かっこいい最期という選択肢 「住める家がない」時代が来る前に (2018/6/5 70seeds)
家、持ってますか?
今の時代、若い人ほどマイホーム信仰が薄れ、賃貸志向だと言われています。筆者である私(27歳、男性)もその一人なのですが、最近こんな話を聞きました。
「今、65歳以上の方が借りられる東京都内の賃貸物件は、賃貸物件全体の1割にも満たない」。
ということは、このままマイホームを持たずにいたら、私も65歳を迎える頃には住める家がないかもしれないということ…?
お金はあるのに家を借りられない状況、家のない生活。そんな未来の可能性について高齢者専門の不動産『R65不動産』を立ち上げた山本遼(やまもと・りょう)さんに話を聞きました。
高齢者の部屋探しを阻む『孤独死』と『お金』の壁
――65歳以上の方が、賃貸物件を借りるのは難しいと聞きました。それは本当でしょうか?
本当です。以前、大手の賃貸物件紹介サイトで調べたところ、都内で65歳を越える方が借りられる物件は、掲載物件数の1割にも届きませんでした。今はもう少し増えているかもしれませんが、それでも借りやすい環境とはとても言えません。
実際、私が独立前に勤めていた不動産屋でも、ご高齢の方にご紹介できる賃貸物件はほとんど取り扱っておらず、できるだけお断りするようにしていました。それくらい高齢者が家を借りづらいというのは、業界では誰もが知っている常識なんです。運良く成約までにたどり着いたとしても、若者のお部屋探しと比べて10倍以上の時間と労力がかかることだってあります。
――10倍も!どうして高齢者は家が借りづらいのでしょうか?
やはり一番は『孤独死』のイメージが強いことですね。家を貸し出す大家さんとしては、やはり自分の物件で人が亡くなるのは極力避けたいんです。当然と言えば当然なのですが、高齢者は若い人と比べて亡くなるリスクが格段に高い。
さらに孤独死の場合、発見されるまでに時間がかかるため、特殊なクリーニングが必要となったり様々な手続きが必要となったりするので敬遠されがちなんです。
ただ実のところ、高齢者だからといって孤独死が特別に多いわけではないんですよ。40代~50代の方が孤独死するケースも一定数あります。逆に高齢者の80%は、病院で息を引き取られているという数字もあります。高齢者だから孤独死するというのは偏見でもあるんです。
――メディアがこぞって孤独死について報道していたことも関係していそうですね。
そうですね。あとは純粋に『お金』の問題で敬遠されている場合もあります。多くの高齢者は年金や貯蓄で生活されているので、支払い能力に不安を感じてしまう大家さんも多いんですよ。
そういった事情から、高齢者が不動産屋へ相談に行くと内見はおろか、話すらまともに聞いてもらえないことだってあるんです。
「かっこいい大人」に選択肢を
――山本さんが、『65歳上の方が家を借りづらい』という問題を知っていながらも、『R65不動産』という高齢者向けの不動産屋を立ち上げたのはなぜですか?
立ち上げようと思ったキッカケは、僕がまだ不動産屋に勤めていたときに、80代の女性のお部屋探しをお手伝いしたことです。
その女性が来店されたとき、僕も最初はお断りしようと思っていたんです。でも彼女が、『ここが5件目の不動産屋で、今まではほとんど門前払いでした』とやるせなさそうにおっしゃっいる姿を目の当たりにしたら、「僕が探さなきゃ」という気持ちが湧いてきてしまって。
実際に高齢者のお部屋探しをお手伝いして初めてわかったのですが、本当に成約までたどり着かないんですよ。
そもそもご紹介できる物件が圧倒的に少ない。それだけならまだしも審査がさらに厳しくて。これだけ時間と労力をかけても部屋が決まらないなんて、そりゃあ不動産屋もやりたがらないわけだと。高齢者の物件探しの大変さを痛感しました。
――不動産屋にとって高齢者の物件探しは割に合わないことだと。
効率よく利益を求めるのであれば、まずやらない方がいいですね。それでも僕がやろうと思ったのは、僕の中に『かっこいいお爺ちゃんとお婆ちゃんが、自分らしく活躍できる社会を作りたい』という気持ちがあったからなんです。
山本さんの祖母は、病気が発覚する76歳まで薬剤師として薬局に立ち続けた。最期まで自分らしさを貫く祖母の姿が、今の自分の価値観を作り上げたと山本さんは言う。
――と言いますと?
人が活き活きしてかっこよく見える瞬間って、自分がやりたいことを自分らしくやっている時だと思うんですよね。実は現在、老人ホームや介護施設に入居している高齢者の中には、介護をまだ必要としていないのに、家が借りられないから仕方なく入居している方もいるんです。
一概に高齢者といっても、1人で畑仕事をこなす方もいれば、フォトショップなどの最新技術を使いこなす方だっていますよね。それなのに、年齢だけで判断して、かっこいいお爺ちゃんとお婆ちゃんから選択肢を奪ってしまうのは間違っている。
――たしかにそういう高齢者の方もいますよね。
そう。それに、これは他人事じゃなくて、僕たちの世代のことでもあるんです。例えば皆さんの周りにも、今バリバリ働いているカッコイイ大人はいますよね。でも彼らが歳をとったとき、社会では活躍しているにもかかわらず、家を借りられないから仕方なく老人ホームに入居するとなったらどうでしょうか。
…それはあまりに切ない、そう思ったんです。
――想像すると胸が痛みます。
もちろん、施設に入ること自体が悪いのではありません。選択肢が少ない、本人の意志が反映されないことが問題なんです。施設に入居した方が良いケースももちろんありますから。
目指すのは『R65不動産』がない社会
実は高齢者の方は、自分が高齢者だとはそれほど思っていなくて、心は若いままだったりするんですよ。そんな方々が自分を高齢者と自覚するときって、身体的なことよりも「選択の幅が狭まっている」と実感したときだと思うんですよね。あれもできない、これもできないとされていくうちに、心まで歳をとっていってしまう。
――だからこそ、少しでも多く選択肢を残しておくことが、かっこいいお爺ちゃんとお婆ちゃんを増やすことにつながると。
その通りです。かっこいいお爺ちゃんとお婆ちゃんは、自分が好きなことをしているから活き活きしていて、かっこよく見える。だからこそ、できるだけ選択肢を多く残して、好きなことができる環境づくりが大切なんです。
――それがまさにR65不動産が取り組んでいいることですね。
はい。さらに言うとゆくゆくはR65不動産が社会からなくなればいいなと思っています。それはつまり、わざわざ高齢者向けの不動産屋に行かなくても、高齢者の方がお部屋探しをできる社会が訪れたということですから。
そのためには僕たちR65不動産が、ほかの不動産屋にとってお手本になるようなビジネスモデルを作る必要があります。高齢者に部屋を貸し出すことがビジネスとして成り立つことを証明できれば、どんどん真似してもらえるはず。
――具体的には、どのような取り組みをされているんですか?
少しでも『孤独死』に対する不安を解消してもらえればと、大家さんや管理会社さんに向けて、保証会社さんに高齢者向けに作ってもらった保険のご紹介や、遠距離から安全が確認できるようなモーションセンサーなどの導入を提案しています。もちろん、モーションセンサーを入れたからといって安心するのではなく、さりげなく見守っていく必要はありますが。
少しでも『孤独死』に対する不安を解消してもらえればと、大家さんや管理会社さんに向けて、保証会社さんに高齢者向けに作ってもらった保険のご紹介をしています。
その他にも、メーカーさんと共同で賃貸物件用に、緊急時のみ探知できる見守り機器を開発しているんです。今までの見守り機器は、介護施設用のものが多く、どうしても「見張られている」と感じてしまう方が多かった。せっかく賃貸物件に済むのですから、その点はどうしても解消したかったんです。
幸いにも、僕たちの取り組みに賛同してくださる大家さんも増えてきていて、R65不動産が取り扱う物件数はもうすぐ1万件に届くところまで来ています。(現在の空室は300~400件程)
取り扱い物件が増えれば、それだけお客様の選択肢も増え自分に合った物件に出会える可能でが増える。不動産屋にとってもご紹介できる物件数が多い方が、成約までにかかる時間や労力を大幅にカットできるようになります。
――かかる時間と労力が減らせれば、ビジネスとしても成立しやすくなり、ほかの不動産屋も真似しやすくなると。
そうですね。これからは、R65不動産で物件をいくつか所有することも視野に入れているんです。審査に通りづらいお客様には、その物件をご紹介するなどして、少しでも多くの方に選択の幅を広げてもらえたらと思っています。
まだまだ課題はありますが、僕たちが今頑張ることで40年後、50年後に「昔はR65不動産っていう高齢者向けの不動産屋があったらしいよ」と言われるような時代がくる、そう信じて社員のみんなと一緒にこれからも頑張っていこうと思います。
菊地 誠
自社メディア事業を手がける西新宿のデジタルマーケティング企業、株式会社キュービック(https://cuebic.co.jp/)のPR担当。Webディレクター兼ライター。タイ人と2人で暮らしています。動物とぬか漬けが好き。
高齢者の部屋探しを阻む『孤独死』と『お金』の壁
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