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日本の未来を変える「シチズンシップ教育」の現場から(1)

高校生の参政意識を高めるための取り組みとは?(2013/03/04 西野 偉彦)

「子どもたちが、参加型民主主義を理解・実践するために必要な知識・スキル・価値観を身につけ、行動的な市民となること」を目的に、2002年にイギリスで導入された「シチズンシップ教育」は今、世界の教育現場で注目されています。日本でも、学生や若者の社会性や市民性、参政意識の向上などを目標に実践している学校も増えてきました。政治山では、松下政経塾で「政治教育(シチズンシップ教育)」を研究している塾生・西野偉彦氏によるコラムを短期集中連載します。ご自身が実践してきた授業プログラムや政治教育の事例をもとに、今後の日本における「政治教育」のあり方について、みなさんと一緒に考えていきます。

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はじめに

高校でシチズンシップ教育に取り組む著者 高校でシチズンシップ教育に取り組む著者

 今回から3回にわたり、『政治山』でコラムを執筆させていただくことになりました、西野偉彦と申します。現在、松下政経塾の塾生(31期生)をしています。

 2010年4月、私は「現代日本に求められる政治教育(シチズンシップ教育)の探究」を掲げて、松下政経塾に入塾しました。この3年間、国内外のさまざまな教育現場で学ばせていただき、また、豊富な経験や見識を持つ方々にお話を伺ってきました。ただ、日本で「政治教育」というと、ときには誤解を招くことや厳しい指摘を受けることもあり、研究と実践はまさに試行錯誤の連続でした。その間も、政治に対する国民の不信感や失望感は高まる一方で、自分の取り組みの意義について悩むことも少なからずありました。

 しかし、日本が混迷の度合いを深めている今だからこそ、「自分だけが参加しても政治は変わらない」というシニシズム(冷笑主義)に陥らず、次代を担う子どもたちを含め、私たち1人ひとりが社会のさまざまな課題に向き合い、議論し、積極的に参加していく意識を育む「政治教育」が必要であるとの思いを強くしました。

 本コラムでは、私自身の問題意識をベースに、これまで自ら実践してきた授業プログラムを始め、政治教育の事例もご紹介しながら、これからの日本における「政治教育」のあり方について、読者のみなさんと一緒に考えていきたいと思います。

きっかけは「リーマン・ショック」

 そもそも、私が「政治教育」に問題意識を持ったきっかけは、2008年9月までさかのぼります。当時、私は大学3年で、まさに就職活動が始まろうとしていた矢先でした。いわゆる「リーマン・ショック」が起き、世界的な金融危機へと瞬く間に波及。日本にも不況の波が押し寄せました。不況は、それまで「売り手市場」と言われていた就職戦線を直撃したばかりか、すでに企業から内定を得ていた大学4年生にも多大な影響を及ぼし、「内定切り」と呼ばれる社会問題にまで発展。私の周りにも、就職活動が思うようにはかどらず、就職留年や就職浪人を選ばざるを得ない若者が少なくありませんでした。次第に、かつてバブルが崩壊したときのような「就職氷河期」が再来した、と指摘されるようになり、その結果、「安心して職に就き、未来に希望をもてるような社会に生きたい」という若い世代の声を数多く耳にしたのです。

 雇用情勢の急速な悪化に伴い、就職支援や採用する側の企業支援など、政治による速やかな対応が求められていました。しかし、政治はすぐに問題解決に動き出そうとはしません。その状況に「自分たちの声が政治に反映されていないからではないか」という思いを抱いた私は、若者の声を政治に届かせる活動に取り組むことを決意。選挙の公開討論会を学生主体で企画したり、政治家と若者の討論を動画配信したりするといった草の根活動です。その過程で直面したのは、「政治参加しない(=投票率の低い)若い世代への政策は後回し」という認識を持った政治家が非常に多いという現実でした。一方で、若い世代の政治不信も大きく、「自分だけが政治に関心を持っても社会は変わらない」という“あきらめ”が横行。そうした考え方が、若い世代の政治参加意識を希薄にしている、という実感を持ったのです。

松下政経塾内(神奈川県茅ケ崎市)にある松下幸之助像と著者 松下政経塾内(神奈川県茅ケ崎市)にある松下幸之助像と著者

 とはいえ、若い世代が「安心して職に就き、未来に希望を持てるような社会に生きていきたい」といくら願っても、実際に投票行動を含めた政治参加をしなければ、その声は政治を動かすことはなく、雇用状況を始め、さまざまな社会問題の解決にはつながりません。それでは、一体どうすれば政治参加意識は高まるのか。草の根活動をしていた実感として、「政治に関心ある若者」を掘り起こすことはできても、もともと「政治に関心の乏しい若者」を根気強く説得し、活動に巻き込むことは困難であるように思えました。やはり、「学校教育」の段階から、政治参加意識を育む工夫、すなわち「政治教育」が必要なのではないか――。次第にそう考えるようになりました。

 そんな漠然とした問題意識を持っていたときに出会ったのが、松下電器(現・パナソニック)の創業者・松下幸之助の著書でした。松下幸之助は、実に30年以上も前から、「政治教育」の必要性を繰り返し述べていたのです。すでに選挙に行かない国民、特に若者が増加していることを指摘したうえで、国民の政治参加意識が希薄になっていることについて、次のように訴えていました。

「選挙は民主主義国家の国民として最高の権利であり、また義務というものであろう。投票率が低いということは、そういう国民としての自覚認識にまだまだ足りないものがあるのではないだろうか。…(中略)…そもそも国民が、政治というものを自分のものとしてみずから大事にしなければならないということを、正しく力強く教えられていないからではないだろうか。お互いが政治をよくし、社会の繁栄、人々の幸福を推し進めていくためには、まず、政治の大切さを教えるいわゆる政治教育というものを、国民に正しく力強く行っていくことが肝要であろう。…(中略)…真に日本の政治をよくしようというのであれば、そのためになすべき現下の急務はほかにもいろいろ考えられるであろうが、しかし私は一見迂遠なことであるようなこの政治教育こそ、二十年後、三十年後の新しい日本を思うにつけても、まず第一に考えなければならない最重要事であると思う。」(PHP総合研究所研究本部松下幸之助発言集編纂室『松下幸之助発言集39』PHP研究所 p.320-327)

 「政治教育」を行うことによって、国民は早い段階から政治の重要さを自覚するようになり、政治に積極的に参加していく。そうした国民が優れた政治家を選び出し、政治をよりよくし、ひいては日本の繁栄をつくっていく――。長期的展望に基づいた松下幸之助の「政治教育」にかける思いを知った私は、とても共感するとともに、自分がその遺志を受け継ぎ、日本に求められる「政治教育」を実現していこう、と決意しました。そこで、「現代日本に求められる政治教育」を探究するべく、松下幸之助が私財70億円を投じ、「新しい国家経営を推進する指導者の育成」を目指して創設した私塾・松下政経塾の門を叩いた、というわけです。

 次回は、私が実際に学校現場に飛び込んで取り組んできた政治教育を含め、さまざまな事例をご紹介しながら、「政治教育の今」について考えたいと思います。

著者プロフィール
西野 偉彦(にしの・たけひこ)
1984年東京生まれ。明治学院大学法学部政治学科卒。港区長選や衆院選の公開討論会などに関わり、若者の政治参加を推進。2010年4月、松下政経塾入塾(31期生)。神奈川県立湘南台高等学校シチズンシップ教育アドバイザー(2011~2012年)。 2013年3月、松下政経塾卒塾。
プロフィール:松下政経塾ホームページ
本コラムについてのお問合せ mailto:nishino_at_mskj.or.jp まで
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日本の未来を変える「シチズンシップ教育」の現場から
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