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日本の未来を変える「シチズンシップ教育」の現場から(3)

「政治的リテラシー」を敬遠しない取り組みを (2013/4/1 西野 偉彦)

子どもや学生に参加型民主主義を身につけてもらい、将来、行動的な市民となること目的に実践されている「シチズンシップ教育」。松下政経塾でシチズンシップ教育を研究してきた塾生・西野偉彦氏によるコラムの第3回です。最終回となる今回は、シチズンシップ教育のあり方と今後の展望について解説します。

◇     ◇    ◇

「シチズンシップ教育」とは何か?

 そもそも「シチズンシップ教育」とはどのような教育なのでしょうか? シチズンシップ(市民性)とは、教育学者の小玉重夫氏によると「一つの政治体制を構成する構成員であること」(i)と定義され、欧州を中心に注目されつつあります。特に、イギリスでは、政治学者のバーナード・クリック氏らによる提言書、通称「クリック・レポート」に基づいて、シチズンシップ教育は2002年から中等教育段階で必修になりました。

 クリック氏によると、シチズンシップ教育とは、「生徒たちは、始めから、教室の中だけでなく教室を出て、また先生たちと議論するだけでなく生徒同士お互いに議論し合って、自信を身に付け、社会的および道徳的に責任のある行為を学ぶ。…(中略)…公共の生活において自分たち自身がどうすれば実際に役に立つようになるのか」(ii)を学ぶものだといいます。その根底には、「市民の自治と参加による権利と責任」(iii)という理念があり、投票行動を含め、主権者として政治や社会に参画していく意識と知識、責任感などを体得するための新しい学校教育の考え方です。

「クリック・レポート」(1998年)によるシチズンシップ教育の3要素

「クリック・レポート」(1998年)によるシチズンシップ教育の3要素

 つまり、シチズンシップ教育とは「主権者として社会の中での権利と公共を担う義務および責任を意識させる教育」であり、クリック氏は「社会的道徳的責任」「共同体への参加」「政治的リテラシー」の3要素からなるとしています。これらをバランスよく身に付けることが、シチズンシップ教育では求められるわけです。

 シチズンシップ教育は、近年、日本でも関心が高まっています。例えば、東京都品川区では、小中一貫教育において、従来の特別活動・道徳・総合的な学習の時間を「市民科」という教科として設定したり、お茶の水女子大学附属小学校では、社会科の授業を「市民」という学問領域に組み替えるだけでなく、その他の教科の中でもシチズンシップ教育を学べるような授業のあり方を模索しています。

シチズンシップ教育について講演する筆者

シチズンシップ教育について講演する筆者

 前回のコラムで取り上げた神奈川県も、県内すべての公立高校でシチズンシップ教育を実施している先進事例です。神奈川県では、「よりよい社会の実現に向けて、規範意識をもち、社会や経済のしくみを理解するために必要な知識や技能を身に付け、社会人としての望ましい社会を維持、運営していく力を養うため、積極的に社会参加するための能力と態度を育成する」(iv)という方針を定め、前述のシチズンシップ教育の3要素を参考に、「模擬投票」や「模擬裁判」など、具体的な授業プログラム案が提示され、さらに私が湘南台高校で立案に参画した「模擬議会」を始め、各校でさまざまな取り組みが工夫されています。また、2011年12月には、総務省の有識者会議である「常時啓発事業の在り方等研究会」(v)が、最終報告書で若者の政治参加を促す重要な手段としてシチズンシップ教育を位置付けるなど、今後は全国的な政策が立案される可能性も出てきています。

おわりに

 このように、シチズンシップ教育は、教育現場において広がりつつあり、特に東日本大震災後、政治や社会への問題意識を持って、NPOやデモ、ボランティア活動などに積極的に参画する風潮が高まる日本社会では、ますます研究と実践が進んでいくべき教育分野だと考えています。私自身、松下政経塾在塾中に、教育機関と連携して、シチズンシップ教育をテーマにしたフォーラムを二度開催し、来場された各校の先生方からも、前向きな声を沢山いただきました。

高校生らとシチズンシップ教育について語る筆者(左)

高校生とシチズンシップ教育について語る筆者(左)

 ただ、全国の学校でシチズンシップ教育を実施するのは容易ではないと考えています。たしかに、前述の「クリック・レポート」にある3要素のうち、「社会的道徳的責任」「共同体への参加」の2つに関しては、保護者の理解も得られやすく、既にこれらの要素を内包した授業を実施している先生方も少なくないでしょう。

 一方、もう1つの要素である「政治的リテラシー」については、なかなか難しいのではないかと思います。前回のコラムでもご紹介しましたが、戦後日本において「政治教育」が敬遠されてきた経緯があるからこそ、そもそも「政治的リテラシーとは何か」「教員は政治的リテラシーをどのように子どもたちに教えるのか」という議論が十分になされてきていないと考えるからです。

 実際、学校現場でシチズンシップ教育に参画させていただく中で、教員の政治的中立を踏まえながら「政治的リテラシー」を子どもたちに教えることの難しさを痛感しました。その意味で、今後のシチズンシップ教育においては、「社会的道徳的責任」と「共同体への参加」の2要素に偏重せず、この「政治的リテラシー」もバランスよく授業に組み込んでいくための研究が必要になってくると思います。

 さて、私が担当させていただいたコラムも今回が最終回となります。シチズンシップ教育は、日本ではまだ十分に知られていない分野でありますが、10年後、20年後の未来を見据えると、社会にとって必要になってくる教育であると考えています。これからも、さまざまな方との意見交換をしながら、研究と実践、そして制度設計も含め、生涯をかけて追究していく決意です。コラムをご愛読いただきまして、ありがとうございました。 

  • (i)木村元・小玉重夫・船橋一男(2009)『教育学をつかむ』有斐閣 pp.255
  • (ii)キース・フォークス著/中川雄一郎訳(2011)『シチズンシップ 自治・権利・責任・参加』日本経済評論社 pp.280
  • (iii)同上pp.284
  • (iv)神奈川県立総合教育センター(2009)「『シチズンシップ教育』推進のためのガイドブック」pp.2
  • (v)総務省
著者プロフィール
西野 偉彦(にしの・たけひこ) 1984年東京生まれ。明治学院大学法学部政治学科卒。港区長選や衆院選の公開討論会などに関わり、若者の政治参加を推進。2010年4月、松下政経塾入塾(31期生)。神奈川県立湘南台高等学校シチズンシップ教育アドバイザー(2011~2012年)。 2013年3月、松下政経塾卒塾。
HP:松下政経塾ホームページ
本コラムについてのお問合せ mailto:nishino_at_mskj.or.jp まで (迷惑メール対策のため、「@」を「_at_」と表示しております。送信の際には「@」に変更してください)

日本の未来を変える「シチズンシップ教育」の現場から
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第2回 公立高校発! 総合学習としての「模擬議会」 (2013/03/19)

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