課徴金取消訴訟、金融審判省略は可能か (2018/1/17 企業法務ナビ)
はじめに
毎日新聞は15日、金融審判で金商法違反を一度は認め課徴金が課された男性が課徴金納付命令取消を求め提訴した訴訟が進んでいると報じています。法で定められた金融審判手続を飛ばす「抜け道」になりかねないとのことです。今回は金商法の手続きと行政訴訟について見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、東証マザーズ上場のソフト開発会社の元社員であった男性は、同社が他社と業務提携を行う旨の発表がなされる前に役1118万円分の自社株を購入したとされ、証券取引等監視委員会はインサイダー取引に当たるとして勧告しました。男性は金融審判でその事実を認め約1228万円の課徴金納付命令が出されました。しかしその後男性は一転、国を相手取り課徴金納付命令取消を求め東京地裁に提訴しました。男性は勧告がなされた当時すでに退社しており、違反を争う材料がなかったと主張しているとのことです。金融審判で違反事実を認めて争わなかったケースでその後取消訴訟に発展した事例は初めてとのことです。
インサイダー取引とは
上場会社の関係者が会社の重要事実を知って、それが公表される前に株式の売買等を行うことをインサイダー取引と言います(金商法166条)。たとえば会社の株価に影響を及ぼすような、業務提携が行われること、新製品が開発されたこと、業績が上方修正されることといった事実を知り、それが報道機関や金融商品取引所によって公表される前に株式の取引行うことです。違反した場合は5年以下の懲役、500万円以下の罰金またはこれらの併科となります(197条の2第13号~15号)。また課徴金納付命令の対象であり、インサイダー取引で得た利益が課徴金額となります(175条、175条の2)。
金商法上の手続きの流れ
証券監視委員会が課徴金の対象となる違反事実があると認める場合は金融庁長官に勧告がなされます(26条、177条、金融庁設置法20条)。そして内閣総理大臣の開始決定を受けて金融審判が開始します(178条)。そこでは3名の審判官が指定され、合議によって審理がなされます(180条、181条)。ここで違反事実を否定すると審判期日が開催され公開で審理が開始されます(184条185条等)。一方違反事実を認める答弁書が提出された場合は審判期日を開くこと無く課徴金納付命令が出されます(183条、185条の7)。違反事実を否定して争い、それでも納付命令が出された場合はその後取消訴訟に移行することになります。
不服申立て前置主義
行政処分は不服申立て(審査請求)ができる場合であっても、原則直ちに取消訴訟を提起することができます(行政事件訴訟法8条1項)。これを自由選択主義と言います。ただし法律で不服申立てに対する裁決を経た後でなければ取消訴訟を提起できない旨の規定がある場合は先に不服申立て手続きを経る必要があります(同但書)。こちらは不服申立て前置主義といいます。このような特別の規定は現在地方税法、国税通則法、労働者災害補償保険法、健康保険法など徴税関係法令や公務員関係法令などに限られており、金商法には規定はありません。
コメント
一般に行政処分に対しては不服申立てを行ってから取消訴訟を行ったり、あるいはいきなり取消訴訟を行うことができます。ここで従来不服申立ては異議申立てと審査請求に分かれていましたが平成28年4月1日施行の改正行政不服審査違法によって異議申立てが廃止され不服申立てのみになりました。それを受け、70近くの法令で不服申立て前置主義が廃止されております。国税関係など一部の特別な手続きが定められているもの以外は基本的に自由選択主義となり、いきなり提訴できます。金商法では上で見たように課徴金納付には特別な手続きが定められておりますが金融審判を経た後でなければ取消訴訟を提起できない旨の規定はありません。
本件で原告男性は金融審判では違反事実を認め審理がなされず、その後提訴したことから、実質金融審判を飛ばした形となります。国側は「制度の空洞化」になりかねないとしているとのことです。男性側は故意に審判を避けたわけではないとしています。今後判決の行方によって審判回避の可否が決まってくると言えます。行政処分に対してはそれぞれ特別の手続きが規定されている場合があり、まずはどこに訴えることができるのかを正確に把握することが重要と言えるでしょう。
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