの団体も安心・安全に暮らせる地域づくりを担っていますが、相互に連携する態勢を整えるのはこれからのことです。2011年に地域づくり課が設置されてから『市民活動研究集会』という相互研修の場が設けられていましたが、これを30年来開催している『松本市公民館研究集会』と一緒に開催するよう、研修会の在り方を模索しているところです。
集う・学ぶ・結ぶに「動く」を加える
地域課題の解決・地域づくりという公民館のミッションを果たすには、従前から公民館に集まってくる住民の活動だけでは課題の多様化、複雑化に追いつかなくなっているのが現実です。これまで公民館とは関わりのなかった団体も公民館とつなげて、一緒に地域のありたい姿を展望していくことが必要な時代になっています。
私は、公民館の合言葉「集う・学ぶ・結ぶ」のもと、多様な活動を結んで「動く」ための仕組みを作り上げ、実際に機能させることが松本市の公民館のミッションになると考えています。
公民館というフィールドにマネ研で学んだことを持ち込んで、地域づくりを促進することが私のミッションです。
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- 安倍内閣が目玉政策として進める「地方創生」をキーワードに、「地方」「自治体」のあり方に改めて注目が集まっている。市民との協働や官民連携が重要になっている中で、特に職員の働きが大きな鍵となっている。これまで自治体では民間の手法を用いた「スキルアップ」は数々試行されてきたが、本来的に必要なのは意識改革であり、人や組織を巻き込むことのできる人材が求められている。早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメント部会では「人材を変え、組織を変え、地域を変える」ことを目的に、立ち位置を変え、主体的に動き、思い込みを打破するリーダーを育成することを目指している。