日本の未来を変える「シチズンシップ教育」の現場から(2)
公立高校発! 総合学習としての「模擬議会」 (2013/03/19 西野 偉彦)
子どもや学生に参加型民主主義を身につけてもらい、将来、行動的な市民となることを目的に実践されている「シチズンシップ教育」。松下政経塾でシチズンシップ教育を研究してきた塾生・西野偉彦氏によるコラムの第2回です。今回は、シチズンシップ教育の意義を解説し、実際の教育現場で実践した試みをご報告します。
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政治の「中身」を考える授業を
まず、日本の「政治教育の今」についてお話します。そもそも「政治教育」とは、教育基本法の第14条で、「(政治教育)良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない。2 法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない」と規定されています。特に、第1項にある「政治的教養」については、文部科学省も「a. 民主政治、政党、憲法、地方自治等、民主政治上の各種制度についての知識」「b. 現実の政治の理解力及びこれに対する公正な批判力」「c. 民主国家の公民として必要な政治道徳、政治的信念」と明記しています。このうち、少なくともaとcについては、読者の皆さんも「公民」や「政治経済」、「倫理」などの授業で習われたことがあると思います。
しかし、bについてはいかがでしょうか? 小学校から高校までの12年間で、「現実の政治」について「理解力や公正な批判力」を培う授業があったでしょうか? ほとんどの方が「NO」と言うでしょう。
実際の学校教育においては、aやcにあるような知識や制度といった「政治の仕組み」の理解が授業の中心となっている一方で、bにあるような「政治の中身」を考える授業が不足していると言わざるを得ません。その背景には、教育基本法の政治教育について述べている「第2項」、すなわち「政治的中立」があります。
政治学者の中谷美穂氏は、「戦後、イデオロギー対立が深まる中で、教育の政治的中立が過度に強調され、政治教育の条文の第2項の方に重点が置かれてしまい、本来であれば『政治教育を促進するための中立性が、教育を非政治化するための中立性へと転化してしまった』ことがあげられる」(i)と指摘しています。もちろん、学校における政治的中立は守られなければならないし、教員が自分の政治的な意見や思想を生徒に強要するような事態は、決してあってはなりません。ただ、だからと言って政治教育そのものを敬遠していいわけではありません。
政治教育を通じて、若い頃から政治について「他人事」ではなく「自分事」として考え、議論し、自分の意見を持って積極的に参加していこうという意識を持つ努力を続けなければ、民主主義は機能していかないのではないでしょうか。
高校生が日常的に参政意識を育むために
それでは、学校で政治教育を実践するにはどうすればよいのでしょうか。私が着目したのは「シチズンシップ教育」です。その詳細は次回に譲りますが、簡単に言えば「主権者として社会の中での権利と公共を担う義務および責任を意識させる教育」です。日本では、神奈川県が全国に先駆けて2010年度から全ての県立高校で実施している取り組みで、その方針の中には「『模擬投票』等を通じて、政治意識を高め、主体的に政治に参加する意欲と態度を養う(3年に一度の参議院選挙の機会の活用)」(ii)という内容も明記されています。
県立湘南台高校は、神奈川県から2011年度の「シチズンシップ教育」の教育活動開発校に指定されており、私は同校からの依頼を受け、アドバイザーとして、先生方と議論しながら「3年に一度の模擬投票」以外で、日常的に取り組むことができる授業を立案しました。それが「模擬議会(湘南台ハイスクール議会)」です。単発のイベントではなく、「総合的な学習の時間」4コマを使って、国や地方、あるいは身近な地域に関わるさまざまな施策をテーマとして設定して、生徒を“与野党”に分け、実際の議会を模して“委員会”で審議し、最後に各クラスで“本会議”を開会し採決まで行うというもので、1年生約280名が正式な授業として経験することになりました。
授業は毎回、生徒に宿題を出し、家族に聞いたり、フィールド調査などで自主的に考えたうえで、授業に積極的に参加してもらう工夫を凝らしました。時事テーマを選び、「太陽光発電の推進」「消費税の10%増税」「ごみ袋の県内有料化」の3つの議案をそれぞれの委員会(「エネルギー特別委員会」「財務委員会」「環境委員会」)で、審議・採決し、最終的に本会議で、各委員長の報告と与野党の討論を経て、全員採決(党議拘束なし)をしてみるという、生徒が政治について体験的・具体的に学び、考えられる授業にしました。 取り組んだ生徒からは、「正直、内心は増税反対だったけど、違う立場の考えを調べるうち、社会保障費の問題や国の借金額など、いろいろ知った。頭の中で矛盾がありつつも、考えをまとめるのは初めてで、いい経験。20歳になったら選挙にいかなきゃなって思った」(iii)などの声が多く聞かれました。
結論から言うと、この「模擬議会」の試みによって、「これからの政治や社会は自分たちが担わなければ」という高校生の参政意識は向上したと思います。実際に「模擬議会」の授業前後で、生徒にアンケート調査を行ったところ、(1)「政治を身近に感じているか」は、「感じる」「どちらかというと感じる」が22%から51%へ、(2)「政治に関して興味や関心を持っているか」は「持っている」「どちらかというと持っている」が37%から67%へ、それぞれ上昇しました。さらに、(3)「政治に自分の意見を反映させることができると思うか」は、「思う」「どちらかというと思う」が18%から43%になり、もともと政治は遠いものだと思っていた生徒も、授業を通じて政治は自分たちの生活に身近な存在であり、主体的に関わっていく必要性を意識するようになったのではないでしょうか。
なお、この「模擬議会」に関する授業計画や配布プリントなどは、同校のホームページで公開しており(iv)、日常的に参政意識を育む新しい政治教育のモデルケースとして、神奈川県内のみならず全国的にも普及していくことを願っています。
- (i)明治学院大学法学部政治学科編(2011)『初めての政治学 ポリティカル・リテラシーを育てる』風行社p.227より引用
- (ii)神奈川県
- (iii)神奈川新聞2011年10月19日付
- (iv)神奈川県立湘南台高等学校
- 著者プロフィール
- 西野 偉彦(にしの・たけひこ) 1984年東京生まれ。明治学院大学法学部政治学科卒。港区長選や衆院選の公開討論会などに関わり、若者の政治参加を推進。2010年4月、松下政経塾入塾(31期生)。神奈川県立湘南台高等学校シチズンシップ教育アドバイザー(2011~2012年)。 2013年3月、松下政経塾卒塾。
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日本の未来を変える「シチズンシップ教育」の現場から
第1回 高校生の参政意識を高めるための取り組みとは? (2013/03/04)
第3回 「政治的リテラシー」を敬遠しない取り組みを (2013/04/01)
関連ページ
松下政経塾卒塾フォーラム「未来会議~これからの政治と教育を考えよう~」レポート (2012/10/12)